12話 チリつく熱を抱き締める
ブルーノの酒場はいつだって大盛況で、老若男女色んな人たちがやってくる。きっと、ブルーノさんの気取ってない柔らかさがみんな落ち着くんだろう。店は今日も席は満席で、大半が私達……ガレーラカンパニーのメンバーで埋め尽くされている。
「よーし!今日は飲むぞー!」
「今日も、の間違いだろ!」
「ブルーノ、ビールおかわり!」
「はいよ。」
「ブルーノ!こっちも頼む!!」
今日、パウリーを飲みに誘ったはずだった。
しかし退勤前になるとルルさんやタイルストンさん始め職長メンバーメインにみんなで飲み行こう!という話になってしまっていた。そしたら当たり前に職長のパウリーも対象なワケで……そうしていると私もその飲みメンバーにお声かけられた。
この間誰かとのワンナイト疑惑騒動あったのに、そこで
「あ、すみません、パウリーと2人で飲みの約束してます〜」
なんて事言えなくて、結局いつもの仲間でブルーノの酒場でガハガハ笑いながらどんちゃん騒ぎだ。
「うぉお!お前も飲め飲め!」
「あは、言われなくても飲んでまーす」
こういうドックのみんなで飲む時、何となく始めはドック内のチームごとに同じテーブルで座る。そしてみんなが酔っ払ってきて出来上がり始めると各自席を立ち、好きな席に移ったりなんだりして関係なしになるから定番だ。
「あと食え!!お前は人一倍食わないとこの暑さでみるみる痩せるぞ!」
「それが痩せないんだよねぇ。きっとみんながたくさん餌付けしてくるからだよ。」
「ガハハ!違いねェ!特にタイルストンさんがな!!」
同じドックのみんなは何かと理由をつけて普段からいつも飲み物や食べ物をドカドカ私のテーブルに置いていく。みんなの言いたい事はわかるけど、体格差があるんだから彼らと食事量も体重も違うのを忘れないで欲しい。水水肉を炒めた惣菜いと白米が乗ったどんぶりのお皿は、我が家にある食器の二倍くらいありそう。両方から肩を抱かれ、そう笑ってる先輩達はもう既に顔が赤くて上機嫌そうだ。
折角いただいたので、手を合わせてから丸みが深く大きいスプーンを持ち一口掬ってパクリと食べる。火を通していても水水肉はしっとりして柔らかくて、ちょっとピリ辛な濃い味がどんどん白米が進む。仕事終わりで空腹だったのがどんどん満たされていって、代わりに喉が渇いてきたので半分ジョッキに残っているビールを一気に呷る。まさに至福のひとときで、ほぅっと小さく息を吐いた。丼から顔を上げると、タイルストンさんが酒を飲みながら私の顔を見て笑っていた。どうやら私の食いっぷりをツマミに酒を進めているようで、ちょっと気恥ずかしくなってすぐに丼に視線を戻した。
……タイルストンの視線もだけど、さっきからもう一つの視線も感じる。
「………痛い。」
「んぁ?どうした?骨でもあったかァ?」
「あ、いえ!別に!」
チリチリ、チリチリチリチリ。
後ろからの視線で首筋が痛い。錯覚だとわかってはいるけど、それくらいに感じる。
首裏を撫でながら小さく呟くと、隣でヒックとしゃっくりする先輩から拾われたので慌てて笑って首を振った。
この視線の正体は多分、いや絶対パウリーだ。……と、思う。
最近時折仕事中も感じていた首裏や背中の違和感に、最初は知らないうちに怪我でもしたか、それとも最近暑くて日焼けしてるからかな?と思ってた。肌の表面に触れる、何が小さく刺さるような違和感。それが今日、パウリーが助けてくれた時にやっとわかった。あれは、パウリーの視線というか、気配というか…そういう何かなんだ。
きっと今も、パウリーは私を見ているんだと思う。振り返って確認してみたい気もするけど、もしもパウリーの真っ直ぐな瞳と目が合ってしまったら…と考えると、体の奥が熱くなって無理だった。かといってこのままこれを浴び続けるのも気恥ずかして、可能ならば今すぐ酒場を出て行きたくなる。どちらにも逃げ場がなくて、それならば飲むしかない!と決意してビールのおかわりを叫んでジョッキを掲げる。それによってテンションの上がるチームの仲間たちの歓喜とすかさずビールが注がれる水音が酒場内に響いた。
「そろそろコイツ送って行くわ。」
どれくらい飲んだかわからない頃、ふと真後ろでパウリーの声が聞こえた。自分の名前を呼ばれたわけじゃないのについ反射的に顔を上げると、やっぱりそこにはパウリーが立っている。
