心の葛藤 壱

 むせ返るような臭いの中、風を自由に操り刃を向けたが最後、飛び散る鬼の血と頸。返り血を避けることも無く、目を見開いて憎悪の目を向けるその姿は、やはり柱という存在たるものだった。


「胸糞悪いぜ、雑魚がァァ」


 まだ動こうとしていた鬼の体を、再生不能な程まで細かく切り刻む。
 呼吸を整えるまでもなく終わった任務に、実弥は不完全燃焼だった。最近は任務に出向いてもそう強くもない鬼ばかりで、鬼舞辻の尻尾さえ掴めない。
 その度に苛立ちと焦りを覚え、鬼への憎悪が一層増す。懐紙で鬼の血を拭うと、刀を鞘に閉まってその場を後にした。
 夜が明け、任務から屋敷へと帰ると完全に日が上がっていた。まだ動ける体を鍛えようとそのまま庭へと向かうと、ふと縁側に何かが置いてあるのが目に入った。
 鬼狩りから帰り、荒ぶった心が和らいだ気がする。近づくとやはりそれは何度も見たことがあるもので、ハルが来た証でもある、包み紙の切れ端で折った折り鶴だった。
 任務で数日空けることも多いため、二人が顔を合わせる事はそう多くなかった。あの出来事のあとも、ハルは実弥の家へとやってきた。何事もなかったかのように、普通に笑っていた。
 最近は立て続けの任務で、ハルの姿を見ていない。
 元気にやってるだろうか。笑ってるだろうか。折り鶴を羽織の袖に仕舞い、実弥は鍛練のために打ち込み台へと足を踏み出した。





 十分な睡眠を取ったあと、部屋に明かりを入れようと雨戸を開けた。


「……何してんだァ」


 当然誰もいないと思っていた縁側に、ハルがコロンと横になり寝息を立てて眠っていたのだ。いつ来たのか分からないが、恐らく実弥が寝ていると思い、起きるまで待っていようと思ったのだろう。
 戸を開ける音にも気づかず、気持ちよさそうに眠っているハルの隣に腰を下ろし、目にかかりそうな前髪をそっと指で掬った。


「無防備に寝てんじゃねェぞ……たく」


 憎まれ口を叩きながらも、実弥の顔は笑っていた。胡座をかいてその上に肘をつき、頬杖をして口元を隠してはいるが、ハルを見つめる目はいつになく優しい。
 元気にこうして姿を見せてくれた事も、起きるのを待っていてくれた事も、全てが心をくすぐるような感覚だった。目の前で丸くなって眠っている女を、愛おしいと思っているのだ。


「…ハル」


 彼女の名前を呼び、撫でていた髪から指を移動させ、柔らかな頬に触れる。少しだけ動いた薄い唇に、軽く指を触れさせると、「んっ…」と声を漏らすハル。
 何してんだ、と自分の行動に熱くなってしまった事を誤魔化すように立ち上がった実弥は、顔を洗って着替え、それからまだ眠っているハルを少し乱暴に起こした。乱暴といっても、指で額を突く程度だが。


「オイ、いつまで寝てんだァ!? 起きろォォ」
「イタッ……実弥さん? あれ、わたし寝ちゃった?」
「寝惚けてんじゃねぇぞ」
「……おはよう、実弥さん」


 目を細めてフニャリと笑うハルに、鼓動が速くなる。
 家族が生きていた頃に当たり前にしていた挨拶は、実弥にとっては特別で、胸を掴まれる思いだったのだ。

novel top / top