
初めての恋 01
刀鍛冶の里での上弦との戦い。
そこで負傷した時透無一郎は、蝶屋敷に運ばれてから丸二日程、昏睡している状態だった。
その傍らには、摘んできた花を一輪挿しに生け、瞼を閉じている無一郎を見つめる人物がいた。
「時透くん……待ってるよ」
今にも消え入りそうなその声に、一瞬だけ無一郎の瞼がピクリと動いた。
だけど、彼女はそれには気づかず、無一郎の手を軽く握ると、静かに病室を後にした。
甘い香りだけを残して。
◇
膝丈のスカートを靡かせ、それには似つかわしくない刀を腰に下げて歩いてる彼女は、鬼殺隊の隊士である。
恐らくその格好をしていなければ、刃振って鬼と戦っているなど誰も思わない、それ程に大人しく可憐な少女であった。
手に持っている一輪の花。
それを大事そうに胸に抱いて蝶屋敷を訪ねると、庭で恋柱である蜜璃と鍛練をしている無一郎の姿を見つけ、思わず木の陰に身を隠した。
意識、戻ったんだ。
無一郎が生きている。動いている。
それだけで彼女は嬉しく、その姿をもう一度見ると、彼に背中を向けた。
無一郎とは、合同任務が重なりよく顔を合わせていた。
だけど彼は記憶を留めておく事ができず、会う度に「誰?」と言われていた。
それでも、話しかければ答えてくれ、邪険にされる事はなかった。
無一郎はあっという間に柱という最高地位まで上り詰めてしまい、今では会う事すらなかったのだが、無一郎の危機を聞きつけ、見舞わずにはいられなかったのだ。
ただ、それだけのこと。
声を掛けたところで邪魔になるだけ。
そう思い帰ろうとしたのだが、不意に肩に触れた手に足を止めた。
「居るなら声かけなよ、ハル」
その声に、目頭が熱くなった。
恐る恐る振り返ると、まだ痛々しい傷の手当が残る顔ではあったが、無一郎が真っ直ぐハルを見ていたのだ。
視線が交わる事などあっただろうか。
名前を呼ばれた事はあっただろうか。
どうして、覚えているの。
聞きたいことが一気に溢れてい喉につかえてしまう。
「なん、で……」
「記憶が戻ったんだ。だから君が誰かも思い出した……それに、病室に届けてくれてたの、ハルでしょ? その花」
「あの……えっと、」
「何? なんで挙動不審なの? ハル」
「おお、……お大事にっ!」
ハルの名前を呼ぶ無一郎を振り切って、逃げるように走り出した。
その必要はなかったのだが、ハルはとても混乱していたのだ。
今までと違う無一郎の反応に。
何度も名前を呼ばれ、記憶が戻ったという無一郎に取り乱してしまった。
熱くなった頬を押さえた。
高鳴る鼓動が鳴り止む気配はなく、密かに抱いていた無一郎への感情が溢れてしまったみたいだった。
彼が触れた肩が、まだジンワリと熱を持っていた。