「…わたし?」
『お前以外いないだろう、クルッポー。この酔っ払いめ』
あれからすぐ席はぐちゃぐちゃになって行き、いつの間にか私の両脇にはルッチさんとカクくんに陣取られていた。どうやらカクくんが私から何か聞き出そうという作戦らしくて、どんどん酒を煽られながらパウリーとその後どうなんじゃ?本当のことを喋らんか?と何度も聞かれた。どうと聞かれてもパウリーとはどうもしないから、ほろ酔いになってものらりくらりと曖昧に返していた。
…そりゃ、キスはされたけど、でもあれは勘違いだから特に関係が進展したってわけじゃないし…
ルッチさん、というかハットリくんが呆れたように腕…いや、羽を組みながら呆れた様にそう呟く。そこまで言われるほど酔ってないのに、とも思うが、自分の頬を触ると結構熱くて驚いた。自覚すると何だかふわふわとしてきた気がして、そんな私を見下ろすパウリーの眉間の皺は深まる。
「ほら、いくぞ。」
「う、うん。それじゃ、おつかれさまでしたぁ」
パウリーが短くそう言うので、慌てて立ち上がるとぐらりと視界が揺れる。それを見逃さなかったパウリーが私の肘辺りを掴み引き上げ、どうにか足裏が地面に着いて立ち上がる事が出来た。
「気をつけて帰れよー!」
「パウリー、送り狼になるなよー!」
「うるせぇ!ならねェよ!!」
からかい混じりの見送りの声に背を押されながら、パウリーと2人で店を出る。ドアひとつ外に出るだけでさっきまで喧騒が一気に遠く感じるから不思議だ。
外の夜風は相変わらず生ぬるいけれど、熱い頬には冷たくて気持ちいい。いつもみたいに帰ろうとした瞬間、少し身を屈めたパウリーから私の左腕を自身の肩に回し担がれ腰を支えるように引き寄せられる。いつもと真逆の体制に驚いて上を見上げると、パウリーは真っ直ぐ前を見ていた。そして何も発さず無言でそのまま歩き出すので、ふらつく足取りで置いていかれないように踏み出す。
「……なんか、いつもと逆なの変な感じだね」
「…悪かったな、いつも面倒かけて」
大袈裟に心配しているなぁ、と呑気に思っていたけど、歩いてみると自分が歩調が思ったよりも頼りなくて結構酔っ払っているんだなと実感する。私が時々足がもつれても、パウリーは立ち止まってくれたり私のちまちまとした歩調に合わせてくれて幸いにも転けたり引き摺られるなど悲惨なことになる事はなかった。
私が苦笑いしてそう溢すと、隣のパウリーはちょっとだけバツが悪そうに言葉に詰まる。そんな様子が可笑しくて、小さく笑い声を溢した。
いつも服越しに伝わる体温は、夏服で生地が薄いはずなのに私の方が熱いせいか今日はわかりにくい。腰を支えてくれる手は大きく力強くて、耳元では小さく吐かれる彼の吐息が鼓膜を震わせる。全身でパウリーを感じる度に、心の奥がじわりと熱くなる。
やっぱり、私はもうどうしようもないくらいパウリーが好きなんだ。
「…この間は、悪かった。」
ふとパウリー が立ち止まって、口を開いてゆっくりと言葉を紡いだ。偶然か必然か、此処はちょうどあの時の告白の場所で、ギュッと胸がキツくなる。
「……パウリーはあの時のこと、ちゃんと覚えてる?」
恐る恐る口を開いてそう呟く。今回はどうにかその言葉は震えずに済んだ。パウリーが肩に担ぐ私の腕を離し、腰元からも手を引く。体が離れると、このまま心の距離も離れて元に戻らないんじゃないかと不安な気持ちが押し寄せた。改めて正面に対峙するが、パウリーは下を向いていて視線が合うことはない。水路に流れる水音、どこか遠くの家庭から漏れ聞こえる子どもの笑い声とそれを叱る母親の声。静かな時間が数秒過ぎて、パウリーの拳が力強く握られると次の瞬間には勢いよく頭を下げた。
「悪ィ、部分的には覚えてるが、正直ちゃんとは覚えてねェ。…というか、何が夢で、何が現実か……区別がついてねェんだ」
頭に周るゴーグルの緑色のベルトと、金髪が生える旋毛を見下ろしながら彼の言葉を聞く。覚えてない。その一言にズンっと心が重たくなる。沢山触れ合うキスをして、大好きって気持ちが溢れたあの時間がパウリーの中でない事になっているのが悲しかった。下唇を噛み締めて、後ろ手で自分の手首を握り締める。
気にしないで?実はあの時の事私も覚えてないんだよね。気付いたらベットに寝ててビックリしちゃった。それに、あんなの事故だからノーカンだよね!
