
その愛に触れたなら 02
柱には、それぞれの担当地区がある。
地区といってもその距離は広く、場合によっては担当外へ出向く事もあるため目的地への道のりは数日要すこともある。
負傷を理由に藤の花の家紋の家に世話になることは少なかったが、その中でも煉獄は割とこの家を利用することが多かった。
理由なんてものはなかったが、ただ気がついたらこの家の門をくぐっているという事が多かったというだけ。
煉獄自身、気づいてもいない事実だった。
「わっしょいわっしょい!」
フフ、と思わず笑ってしまったハルだが、柱を前にして失礼だったと慌てて謝った。
そんなことなど気にしてない煉獄は、配られた食事にすぐに手をつけ、好物のさつまいもの味噌汁を食べるといつも発する謎の言葉を繰り返していた。
配膳を終え、布団の用意を終えたハルが下がろうとすると、また煉獄が話し掛けてきた。
「やはり美味い! 今まで食べたどの味噌汁よりも美味い!」
「そんな! でも…ありがとうございます。光栄です」
「毎日でも作ってもらいたい程だ!」
「……」
「もう一杯いただこう! ……ハル?」
顔を赤くして固まっていたハルと、そんな彼女を不思議そうに見ていた煉獄の目が合う。
我に返ったハルは慌てて汁椀を受け取ると、急いで台所へと走っていった。
何故顔が赤いのだ。
自分の言葉が原因だと思ってもいない煉獄は、握り飯もまた美味いと頬張っていた。
結局、握り飯十個と味噌汁五杯を食べた煉獄は、満足そうに床についた。
ハルの心の変化など気づかずに。
次の日の朝、煉獄が礼を言ってこの家の門を出た後もまだずっと、ハルの胸の奥はドキドキと脈打っていた。
◇
「え?! 私が? なんで!」
「なんでってハル、お前はもうすぐ十八になる。遅いくらいだ。もっと早く嫁に行っても良かったのに、母ちゃんの具合が良くないからってこの家手伝ってくれて…」
「でも私…まだこの家に…」
「いやそれは駄目だ! 先方はお前より一つ下だがそれでも良いと言ってくださってる。どこにも嫁ぎ先がなくなったらどうすんだ? 一生ここって訳にもいかんだろう」
突然湧き出た縁談に、ハルは戸惑いを隠せなかった。
両親の言うことは理解しているハルだったが、自分が今までしてきたこの仕事や、それに注いでいた想いなどをアッサリ捨ててしまわなくてはいけない事を、簡単には受け入れられなかった。
まだ続けたい。辞めたくない。
部屋に籠り、縁談という言葉を振り払おうと膝を抱えて首を横に振る。
その時、頭に浮かんだ声と顔に、何故か分からないけど涙が出そうになった。
どうしようもなく会いたいと思った所で会える相手ではなく、会った所で何かある訳でもないのは分かっていたけど……自身の気持ちに気づいてしまったハルは、涙を流すしかなかった。
あの日から、ずっと心の中で燻っていたものは、叶うことの無い恋心だったのだ。
彼になら、毎日さつまいもの味噌汁を作ってあげたいと思ったのに。
彼を笑顔で迎え無事を祈りながら送り出したいと、そんな夢のような風景を思い浮かべて、胸が熱くなったというのに。
「煉獄様…っ……」
声を押し殺し、ハルはその想いを飲み込んだ。
だけど、脳裏に浮かぶ煉獄の顔は消えてはくれなかった。