隊律違反 参

 義勇がハルの様子を見に蝶屋敷に来た日、どうそれを予見していたのかは分からないが、実弥が門の処で義勇を待ち構えていた。
 しのぶに退院を言い渡され、すでに隊服と羽織を着用している実弥は、話があると言って義勇を引き止めた。義勇も実弥と話をしなければと思っていた矢先だったので、二人は蝶屋敷の入口近くの庭先で、顔を突き合わせる事なく言葉を並べた。
 この二人が並んで話をしているだけでも異様な光景である。先手を切ったのは、実弥だった。懐から取り出した、あの日拾ったものを義勇に差し出したのだ。


「これ、ハルのもんだろォ」
「…あぁ、確かにそうだ」
「お前から返してくれねぇか?」
「……」
「そう思ってたんだがなァ…」


 一度義勇に差し出した時計を、実弥は奥歯を食いしばり握りしめ、その手を引っ込めた。まるでそれをハルに例え、義勇に渡すまいとしているようだった。義勇はそんな実弥を見つめ、淡々と言葉を続けた。


「不死川が俺のことをどう聞いているのかは知らないが、ハルはもう俺の所にはいない。俺の想いを伝えたが、それに応えてはくれなかった。だから胡蝶が引き取った。俺からそれを返しても意味がない」
「……」
「もしお前が、俺との仲を勘違いしハルから離れるのならそれでも構わない。俺はただ、不死川がその程度の軽い頭だったのかと感心するだけだ。そんな簡単にハルへの気持ちを抑えられるのなら、羨ましい」
「…テメェ、散々言ってくれるじゃァねえか! いつも無口のくせしてペラペラとォ」
「事実を言ったまでだ」


 あくまで冷静な義勇と、先程から額に青筋を立て目を見開き義勇を睨む実弥は、今まさに一触即発だった。二人は正面に向き合い、無意識なのかお互いが腰に差している刀に手を置いている。
 周りの空気がビリビリと電気が走るように動き、二人を避けるように風が舞った。


「俺だってそんな簡単な気持ちじゃねェ! ずっと離れねェんだよアイツの顔が!」
「……そう伝えればいいだろう。それとも自分から拒絶したからと何も言えないのかお前は」
「うるせェェ! 俺に指図すんじゃァねぇ!」


 刀を引き抜いたのはほぼ同時だった。鉄が強い力でぶつかり合う音が蝶屋敷に響いた。その後、それぞれに思いの丈をぶつけながら構えていると、「困りましたねぇ」としのぶが怒りを隠しながらどこからともなくやってきた。咄嗟に離れた二人を、真っ直ぐ見つめるしのぶ。


「二人して理性を失うなんて、呆れて物が言えませんね。隊律違反ですよ、これは。しかも私の屋敷で、彼女が見てるかもしれない場所でなど…仮に彼女が目にしたら悲しむ事になるのが分かりませんかねぇ。分からないでしょうねぇ、男になど」
「……」
「……」
「今回は、不死川さんの機能回復訓練に冨岡さんがお付き合いしたということにしておきましょう。でも、次はありませんよ?その時は二度とお二人の治療は致しませんので」


 冷静に怒りを顕にしたしのぶが去ると、二人とも顔を見合わせ静かに刀を鞘に戻した。実弥は自分の頭を掻くと、「悪かったなァ」と義勇に謝罪した。


「分かってんだよ、自分でも。情けねェって」
「そうだな」
「テメェ一々ムカつくなァァ!」
「…俺じゃなく、ハルに話せ。彼女を笑顔にできるのは、お前しかいない」


 義勇は、ずっと思っていた言葉を口にした。どれだけハルを想っても、彼女自身の笑顔を引き出せるのは実弥なのだと分かっていた。
 出来る事なら自分の手で守りたい。そう思っても、彼女の想いは手に届かない所にあって、それを手にするのは自分ではないと悟っていた。
 ハルの笑顔が見られるのなら、自分ではない男の背中を押そうと、義勇はその思いを実弥にぶつけたのだ。


「ハルのすべてを受け入れろ」


 義勇の言葉と共に風に舞った葉が二人を間を通り抜けた。
 丁度その時、実弥の鴉がやってきて任務へと向かう指令を寄越した。間が悪いと舌打ちをするも、任務を後回しにすることはできない。実弥は去り際に、「戻ったらハルに話す」と義勇に告げると急いで任務へと向かった。





 ハルの元に実弥から手紙が届いたのはその日の夜だった。
 達筆な字で、【任務から戻ったら話がある。待ってて欲しい】とだけ書かれていた。たったそれだけ。どんな話なのかも分からないが、それだけの手紙をハルは胸に抱き締め、目を閉じた。何もなくてもいい。それでも実弥が連絡をくれたという事実だけで胸がいっぱいになったのだ。


「……会いたいよぉ…」


 溢れた言葉は、闇夜に消えていく。
 月の光が、空を見上げるハルの涙を金色に照らしていた。

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