護るべきもの 参
しのぶに呼ばれた義勇は、ハルの気配を探し回っていた。だが探し始めて程なくして、怒気を帯びた叫び声が聞こえ、脱兎の如くその場所を目指した。
近づくに連れて鼻をつく血の匂いと、微かに感じるハルの気配に胸騒ぎがし、その足を速める。霞が晴れがかったその場所を目にした義勇は、絶望的な表情を浮かべ、足に根が生えたかのようにその場から動けなかった。
叫び声を上げていたのは、実弥だったのだ。膝をついた彼が抱えていたのは、血に塗れたハルの姿だった。自身を奮わせ、涙を流している実弥の元へ駆け寄り、彼の名を叫んだ。まだ微かに鬼の気配を感じ、刀を構えると、二人から少し離れた場所で、ハルの返り血で染まった鬼が、地面に倒れていた。
頸がまだ繋がっている。義勇が呼吸の構えをした時、何故か鬼の体がボロボロと塵のように崩れていったのだ。
「何をしたぁぁぁ! あの小娘! 何故崩れる! 再生できぬうううう…」
鬼は叫び声を上げながら散り、絶命した。
本当に死んだのだろうか。頸を切っていないのに。しのぶのように毒が巡っているのだろうか。考えを巡らせていた義勇に、「ハルっ!」と彼女を呼ぶ実弥の声が聞こえ、視線を向けた。まだハルには息があったのだ。
「実弥…さ……大丈夫?」
「バカヤロォ! 何で出てきたっ、何で……死ぬんじゃねェェ!」
「良かっ、た…実弥さんが、無事で…」
「喋んな! 喋んじゃねェェ! 頼むっ…死なないでくれぇ…」
「好き…だよ、……さね、…さ…」
ハルの言葉は、そこで途切れてしまった。背中に大きな傷を負ったハルの血が、白い実弥の羽織を赤く染めていく。
義勇が駆け寄り、「急いで胡蝶の処へ」と実弥に促した。もう、鬼の気配は完全に消えていた。
◇
ハルが受けた傷は、血こそ大量に出ていたが致命傷となる程深くはなかったと、処置を終えたしのぶが二人に告げた。血の量からして、ましてや鬼にやられた傷なのだから深かったはずだと義勇は思ったが、ハルが一命を取り留めた安堵が勝り何も言わなかった。
だが、ハルは意識を手放したままだった。ベッドに横たわるハルの姿を、茫然と見つめる実弥は、呼吸さえもしていないのではないかと思う程、静かに、まるで時が止まっているかのように微動だにしなかった。
「…冨岡さんも、大丈夫ですか?」
しのぶの言葉に、義勇は返事をしようとしたが、喉が張り付くように乾いており声にならなかった。
想いを寄せていたハルが負傷したのだ。駆け寄ってその手を握りたいと思ったが、その想いは胸に留め拳を握り締めた。それに、義勇はその傍らに立つ、絶望を背負った実弥の事も案じていた。
目の前で、愛する人を傷つけられる。それ程辛く苦しいことは無いと、この場にいる誰もが知っている事だった。
「ハル…ハル……」
この状況に、誰も何も言葉を発せなかった。掠れた声で名を呼ぶ実弥の声だけが、静かな病室に物憂げに漂っていた。