シブヤディビジョンの誘拐(5)
チェキの中にいる笑顔のコウジは、事務所に殴り込みを掛けてきた時と違ってウィンドブレーカーの前のジッパーを開けていた。中に覗いているのは野球のユニフォームのような服だ。藁にもすがる思いで、書かれている英字を何とか読み取ってググる。と、すぐに草野球チームということがわかった。ご丁寧にも、この草野球チーム、『代々木ダイナマイツ』はチームのFacebookページを持っていて、メンバーの名前が一覧で紹介されていた。その中で名前が『コウジ』なのは『安斉浩二』ただ一人で、安斉浩二の個人ページを開くと、画面いっぱいに笑顔でビールジョッキを傾ける安斉浩二の写真が表示された。その顔は完全にチェキのコウジと一致。しかも、安斉浩二はSNSにマメなタイプだったらしく、まあこれもご丁寧に、ステータスには勤め先とその住所が書かれており、その勤め先が入っているビルが、
「ABXビル……!」
「繋がりましたね」
調べれば何のことはない、ABXビルはここから歩いて20分ほどの所だった。名前だけなら偶然の一致だろうが、ここまで符合すれば恐らく、ほぼクロだろう。
「急いで行きましょう!」
「じゃあまたタクシーを……」
「呼んでる時間もったいないですって!」
「あのー……」
店の前で言い合っていた私たちに口を挟んできたのは、まさかの馬場さんだった。人が良さそうに眉尻を下げている。
「なんかよくわかんないですけど、急いでるならうちの自転車貸しましょうか? ちょうど2台あるんで」
「ええっ?! 本当に?! いいんですか?!」
馬場さん、神すぎる。馬場だからBARBERってダサッて思っててごめん。しかしここで、幻太郎さんが顔をしかめた。
「自転車ですか……。小生、裾が……」
「はい、そんな幻太郎さんに、これ貸して上げます!」
「え?」
「シュシュです! これでたくしあげれば裾が車輪に絡まりません!」
「……嫌です……」
「ぶつくさ言ってる間に、乱数くんが危ない目に合ってたらどうするんですか!」
一瞬非難めいた目をしたが、幻太郎さんはすぐにため息を吐き、抵抗するのを諦めたようだった。「でもシュシュはいりません。自分で工夫します」と言う。ふーん、裾巻き込まれて後で泣いても知らないからな。
「さあ、行きましょう、ABXビル!」
「待ってろ安斉浩二!」
自転車を漕ぎ出す。小学校ぶりに乗るこの乗り物は、思っていたよりも強く前に進んだ。まるで羽が生えたみたいに、目的地に向けてまっすぐに走って行く。
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ABXビルは、都心によくあるような、雀荘や、小さな事務所等が入っている5階建ての雑居ビルだった。案内表示を見ると、4階の部分にだけ何も書かれていない。外から見える四階部分の窓は、ぴっちりと暗幕のようなもので塞がれていて、中の様子を窺うことも出来ない。
「いかにも怪しいですね。……っていうか、何の準備もしてないですけど、乗り込んで大丈夫なんですかね?」
「まあ一応、マイクは持ってますよ。乱数の分も持ってきましたし、何とかなるでしょう。優勝も出来なかったシブヤディビジョン代表程度では安心できないかも知れませんが、我慢くださいまし」
「もー、嫌味言わなくてもわかりましたって」
狭い階段をどんどん上っていく幻太郎さんの後ろを付いていく。いくら幻太郎さんがそう言っても、私には自分を守る術もないわけだし、不安には変わらない。でも、ここでこれ以上言っても無駄だろう。流石に4階分も階段を上ると息が上がる。ようやく4階に辿り着くと、雑多なビルに似合わぬ、妙に重厚な作りのドアが目の前に表れた。幻太郎さんが、試しに開けようとしてみる。当然、押しても引いても開かない。
「……ま、そりゃそうですよね。どうしましょう」
「正攻法で行きましょう」
そう言うと、幻太郎さんは迷わず、すぐ右にあったインターホンを鳴らした。
「……誰だ」
「ちわーっす! ピザのお届けに参りましたー!」
「……頼んだ覚えはねえな」
「ええ?! でも確かにお電話頂いたんですが……。安斉浩二さん、ってこちらじゃないですか?」
「……」
インターホンの向こうで、数人がざわつくのがわかる。……ビンゴだ。ややあって、扉が少しだけ開いた。そこにすかさず、幻太郎さんが片足を突っ込み、扉を強引に手で開ける。
「な……っ! 何だ?!」
「ちわっす。5000万円のピザ、お届けにあがりましたぁ」
幻太郎さんはにこっと笑う。「……ま、嘘ですけど」部屋の奥で、ピンク色の髪が揺れるのが見えた。
(211204)