聖夜の温もり 03
街の彩りが最高潮のこの日。聖なる夜。
残業続きでハッキリ言ってコンディションは良くなかったが、気分は高揚していた。
昼過ぎに仕事の納品を何とか終え、早めの帰宅を許されたわたしのデスクに杏寿郎がやってきた。
「さすがハルだな! 先方も喜んでいたぞ!」
「はい、頑張りました!」
「良くやった!」
ポンと頭を撫でられ、嬉しさと心地良さで目を閉じた。
疲れているだろう、と恐らく目の下の隈を親指の腹でそっと撫でる杏寿郎は、顔を耳元まで近づけ、小さく呟いた。
「今夜はホテルで一緒に過ごそう。先に行って待っていてくれ。仕事を終えたら俺も行く」
「え……」
上着のポケットに入れられた紙。
そこに書かれていたのは、高級ホテルの名前だった。今日はクリスマス・イブ。予約なんて簡単に取れるような場所じゃない。
すでに泣きそうなわたしを温かな手が触れる。
「楽しみだな、ハル」
疲れなんて一気にどこかに飛んでいった。
本当なら帰って仮眠でもとった方がいいのかもしれないけど、嬉しくてテンションがあがって、眠れそうになかった。
シャワーをしてオシャレワンピを来て、ヘアメイクもして、最低限の着替えを詰めた鞄を持って、意気揚々とそのホテルへと向かった。
足元が浮ついていても、今日は誰もそんな事を気に留める人なんていない。周りも皆、同じだから。
チェックインする時、彼の名前しか言っていないのにスムーズに鍵を渡されて、きっとそこまで用意していたのかと思うと、それだけで胸がキュンと鳴った。
「……うわぁぁぁ、すごい」
部屋に入ってすぐに漏れた声は、広い部屋と大きな窓に吸い込まれていくようだった。
広いベッドにソファ、大きな窓から見えるホテルの中庭には、夜になれば輝くであろう大きなツリーのイルミネーションがあって、期待に胸が膨らんだ。
仕事続きで最近は二人でゆっくり過ごす時間もなかった。
早く会いたいな、とソファに座り、シワ一つないベッドを眺める。ダブルよりも広い、恐らくキングサイズと呼ばれるベッドだろう。
杏寿郎との夜の時間を想像するだけで、顔が綻んでいく。
膝を抱え、差し込む夕陽を見ながら、愛しの彼が来るのを心待ちにしていた。
◇
温かなぬくもりが心地よくて、ずっと目を閉じていたいと思った。
だけど、微かに感じる鼓動に瞼をあげると、白いシャツが目に入り、その瞬間、杏寿郎の腕の中だというのを理解して顔を上げた。
「うむ、起きたか」
「杏寿郎さん! わたし寝ちゃってた?! ごめんなさい、今何時?!」
「慌てずとも良い。まだ六時だ。ほら、横になるといい」
「でも……」
慌てて起き上がろうとしたわたしの身体を、優しくまたベッドに戻す彼は、スーツの上着を脱ぎ、少しネクタイを緩めたままわたしと一緒にベッドに横になっていた。
いつもキッチリとスーツを着こなしている彼の、この息を抜いた感じを見るのが好きだった。
胸がドキドキしているのを押さえつつ、横になって彼と同じ高さになり視線を合わせる。
大きな瞳にわたしが映っていて、吐息が届きそうな程の距離に、心臓がギュッと締め付けられた。
逞しい腕を背中に回され、まだ少し空いていたその距離を杏寿郎が詰めるようにわたしを抱き寄せた。
「やっと……やっと、触れられる」
「杏寿郎さん……?」
「遅くなって家まで送る時も、敢えて触れないようにしていた。ハルの仕事の邪魔をしたくなかったからな」
「そうだったんだ……あ、そうだ!」
部屋から見えるであろうイルミネーションを思い出し、せっかく杏寿郎が横になるように言ってくれたのも忘れて飛び起きた。
すでに外は暗くなり、予想よりも遥かに煌びやかな中庭を窓から眺める。
歓喜の声をあげ、窓に張り付くようにして見ていたわたしの元に、「まったく、君は子どものようだな」と笑いながらやってきて、背後からわたしを包み込むように抱きしめた。
その様子がすべて窓に映っていて、鼓動はもはや爆発しそうな程に煩かった。
「だって、凄く綺麗だし……素敵な部屋だし。いつから予約してたの? こんなすごいホテル」
「喜んでもらえて、その笑顔がみれただけで十分だ。君のためというより、俺のためでもあるんだ」
「え?」
「俺が、君と一緒に過ごしたかった」
顔を上げると、当たり前に絡む視線。
吸い寄せられるようにお互いが顔を近づけ、口付けを交わした。
素敵なイルミネーションも広いホテルも、すべて後付けに過ぎないのかもしれない。
例えイルミネーションがなくても普通の部屋でも、杏寿郎と過ごせるのならどこでもいい。
ただ、杏寿郎が用意してくれたこの素敵なプレゼントは、きっと一生、心に残る素敵な思い出になると思う。
「ディナーの前に、君が欲しい」
真っ直ぐな言葉に、身体が熱を帯びていく。