都合のいい、男と女 01
クリスマスイブ。
街が派手になるこの時期をいつ頃から好きになったのかはもう覚えていない。だけどいつも、特定の相手はいなかったように思う。
日が沈み、会社を出ていく人の流れを窓の外から眺めながら、天元はぼんやりと考えていた。
今日、恋人のいる人は殆ど定時上がりだ。
企画部のフロアは誰一人としておらず静まり返っている。ネクタイを外し書類整理をしていた天元のスマホが鳴ったのは、21時を回った頃だった。
『……助けてっ、天元』
耳に当てたスマホから聞こえた声に、身体が勝手に動いていた。
今日は、その声を聞くことはないと思っていたのに。
◇
「何でそんなに、無理して笑ってるの?」
藍沢ハルとの出会いは数年前に遡る。
友人との飲み会の席で、喋ってその場を盛り上げていた天元に、そう彼女が声を掛けたのが始まりだった。
突拍子もない言葉だった。
だけど、天元は柄にもなくその表情を強張らせた。
ちょうどその頃、家でのゴタゴタや付き合っていた相手と別れたりと色んな負の連鎖に陥っていて、それから逃げるかのように敢えて飲み会には頻繁に参加し、中心になって盛り上げ役に徹していた。
友人にさえ指摘されなかった事を、初対面のハルに見抜かれたのだ。
普段からポーカーフェイスは得意で、これまでの人生、うまく世渡りして生きていた。
そんな天元が、ハルの存在を気にし始めるには十分なキッカケだった。
「なぁハル、このままドライブ行こうぜ」
「わーい! 海がいいなぁ……あ、ちょっと待って! 電話だ」
この電話の着信音が、天元は嫌いだった。歓喜の声を出して嬉しそうに話す彼女のその声も。
そして決まって電話を切った後、同じ台詞をハルは言っていた。
彼が会いたいって言うから行くね、と。
「もうやめろよ、会うの。お前が傷つくだけだ」
「それでも会いたいの……好きだから」
いくら二人で会おうとも、ハルとの距離が縮まることは無かった。
最初はすぐに手に入ると思った。
だけど、出会った時からハルは常に別の方向を向いていて、天元に見向きもしなかった。
それが新鮮だったというのもあるが、ハルの想う相手には本命がいて、二番目の女と知った時に、腸が煮えくり返りそうな思いだった。
どうして、二番目の女になんか成り下がってんのか。どうして、それでいいと思えるんだ。お前は都合のいい女なんかじゃないんだ。
そう思うのに、天元はハルに何も言えなかった。
――好きだから。
その言葉は、まるで呪文のようだった。
言われてしまえば、嘘さえも簡単に出てくる天元が何も言えなくなってしまうのだ。
ハルも気づいているであろう、自分の気持ち。
それを伝えたところで変わらないと分かっているから、何も言わずに見守っていた。
ただ、ハルが傷つくことがあるなら、すぐ傍に行くことだけを考えていた。
好きだから。
ハルはその男の、都合のいい女。
そして天元は、そんな彼女の都合のいい男だったのだ。