風と水 肆
目は閉じていたが、ハルは全く眠れなかった。体は疲れているのに脳が冴えてしまっていたのだ。実弥との事を思い出し、少し深めに息を吐く。
大事にしろ、と言った時の彼の声色と表情が目の奥に焼き付いていた。それだけじゃない。おはぎを食べてる可愛い顔や最後に謝ってくれた時の伏せ目な顔。どうしてそんなに浮かんでくるのか不思議でならなかった。
それに、ハルは気になることがあった。実弥の格好を改めてよく見て気づいた事がある。それは、蝶屋敷で働いて知った鬼殺隊の隊服というものだった。
今まで義勇の格好しか知らず、それが鬼狩り専用のものと知り、実弥と似たような服装をしている事に気がついたのだ。
もしかしたら二人は、知り合いかもしれない。それを聞いてもいいのかハルは悩んでいたのだ。実弥に義勇のことを聞いたら、こうして一緒に住んでる事が知られてしまう。そうなるとその理由を話さなければならない。
義勇に聞いて、それが実弥に伝わるのも嫌だと思った。ハルは、実弥には未来から来たことを知られたくないと思っていたのだ。
普通に、この時代の人間として接して欲しいと思っていた。関わりたくないと思われたら嫌だと思っていたのだ。何故そう思うのかはハル自身でも分かっていなかったが、出来ることなら伏せたい事実だった。
実弥も鬼狩りなのだろうか。そうなると、蝶屋敷で働いていたらバレるのも時間の問題かもしれない。だからといって外に出て住処を借りて生活する程のお金もない。身分だって証明できない。
思わず深い溜め息が漏れた。すると、隣から布擦れの音がして、「眠れないのか」と義勇の優しい声が届いた。
「起こしちゃった、ごめんなさい」
「いや、いい。それより…大丈夫か? 何か思い悩んでる事でもあるんじゃないか」
「ううん、大丈夫! ちょっと考え事してて、そしたら冴えちゃって」
「そうか」
視線を逸らし天井へ向けた義勇。
彼はこうして世話を焼いてくれるが、面倒と思ったりしないのだろうか。義勇は言葉が少ないから分からない。その時、不意に手が温もりに包まれた。何かを見なくても分かる、義勇の大きな手。
義勇に視線を向けてもそれは交わることはない。だが、ハルは「大丈夫だ」と言われてるような気持ちになったのだ。
「おやすみ、義勇さん」
「…あぁ」
その後、小さく「おやすみ」と続いた義勇の声を、ハルは嬉しそうに微笑みながら目を閉じた。