稀有な血 弐
「実弥さん」
「……」
「実弥さん、まだ怒ってるの?」
ハルは実弥が買ってきたおはぎをどうぞ、と実弥に差し出しながら問いかけた。
しのぶにハルの思い、「鬼殺隊の役に立つなら血を使ってくれ」と伝えた時に言い合いになってから、少し気まずい空気が二人の間に流れていたのだ。それでも毎日顔を出す実弥に、ハルは嬉しさを隠しきれなかった。
実弥が自分を心配してるから怒った事も分かってる。だからこそ、ハルも実弥に分かってほしくもあり、引けなかった。実弥がハルを護ると言ってたのと同じくらい、ハルも実弥を、鬼と戦う人達を護りたいと、未来を護りたいと思っていたのだから。
おはぎを受け取った実弥は、それを口にする事なく眺めたまま、溜め息を吐いた後に言葉を続けた。
「怒っちゃいねェよ。俺も稀血だからな、ハルの気持ちも解らなくもねぇ。ただ…心配なんだよ。前みたいに無理して目が覚めねぇなんて事があったらと思うとよォ」
「ありがとう実弥さん…でも、実弥さんも命を賭けて戦ってるでしょ? 護ろうとしてくれてる。どんな役に立てるのか分からないけど…わたしも護りたいの。少しでも永く一緒にいたいの、実弥さんと」
「ハル…」
「ほら、食べて!」
無理矢理おはぎを実弥の口元に運んだハルを、眉を下げて笑った後に、「…ったく」と少し顔を赤らめながらおはぎを口に入れた。
気持ちをおはぎに向けていないと、熱くなった喉の奥から色んなものが溢れてしまいそうだった。永く一緒にいたいというハルの言葉が、実弥の傷だらけの心に沁みていく。
鬼の討伐だけを考えて生きてきた。それ以外は必要ない、自分一人で背負い、唯一生きている弟が幸せになればいいと思っていた。人生を諦めてほしくない、そう言った親友の言葉が今になって強く胸に刺さる。温かな未来を想像しても、許されるのだろうか。
「実弥さんは……わたしの事、どう思ってる?」
突然のハルの言葉に、実弥は目を丸くして彼女を見た。両手の指を弄りながら、遠慮がちに実弥を見るハルの頬は赤く染まっている。
ハルが何を聞きたいのか分かっているようで分からない。突然振られた話題と核心を突く言葉を求められ、実弥の目は泳いでいた。
「実弥さんに大事にされてるのは分かってるし、強い言葉もくれたけど……それって、わたしのこと好きって事でいいのかなって」
「……」
「もしかしたらこの時代の男の人はそういうのハッキリ言わないのかもしれないけど、聞きたいなって思って。それに…しのぶさんに聞いたの。男の人が簪を贈る意味を……」
真っ赤になる実弥の顔を、ハルは横目で見た。男性が簪を送るのは求婚の意味する事をしのぶに聞いていたハルは、期待して実弥に聞いたのだ。実弥の表情に確信を持てたし、むしろ今までの言動で実弥の気持ちはハルに伝わっていた。だけど、ハルは安心したかったのだ。実弥の言葉で、聞きたいと思ったのだ。
頭を掻いた実弥は、「ダセェ」と呟くと、何かを吹っ切ったように耳まで赤く染めながらもハルの手を掴みその顔を上げた。
「鬼殺隊にいる以上、いつ命が終わるか分からねェし将来を約束をしたくても満足に出来ねェ。だからといって俺は鬼がいる限り、鬼殺を辞めるつもりもねェ。そんな俺がハルを幸せにしてやれるのかって、ずっと考えてた」
「…じゃあ、二人で幸せになろうよ。してもらうだけは嫌だよ。わたしだって、実弥さんに幸せをあげたいの」
「……適わねェな、ハルには」
口許を緩めて笑った実弥は、ベッドに腰を掛けると、ハルを片腕で抱き寄せ、その胸に収めた。窓の外から、蝉の鳴き声が聞こえる。だけどそれ以上に煩い心臓の音が、二人の耳元を支配している。
二度と言わねぇぞ、と前置きした実弥はハルの頭のごと太い腕で包み込み、初めて想いを言葉にした。
「…愛してる……愛してるハル」
低く掠れた実弥の声は、ハルの耳元で静かに響いた。熱く流れたハルの涙が、実弥の開いた胸元を優しく濡らしていった。