色んな返す言葉を探すけど、どれも私の気持ちに反していて喉から出てこない。俯きそうになっていると、代わりにパウリーが顔を上げた。
「さ…最近、お前の夢ばっか見てる。だからあの日は酔ったせいで勘違いしちまったっつーか……だから、おれが記憶してる事が本当にしちまってるのか、おれの妄想か…もう よく分かんねェ」
真面目な彼の事だから、頭が地に埋まるくらい土下座して申し訳なさそうに死んで詫びますみたいな反応かと思っていた。だけどそこにいたのは真っ赤な顔をして、目を泳がせながらしどろもどろにそう言うパウリーで、予想外の彼の反応にさっきまでのシリアスなムードはポイっといなくなってしまった。
「…パウリー、夢で私と何してるの?」
つい一歩踏み出すと、2人の距離が少しだけ縮まる。反射的にパウリーが後ろに下がりそうになったが、何かに耐えてその足が止まりその場に踏みとどまった。
「…お前に触れて、キスしてる。何度も、何度も。そんな夢ばっか見ちまうんだ」
眉間に皺を寄せ暫く唸っていたが、覚悟を決めたように真っ直ぐ私を見据えてパウリーが答える。チリチリ、チリチリ。また今もさっきみたいに肌が撫でられたように全身が震える。熱く絡まるのそ視線に、ドクンと心臓が跳ねた。
私が上手く次の言葉を答えられないでいると、ふと彼が気まずそうに目を逸らした。 たったそれだけで寂しくて、パウリーに手を伸ばした。
「……悪ィ。同僚がこんな夢見て、気持ち悪いだろ?……キスマークついてたって事は、おれが嫌がるお前を組み敷いてたのも夢じゃなくて現実だよな…」
「ねぇ、パウリー…」
「悪かった!殴っても気が済まねェとは思うが、好きに何発でも殴ってくれ!」
そう自嘲気味に笑い目を伏せるパウリーは、後悔と情けなさと、不安さが滲み出ていて思わず彼の手を取ろうとした。けど、その前にパウリーの体消えた……というか、足元でやっぱり土下座していて大きな体が一気に小さくなってしまっていた。
「い、いいよそんなの!殴らないよ!」
「いや、だけどよ……嫁入り前の女に、あんなハレンチなこと…!」
「…私は、嬉しかったよ。あの日、パウリーとキス出来て。」
ゴーグルのついた額を石畳に擦り続けて大声で土下座するパウリーを起こそうとしゃがみ込み肩を押すけど、びくともせず寧ろ自分で言った言葉で罪の深さを再確認したのか額をガンガンと叩きつけ始める。このままではパウリーのゴーグルも頭も心配だし、こんなに大声だといくら裏道だと言えど事件性を疑って誰か駆けつけてきそうだ。次は1番ドックの職長パウリーを土下座させる女、って噂されるの嫌だよ。彼のパサついた襟足の髪を見つめながらつい本音を溢すと、パウリーが勢いよく顔を上げた。よかった、どうにかゴーグルは割れずに無事みたいだ。
「ねぇ、パウリーは……なんで私の夢、見てるの?少しは、私を異性として意識してくれてるの?」
丸々く見開かれた目、真っ赤に染まっている顔。ハレンチに耐久性のない彼の性格は知っているけど、そんな顔を見てしまえば、そんな話を聞いてしまえば期待してしまう。もしかしたらそんな質問をするのは意地悪かもしれないけど、こんなにずっと恋焦がれて振り回されているのだから少しくらい許して欲しい。土下座するパウリーの手に触れて、柔く握り締める。私の手の中の彼の手がピクリと震えたけど、振り払われる事はなかった。少しの沈黙のあと、彼が低く唸る。忍耐強く待っていると、震える声が返ってきた。
「少しじゃ、ねェ……。最近は、お前ばっかり目で追っちまう。お前のことで、頭いっぱいで困ってる。」
パウリーはウブだから、もしかしたら私が告白したから意識しちゃってるだけかもしれない。ただの勘違いで、暫くすると魔法が解けて同僚の方がいいって思われるかも。
