新たな人生 弐

 風柱邸へとハルの荷物を運んだ実弥は、「あー疲れたぁ」と早速畳に両足を広げて座るハルの背中を見て、一抹の不安を覚えた。嫁に迎えたいと言って蝶屋敷ではなく自分の家に連れてきたはいいが、その意味を理解しているのかどうか、ハルの態度を見て不安になったのだ。
 今夜の任務はない。実弥はずっと抑えていた欲が既にギリギリのところにあったので、初めて過ごす夜に期待していたのだ。
 鬼ばかりを追いかけていた日々には不要だったこの感情は、ハルと出会って芽生えた。愛の言葉を口にしたのも生まれて初めてだった。いくら精神力を鍛えようとも、この手のことに関しては本能と理性が絡み合っていて、一筋縄ではいかない。実弥は、湯浴みの準備をしに行き、ハルに先に入るようにまた部屋へと戻った。


「ハル、先に湯……は? 嘘だろ、オイ」


 離れたのは、ほんの少しの時間だった。それなのにハルは畳の上で大の字になって既に夢を見ていたのだ。勝負をする前に敗北したような、そんな感覚だった。
 浮かれていたのは自分だけだったのかと落ち込み、そもそも勝手に期待していた自分を殴ってやりたい気分になった。


「なんて格好で寝てんだよ、ったく…」


 実弥は布団を敷き、ハルを抱きかかえると静かにそこへ下ろし、布団を掛けた。幸せそうな寝顔を、実弥は横になり頬杖を付きながら眺める。
 出来る事なら、命を危機がある生活から遠ざけて、この表情を守りたいと思う。だけどハルのいない人生など、もう考えられなかったのだ。側に置けば傷つけてしまうこともあるかもしれないし、永く一緒に生きられる保証はない。それでも、側にいて欲しかった。


「……幸せ、か」


 まだ鬼を滅していないというのに、こんな感情を持ち合わせてもいいのだろうか。弟も巻き込んでいるというのに、自分だけが幸せを感じる生活などしていいのだろうか。
 未だに抱えている葛藤は、そう簡単に消えてくれそうにない。だが、実弥は目の前で安心して眠るハルを、何があっても護りたいと思った。護らなければならない。


「…今のうちに、しっかり寝とけェ」


 静かに呟くと、実弥はハルの頬に口付けを残し、そのまま目を閉じた。隣に温もりがある夜は、家族を失って以来だった。
 ハルを抱き寄せ、その温もりを肌で感じながら、実弥は久しぶりに深い眠りについた。

novel top / top