
初めての恋 02
「…む、無一郎くん」
「なに?」
「これどうぞ!」
「……何これ」
「このお饅頭とっても美味しいの。食べてみて!」
「じゃあ、もらうよ」
いつかの任務に向かう途中の会話を不意に思い出した。
記憶が戻ったって、どこまでだろう。
無一郎が記憶を留めることが出来ないと知って、呼んでみたくて一度だけ名前で呼んだことがあった。
彼は無反応だったけど。
それでも心がくすぐったかったのを覚えてる。
何故だがその時のやり取りがハルの脳裏に浮かんだ。
◇
意識が戻ったのだから蝶屋敷へ行く必要はない。
そう思っていても、朝の鍛練を終えたハルは、花を摘んで蝶屋敷の前まで来てしまっていた。
もう退院していないかもしれない。
それは嬉しいことだからいいのだけど、もう一度元気な姿を見てみたい、なんて考えもあった。
あわよくば、もう一度名前を呼んでほしい、なんて。
不意に浮かんでしまった欲を振り払うように頭を横に振っていると、背後から足音が聞こえ、振り返ると猪頭を被った伊之助が走ってきた。
「猪突猛進〜! ん、ハルじゃねぇか! 何してんだお前! さては天ぷら食いに来たのか?!」
「違うよ! それにここは食堂じゃないって、またアオイちゃんに怒られるよ?」
「ケッ! 知るかよ!」
「あ、炭治郎くんの様子見に来たんでしょ? 優しいのね、伊之助くん」
「ちげぇよ! まだ紋次郎は目が覚めてねぇのか? 俺様が起こしてやるよ!」
「ダメダメ! もう……あ、これ。このお花、炭治郎くんの病室に生けてくれるかな? 摘んで来たんだけど」
「なんで俺様がそんな事しなきゃいけねぇんだよ! お前がやれよ! てか、紋次郎のじゃねぇだろそれは」
フン、と鼻息を荒くした伊之助が、また走って蝶屋敷へと入っていった。
さすが、感覚が鋭い彼にはバレてしまった。
どうしようかと思い悩む隙もなく、近くで声がして思わず「キャッ!」と声を上げてしまった。
足音聞こえず真後ろから声がすれば、誰しもがそんな反応だろう。
それなのに、眉を顰めてハルを見つめていたのは無一郎だった。
「ご、ごめんね…吃驚して」
「何で?」
「へ?」
「その花は僕へのものでしょ。どうしてアイツに渡そうとしたの」
「それは、その……もう時透くんの意識戻ったし、本当なら来る予定じゃなかったんだけど、その…気になって来ちゃっただけだから、いいかなって思って」
「…ふうん」
「もう退院したの?」
「まだだけど、あと一日くらいって胡蝶さんが言ってた」
「そう、良かった」
「ねぇ、ちょっと付き合ってよ」
そう言うなり、ハルの手を引いて歩きだした無一郎。
その手が熱いと感じたのは、恐らく自分の熱だろうとハルは思ったが、繋がった手を離したくないと思い、何も言わずに無一郎の後について行った。