そんな事は今まで可能性としてごまんと考えてきた。だけど、そんなの関係ないって思えるくらい、今この現実がとんでもなく嬉しい。
「そっかぁ……へへ、そんな事ないと思ってたから、嬉しい……」
気付けば、目に涙が滲んでそのままポロポロと溢れてきた。瞬きをして涙が落ち一瞬クリアになる瞬間、パウリーがぎょっと驚く顔が見える。悲しくて泣いてるわけじゃない、嬉しくて嬉しくて仕方ないだけ。力なく笑ってそう伝えると、パウリーがぐっと息を飲むのがわかる。すると重ねていた手が動き、反転すると私の手を包み込む。そのまま腕を引かれて、ぽすんとパウリーの胸元に体が飛び込んだ。
「……この間、断って悪かった。…前言撤回させてくれねェか?」
彼の腕の中にもたれるように倒れ込んでいるけど、まだパウリーの腕は私の体に触れてこない。耳元に響く低い声は、まるで縋るようだった。パウリーは、本当いつでも優しい。私が小さく頷くと、やっとパウリーは力強く抱き締めてくれた。
「好きだ。もう、頭がおかしくなりそうなくらい」
「うん……うん。わたしも、好きぃ……」
苦しいくらい抱き締められて、頬にカサついた金髪が触れて擽ったい。広い背中に手を伸ばして抱きつき返して、ドクドクと煩い胸の音がパウリーのものか私のものかわからないくらいピッタリくっつくと、体温や匂いなども合わさって五感全てでパウリーを感じられる。本当はわんわん子供みたいに泣いてしまいたいけど、涙の代わりにひたすらに今までの分全部出し切るように好きと吐い出し続けた。
「…そろそろ送って行く。」
暫く抱き合って愛を再確認して、涙も止まり落ち着いてきた頃にパウリーの方が先に身体を離した。無くなった体温が恋しく寂しがる前に先に立ち上がったパウリーが手を伸ばしてくれる。反射的にその手を取ろうとしたけど、あと少しのところでピタリと動きを止めた。
「…送るんじゃなくて、そのまま家に来ない?」
そう言うと、パウリーはポカンと口を開ける。暫くすると、ボボボッと勢いよく顔が真っ赤に染まり上がった。
「……いやッ、だってそれは……お前……。……ッ、ダメだ!今日は送る!」
一瞬葛藤したのか、人を殺しそうな顔で唸った後にブンブンと力強く首を振る。このまま振り続けると首が取れるかゴーグルが飛んでいっちゃうんじゃないかな、と呑気に眺めていると、パウリーは宙に浮いたままの私の手を掴んで無理矢理立ち上がらせられた。 いくぞ!と先程のように肩を抱いてこようとするから、するりとその腕から逃げる。
「そしたら、夢見てたこと殴らないから、家に来てほしい。」
「…………」
真っ赤なパウリーに怒鳴られても何にも怖くないから、私も引かずにもう一度言うと、今度こそパウリーが押し黙る。わかってる、きっとパウリーは私を大切にしたいし、順序を踏みたいから断ってるって事くらい。でも、私はずっとずっと好きだったし、振り回されたり、何より最初に火をつけてきたのは誰でもなくパウリーだから。最後の一押しで彼の腕に触れると、相変わらずいちいちそれだけでビクリの肩が揺れる。でも、振り払われる事はなかった。
「……それなら、俺の家に来るか……?」
低く、そう言う彼の提案に、小さく頷く。パウリーは表面は覚悟を決めたような重々しい顔をしているけど、その瞳の奥は期待で熱がチラついていた。
チリチリ、チリチリ。
いつだって彼からの視線は熱くて肌がチリつく。
鼓動がとんでもなく早くて、胸が苦しい。
これからの事に不安と期待を抱きながら、私達は静かにパウリーの家へと歩き出した。
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