風と水 参

 任務から帰還した義勇が屋敷の扉を開けると、そこはいつもと変わらず静まり返っていた。

『義勇さん、おかえりなさい!』

 台所から顔を出して笑顔で出迎えるハルの姿はない。ほんの一時の事だったのに、義勇は家の中に彼女がいる姿をよく思い出していた。そこまで彼女の存在が大きいはずは無いのに、どうして浮かんでしまうのか。そういう事に疎い彼が気づくはずもない。
 刀を下ろし、水を汲もうと外に出ると、遠くからこちらに歩いてくるハルの姿が目に入った。彼女も義勇の姿を見つけると、「義勇さん!」と駆け寄ってくる。
 ハルが直前で石に足を引っ掛け、前に転けそうになる。それを咄嗟に抱き留めると「ありがとう」と恥ずかしそうに笑った。
 転けそうになった事実が恥ずかしいというだけなのだが、顔を赤くしたハルに、義勇の心が少し動揺した。
 ハルに会えたのが久々だったからなのか、先程まで思い出していたからなのか……どちらにしても彼女を見て脈打つ音が強くなるなどなかった事だ。だが表情が変わらない義勇は、何も言わずにハルを抱き起こすと、「変わりはないか」と静かに尋ねた。
 しのぶからの鴉による報せで、ハルが問題なく過ごしている事は知っていた。だが彼女の言葉で聞きたいと思ったのだ。


「はい、変わりなく!炊事洗濯も、もう上手に出来るようになったの」
「そうか」
「義勇さんはすぐ任務?」
「いや、今日は休んで明日向かおうかと思っている」
「じゃあ今夜は泊まってもいい? 話したいことがたくさんあるの!」
「……あぁ」


 年頃の娘が、簡単に男の家に泊まるなど発言するものではない。
 そう思ったが、ハルの居場所はこの義勇の家と蝶屋敷しかないため、義勇は何も言わずに頷いた。それに、自分を見て嬉しそうに話をする彼女を、もう少し見ていたいとも思った。身支度と休息を取るためだけの家が、様変わりするようだった。


「それでね、それでね!」
「そろそろ寝なくていいのか……」


 食事の後も延々と蝶屋敷での出来事を話してくるハルに、義勇はずっとただ相槌を打って話を遮ることなく聞いていた。布団を敷いて床についても、ずっと義勇の方に体を向けて喋っているハル。
 だがもう、時間もかなり遅い。蝶屋敷での仕事があるだろうと思い、寝るように伝えた義勇だったが、ハルは、義勇が疲れてるから寝たいと思っていると勘違いした。


「ごめんね! わたしずっと喋ってて…義勇さん疲れてるよね。久しぶりに会えて嬉しくて、つい」


 申し訳無さそうに、布団を顔半分多いながら謝るハルに、無意識に口許が緩んだ。それを見たハルが、「義勇さんも、笑うんだね」と嬉しそうに言う。


「……笑っていたか?」
「うん、ニヤッとしてた」
「俺も嬉しいと思ったんだ。ハルが楽しそうに話してるのを見て、安心した」
「義勇さん……ありがとう」


 ハルが笑うと、義勇は何も言わずに視線を天井へと向けた。だが、その表情はいつもとは違っていた。優しく柔らかな表情だった。

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