護るべきもの 肆
ハルの事は、鬼殺隊当主でもある産屋敷耀哉に報せる事となった。鬼に襲われ、一人の柱が茫然自失な状態となれば報告をしない訳にはいかなかった。
しのぶは、あの夜何があったのかを義勇と実弥から聞き、それを耀哉の鴉へ手紙を託した。恐らく実弥が鬼の血鬼術により幻覚を見せられたのではないかというのがしのぶの考察だった。
その報告を受け、耀哉は実弥を案じていた。心が壊れてしまうのではないかと。だが、実弥は次の日から任務があれば向かうと自ら申し出たのだ。
実弥が涙したのは、ハルが倒れ義勇が駆け寄った時だけで、その後はまるで魂が抜けているかのように、涙ひとつ流さなかった。
いつもの実弥と変わらない。いや、それ以上に鬼を狩る事に執着し、自身の体調や精神も鑑みずに鬼を狩る姿に、耀哉だけでなくしのぶや義勇も彼の心を案じていた。ハルが目を覚まさないまま、十日程が過ぎた。
「…またこちらへ直行していらしたのですか。着替えもせずに」
「……」
「少し体を休めたらどうですか? 身が持ちませんよ」
しのぶの言葉に、実弥は無言だった。鬼を狩り汚れた隊服もそのままで、無精髭を生やし、覇気など一切感じられない。ハルが襲われた時のことも、当然怒りや悲しみが伴ったであろう出来事を、淡々としのぶに話していた。まるで他人事のように。
自身のことなどどうでもいいと、自暴自棄になっているその姿に、しのぶは苦虫を噛み潰したような顔を実弥に向けた。
「そんな姿、ハルさんが目を覚ました時に見たらどう思うでしょうね。鏡を見てください。まるで死んだような顔をしてますよ。ハルさんが命を賭してまで助けた不死川さんが、そのように自棄になっているなど、彼女が望んでいるとお思いですか」
「……」
「汚れた手ではなく、血など付いていない綺麗な手で彼女の手を握ってあげてください。ハルさんの温もりに触れてください。生きようとしているハルさんを信じて待ちましょう」
大切な人を失う怖さは、誰もが分かっている。だから実弥は、失う事を恐れて自分の心を閉ざしているのではとしのぶは思った。その気持ちは解らなくもなかったが、ハルはまだ生きている。
実弥が信じてあげないのなら、ハルの気持ちが無駄になってしまうと思った。しのぶの声が実弥に届いたかは分からない。だが、無言のまま退室した実弥は暫くして、水浴びをしてきたのか小綺麗になり、髭も剃り、汚れた隊服も新しくして戻ってきた。
「護れなくて、すまなかった……目を覚ましてくれよォ、ハル…」
実弥とハルだけが残る病室には、庭に咲くヒマワリの香りが風に乗って運ばれてくる。ハルの頬を指で優しく触れ、愛おしそうに彼女を見つめた。
庭に咲いていたヒマワリを一輪挿しに入れ、ハルの病室へと飾った実弥は、まだ覚めぬハルの額に唇を押しつけ任務へと旅立った。
◇
しのぶから連絡を貰った実弥は、休息も取らずに蝶屋敷へと走って任務から帰還した。こんなに息が上がる事は普段ならあり得ない。だが、極度の緊張からか、息が詰まりそうになるほど苦しかったのだ。
静かにハルの病室の戸を開けた。ベッドの脇に立っていたしのぶが振り返り、微笑みながら少し横へ移動すると、今までずっと眠っていたハルが上体を起こし実弥の方へと視線を向けた。
「おかえりなさい、実弥さん」
「あ……っ、ハル……ハルっっ…」
人目を
大切な人をまた護れなかったと背負っていた重荷が、少しだけ軽くなったような気がしたのだ。
しのぶが実弥の横を通り過ぎ、肩に手を乗せる。無理をさせないように、と言葉を残し、実弥とハルの二人だけになるように計らってくれた。
「実弥さん…会いたかったっ…、会いたかったよぉ」
「ハルっ…」
実弥に向け伸ばした手を、優しく掴み抱き寄せた。ハルの頭を抱えるように自分の胸に抱き留めた実弥は、暫く涙を止められなかった。
「もう二度と離さねェ…絶対に……」
見上げたハルの瞳にも涙が溢れていた。実弥は涙で濡れた唇を、彼女のそれに重ねた。生きている事を確かめるように、静かに何度も、優しい口付けを交わす。
その側で、二人を見つめているかのように実弥が置いたヒマワリの花がまだ綺麗に咲いていた。まるで花言葉を口ずさんで笑っているかのようだった。