
初めての恋 03
無一郎は近くの町へ向かっていた。
小さな商店が並んでいるが、一軒の甘味処の前で足を止めると、「座って待っててよ」と店先の長椅子へハルを座らせた。
何だろう、と緊張しながら待っていたハルの元へ戻ってきた無一郎の手には、二つの饅頭が乗っていた。
「はい」
「……えっ?! 私に?」
「他に誰かいるの、ハルしかいないでしょ。食べなよ」
「あ、ありがとう」
無一郎から饅頭を受け取ると、彼も長椅子へと腰を下ろした。
隣合わせで座ったことはあったが、妙に緊張して心臓が飛び出しそうだった。
それを誤魔化すかのように、貰った饅頭を口に入れると、無一郎が静かに喋り始めた。
「前にさ、ハルがくれたよね。美味しいからって……これとは違う饅頭だったけど」
「……覚えてたの?」
「二日間意識がなかった時に、色んな夢を見た。忘れてた記憶を補うかのような夢だった。家族のことも、仲間のことも、それからハルのことも。きっと僕にとって重要な記憶が思い出されてるはずなんだけど、目覚める直前に見てた夢にはハルがいたんだ。何故だろうね」
ハルは何といえばいいのか分からず、また饅頭を口に入れた。
無一郎がいる左側が物凄く熱い。
視線を感じ目を向けると、無一郎が真っ直ぐハルを見つめていた。
その視線にドキリと胸が鳴る。
やっぱり、こうして視線が交わる事が嬉しいと思った。
「呼んでよ」
「え?」
「アイツ…猪頭の事も呼んでただろ? 名前で。なのにどうして僕は"時透くん"なわけ? 呼んでよあの時みたいに」
「も、もしかして……妬いたの? 伊之助くんに」
「知らないよ。こんなの初めてだから」
不貞腐れたような顔をして少し顔を赤くした無一郎は、ハルから視線を横に移し唇を尖らせた。
緊張して呼べなかった。
意識するからこそ呼べなかった。
その名前を心の中で呟くだけでも、胸が熱くなってしまうと言うのに。
だけど、今は言えそうな気がする。
「む……無一郎くん、ってこれからは呼ぶね!」
「うん」
「私を思い出してくれてありがとう」
◇
穏やかな晴れの日。
白詰草が揺れる丘に立つ大きな木の陰に、ハルは腰を下ろしていた。
その太腿に頭を置いて横になって寝そべっているのは、霞柱でもある無一郎だった。
目を閉じて風を感じている。
不意に、風に舞い無一郎の顔に落ちた花に目を開いた無一郎は、それを手に取ると体を起こし、ハルの耳にそっとその花を挿した。
「似合うね、ハル」
「無一郎くんの髪にもついてるよ」
そう言ってハルが無一郎の髪に手を伸ばすと、それを掴んだ無一郎が、ゆっくりと顔を近づけてきた。
熱を持った頬を風が優しく撫でる。
触れ合った唇を離すと、無一郎とハルは額を合わせ、照れくさそうな顔で微笑み合っていた。
この初恋の温もりを感じながら。
―Fin―