隊律違反 弐
直ぐに蝶屋敷を後にするつもりだった実弥だったが、しのぶから数日の入院を言い渡された。
鬼血術の後遺症があるか調べて問題がないと判断してからだという。自傷したところは深くはなかったが、力が入っていた所為で、数針縫うことになった。意識はハッキリしており、暇だと体を起こし、枕に背を預けた。そのとき蝶屋敷のなほが、恐る恐る戸を叩き、食事を運んできた。
お盆に乗せられた食事と、その隣にはおはぎが置いてあった。そう言えば朝もおはぎがあった事を思い出し、退出しようとしたなほに実弥は「おい」と声を掛けた。
ビクつくなほに溜め息をついた実弥だが、出されたおはぎを指差し、「何だァこれは」と聞いた。
「え、お…おはぎです」
「そうじゃァねぇ。なんで毎食これが付いてくるんだって聞いてんだ」
「えっとぉ……風柱様に出すように言われまして」
「あ? 俺だけ?」
「はい、ハルさんがそう言って、」
なほが言いかけた時、診察のために入ってきたしのぶが「あとは私が」となほに笑いかけると、なほは実弥の圧から解放された安心から笑顔になると、お辞儀をして去っていった。
まさかこの場所でハルの名前が出るなどと思っていたなかった実弥が、目を見開いたまま固まっている。自分にだけ用意されていると聞いて、まさかとは思った。おはぎが好物だと知っているのは、ハルだけだったからだ。でも何故此処にいるのだ。
実弥が何か言いたげにしのぶを見ると、彼女はいつものように取ってつけたような笑顔で「体調はいかがですか?」と何事もなかったかのように聞いた。
「オイ胡蝶ォ…聞きてェ事がある」
「なんでしょう」
「此処に、ハルっていう女がいると聞いたんだが」
「えぇいますよ。それが何か?」
「……」
「彼女の事は忘れるのではなかったのですか? 拒絶しておいて今更彼女の所在を聞いてどうするんです?」
しのぶの発言に、今度こそ驚いた実弥は、口をポカンと開けたまましのぶを見た。真っ直ぐ実弥を見返しているしのぶの瞳は、これ以上彼女を傷つけようものなら許さないとでも言いたげに実弥を見ていた。
実弥は言い返したかったが、事実を言われ何も言えず、バツが悪そうに「そうだな…」と頭を掻いた。
「あらあら、諦めるんですか。不死川さんこそ諦めが悪いと思ってましたが、その点では冨岡さんの方が男らしいですね」
「あぁァァ?!」
「ハルさんを受け入れないのであれば、二度と近づかないでくださいね。私は彼女が前を向いて笑顔で居られるのであればお二人のハルさんへの気持ちなどどうでもいいと思ってます。ただ……ハルさんがどんな想いでそのおはぎを用意したのか、不死川さんならお分かりになるのではと思ってますけども」
そう言い残し、しのぶは部屋を後にした。診察とは名ばかりでそれを伝えに来たのだと実弥は思った。つくづく思い知らされる。どれだけ心が弱いのか。
おはぎを見つめ、ハルの笑顔を思い出し、胸が痛むのと同時に温かな気持ちにもなる。頭で否定すればするほど大きくなる想いに、実弥は覚悟を決めた。