シブヤディビジョンの誘拐(2)

「……さて」

 帝統が病院へと向かった今、残されたのは幻太郎さんと私だけだった。ようやく力が入るようになり、立ち上がった私を、幻太郎さんはまじまじと見る。今、幻太郎さんが何を考えているのか、だいたい想像がついた。@、私が見るに、おそらく幻太郎さんはあまり社交的な人じゃない。身内にだけ気を許す猫みたいなタイプだ。そんな幻太郎さんは、突然素性も知らぬ小娘と二人きりにされて困っている。なので私を追っ払う方法を考えている。A、乱数くんを助けに行くに当たって、特に戦力にならなさそうな私をどうするべきか悩んでいる。というか私を追っ払う方法を考えている。B、私のことが嫌いだ。ということで私を追っ払う方法を考えている。C、私を追っ払う方法を考えている。D、以下略。

「えっと、わ、私はここで……」
「あなた、ナマエさんと言いましたか」
「はい……」
「こんなことに巻き込まれて気の毒でしたけど、もう大丈夫ですよ。どうぞお帰りください。……と言っても、帰る家がないのでしたっけね」
「いえ、私のことはお気になさらず……」
「はい。気にしてません」

 随分歯に衣着せない物言いだ。というか、非常に冷たい物言いだ。幻太郎さんはこちらをちらりとも見ずに、スマホを取り出してじっと見た。何かを打ち込んで、時折広くスワイプしたり、拡大縮小を繰り返している。

「あの……さっき言われた場所を調べてるんですか?」
「ええ、まあ。……そこから小生のスマホを覗いたんですか?」
「い、いえ。幻太郎さんの瞳に写り込むスマホの光の動きと指の動かし方を見たら、Google Mapを見ているのがわかったので」
「……」
「でも、さっきの住所、調べても無駄だと思いますよ」
「……何故です?」
「前にハツダイの辺りでティッシュ配りのバイトしたことあるんで覚えてるんですけど。ハツダイ1-23の辺りって確か住宅地ですよ。しかも近くに小綺麗な区立小学校もあるし……裏カジノがあるとは思いづらい」
「……、あなた、」

 幻太郎さんは、何かを言いかけてすぐに口をつぐんだ。そして何か思案するように、目をキョロキョロと動かした。お、怒ったのかな。調べても無駄、なんて言い方はキツすぎたかもしれない。もしくは、部外者なのに口を出しすぎて、気に障ったのかもしれない。

「……きみ」
「な、なんです……?」
「怪我はないかい? 暴漢が突然来て暴れたんだから、さぞかし怖かったろ」
「え? う、うん、大丈夫……」

 意外にも、幻太郎さんは唐突に優しい眼で微笑みそう言った。あ、あれ? てっきりこの人には嫌われているものと思っていたのだが、私の推測は外れていたみたいだ。

「ああ。僕、ナマエのことをとても気に入ったよ。あんな状況のあとで、涙も見せず、堂々としている。しかも冷静だ。これは並大抵のことじゃない」
「そ、そんな……。私なんて、腰が抜けちゃって」
「自信を持って。君にはきっと、常人にはない胆力がある。……そんな君を見込んで、頼みがあるんだ」
「頼み?」

 幻太郎さんは少年のように純粋な目をして、私の顔をじっと見た。私も応えるように、真剣に瞳を覗き返す。

「乱数を助けるのを手伝って欲しい。それに、お金を集めるのも……。僕一人では遂げられないだろうが、君もいるならあるいは……」
「えっ! う、うん……! 私でよければ、手伝うよ」
「本当?」
「うん、できることなら、なんでもする!」

 うんうんと頷いて見せると、幻太郎さんは満足げに笑った。もう一度、幻太郎さんの顔を見る。先ほど垣間見えた、少年のようなあどけなさは、嘘のように消えている。……少年、どころかこれは、

「……さて。なんでもする、と言いましたよね? 売れる臓器はどれとどれですか?」

 人を騙す悪魔のような、邪悪で老獪な冷笑が、私を取って食おうと待ち構えていたのだった。

(210821)