都合のいい、男と女 02


 「ハルっ!」


 寒空の下。
 電話口でハルが言った場所に行くと、イルミネーションで煌めく街路樹の近くに、彼女はポツンと佇んでいた。
 天元の呼び掛けに顔を上げ、「天元っ…」と名前を呼ぶハルの手を取り、そのまま抱き寄せた。


「もうダメだよ……別れて欲しいって言われたのっ。彼女が妊娠したんだって。結婚するんだって。もうすぐ別れるって……ずっとそう言ってくれたのにっ!」


 何度こうして抱き寄せただろう。
 何度見知らぬ相手を信じる言葉を聞いただろう。
 冷たい身体をして涙を流すハルは、天元の大きな身体に縋るように身体を預ける。
 まるで、その涙を隠すかのように、天元が強く抱きしめている。
 自分の腕の中でハルが流す涙は、すべて見知らぬ男を想って流す涙だった。
 こんなに綺麗なのに。こんなにも悲しい。
 ハルとの間に隙間なんてないのに、手に届かないこの想いに、胸が痛かった。
 この先も、手に入らないのだろうか。


「ハル……もう泣くな」
「……っ、」
「泣いてももう、俺は何もしねぇ。これで終わりだ」
「……え? 天元?」
「お前を慰めるだけの俺は、今日で終わりってことだ」


 そう言って天元が身体を離すと、見上げるハルがそれを阻止するように服にしがみついた。
 嫌だ、と言葉にでない声を出しながら目から流れ落ちる涙。
 もう、泣き顔は見たくない。
 いい加減、笑った顔を見せて欲しい。


「何があってもお前が幸せならと思ってきた。いくら俺の腕の中で別の男の為に泣こうが笑おうが関係ねぇって。お前が好きだから。好きだって気持ちがどうにも出来ねぇことは俺も痛いほど分かってんだ。本命になれねぇと分かってても簡単に断ち切れねぇ。でももう限界なんだよ……お前の都合のいい男はこれで終いだ」
「天元っ……嫌だよ」
「もうハルの泣き顔は見たくねぇ。俺が泣かせねぇ。お前が大事なんだ……だから、俺んとこに来い」


 静かに右手を差し出す。
 涙を流しながら、ハルは天元の顔とその手を交互に見返した。


「この手を取ったら、何があってもお前を幸せにする。泣かせねぇ。俺の人生での優先順位はお前だ。もし手を取らねぇなら……二度と会わねぇよ」


 果たして二度と会わないなんて、天元自身が出来るのかどうかは分からない。
 だけど、この不毛な想いを断ち切るにはそうするしか無いと思ったのだ。


「私っ、まだ彼を好きだよ」
「そりゃそうだろうな」
「天元を傷つけるかもしれないっ……」
「今更だな、それも。傷なんてたくさん付きゃ丸くもなるってもんだ」
「私っ……私は、」
「何も考えず、派手に掴めよ」


 戸惑いながら伸ばしたハルの手を、フライング気味に掴んで抱き寄せた。強く強く、その腕の中で華奢な身体を抱きしめる。
 遅せぇよ、と文句を言うも、本当は泣きそうなくらい嬉しかったのだ。


「天元がいない生活なんて考えられないよっ……いなくならないで」
「ばーか! いなくなんてなるかよ。俺なしなんて考えられないくらい派手な人生にしてやるよ」
「うんっ、うん……」
「好きだ、ハル。……好きだ」


 頬に手を添えると、自然と顔を上げたハル。
 その身長差を埋めるように腰を折って顔を近づけ、濡れた唇を塞いだ。
 まだそこに想いがなくても良かった。
 この手を取ってくれた。
 今までいくら引き止めてもすり抜けて離れていった彼女が、自分の言葉で足を止めてくれた。
 それだけで、今は十分だった。


「泣いてる理由なんて忘れるくらい、愛してやる」


 クリスマスイブに訪れた奇跡。
 この温もりを二度と離さないと誓った夜だった。



―Fin―

novel top / top