14話 この関係に名前をつけるなら




最近毎日暑いが、時折建物の影に入ると少しだけマシになる。そんな事を思えばすぐにロープは次の足場に投げられて、体は燦々と降り注ぐ紫外線のもとへ晒されじんわりと額に汗が滲む。
今回で二度目のパウリーでのロープでの通勤は相変わらず渋滞知らずで、風を切りながらどんどん先へと進んでいく。時々、上を見上げた子供たちが大きく手を振って挨拶してくれる。私は落ちるのが怖くてパウリーにしがみついてばかりだが、本人は足場に着地した瞬間に少年少女に遅刻するなよー!と叫びながら手を振り返していた。

ガレーラカンパニーの建物が見えてきて、少し手前の路地裏にパウリーは降り立つとゆっくりと私を足先から地面へと下ろす。浮遊感に包まれていた体が地に着く感じはちょっとだけ違和感で、踏みしめるように爪先に力を込めてブーツに視線を落とした。

「…なんだ?酔ったか?」
「ううん、大丈夫。ありがと、パウリー」
「なら良いけどよ………まぁ、なんだ。体調悪かったら言えよ。」

私が首を振ると、パウリーは目を逸らしてぼそりと投げ捨てるように呟いた。
……………いや、やっぱり気まずいな。とても。
いや、こう、なんていうか、怒ってたり罪悪感の気まずいとかじゃなくて。こう、通勤中にパウリーから抱き止められいると、どうしも昨晩の事を思い出してしまった。あの時の体温とか力強いけど気遣ってくれる手付きとか、熱っぽい視線とかキスとか…。うん、気まずさっていうか、これは気恥ずかしさだ。
お互い次の言葉が出てこなくて沈黙が続くと、じわじわと気温とは違う熱が込み上げてくる。それはパウリーも一緒のようで、真っ赤な顔をしながら行くぞと短く言うと左右の手と足が一緒に前に出しながら先々と歩いて行ってしまった。そんな背中を見送って、肩の力を抜く為に小さく息を吐き出す。今日は前回みたいに遅刻ギリギリってわけでもないし、少したけ出勤時間をズラしてちょっとでも怪しまれないようにする事にしよう。それを顔の熱が冷めるまでの言い訳にして、手を仰いで生温い風を顔に送りながらのんびりとした歩調で歩き始めた。

ゆっくりとドックに着く頃には私の顔色もいつものように戻っていて、すれ違う人々に軽く挨拶をしながら門をくぐる。…けど、なんだろう。挨拶をしたらみんなもいつもみたいに手を上げたり振り返って挨拶を返してくれるのに、何故か揃いも揃って視線が一瞬止まる。そして空を見上げ始めたりそそくさと用事を思い出したといい始めたり、なんか物凄く変だ。

「……ん?」
「パウリー!ちょっと来い!!」
「あ?どうした?」

1人だけじゃなくてこうも全員がそんな反応するものだから、頭にハテナマークが沢山浮かんで首を傾げる。私、なんか変…?今回は前回の反省を活かして、着替える前や髪を結んだ後に見える場所でキスマークがないから隅々確認した。服だってパウリーに私の家にひとっ飛びしてもらってちゃんと自分の物を着てるし、出勤時間も気持ちちょっとだけずらした。抜け目はない、はず。でもそんな反応され続ければ自信がなくなってきて、そわそわと自分の毛先に触れているとタイルストンさんが大声でパウリーの名前を呼ぶからビクッと体が跳ねてしまった。
すでに出勤していたパウリーは自分の工具箱を弄っていたので、呼ばれて渋々立ち上がると少し向こうにあるタイルストンさんの方へ行く。元々身長も高く体つきもいいタイルストンさんが、なんだかいつもより威厳のある佇まいをしていて迫力がある。私含め周りのみんなの間に緊張感が走って、職長2人の対話を傍観する。タイルストンさんは組んでいた腕を解き、パウリーの肩をガシッと力強く掴んだ。そしてそのまま肩に腕が回されたかと思えば――

「…パウリー。男として聞くが……ちゃんと避妊したんだろうな…!?」
「……は、はぁあ?!?!」

静寂の中、本人はこっそり聞いたつもりなのかもしれないが背後にいつもみたいにウォオ!と文字が出てきそうなくらい迫力あるし、なんなら後半はいつも通りデカい声で問いかけてドック内に避妊の言葉が通り過ぎていく。そして一拍置いて、ぶわっと顔を真っ赤にしたパウリーの怒鳴り声がドック隅々まで響き回った。
先程の静寂が嘘みたいに周囲がざわざわと一気に沸き始め、私はというと同じような真っ赤な顔で立ち尽くたまま動けなかった。

「おまっ……バカッ!朝っぱらからなんてハレンチな事聞きやがる!大体、俺とアイツはそんなんじゃ…!!」
『バカめ、自分で墓穴掘ったな。別に俺達は相手がアイツと言ってないぞ、クルッポー』
「パウリー、顔面そんなに赤くしてるくせに説得力ないぞ。」
「ウォオ!で、どうなんだ!?避妊したのか?!!」
「タイルストンは一回黙れ!!」

ギャンギャンと吠えているパウリーの周りにルッチさんやカクくん、ルルさんなど職長みんなが集まってくる。これは、どうするべきなのか……こんな状態的になってしまえば私が関わっている内容だと周りの人間も私もわかっているワケだが、それを聞き流して仕事を始める度胸もない。かと言って、どうも噂の私です〜と会話に入っていく勇気はもっとない。どうするべきか火照った脳で一生懸命考えて、とりあえずパウリーが一通り弄られ倒されみんなが飽きるまで隠れようと結論になって顔を上げると、カクくんの丸い瞳とパチリと目が合ってしまった。

「ほら、わしの帽子被っとれ」
「わ、わ……っ?!」

カクくんが私の方に近寄ってきたからてっきりいつもみたいに弄ったり揶揄われるのだと思っていたら、いきなり自身が被っていたキャップをとって私の頭に被せてくれる。顔が小さいカクくんでもやはり帽子は少し大きくて、ズレてツバの部分で目の前が半分ほど隠れてしまった。するとまた私に近付く足音が聞こえてきた。

「今日は現場じゃなくて、カリファの手伝いで書類整理でもしてこい。俺からアイスバーグさんにも言っといてやる」
「えっ、ええ……?」
「ま、ゆっくりしてけや」

帽子を後ろにずらすと視界が開けて、目の前にはいつの間にかルルさんが立っていた。相変わらず針みたいに右端から尖っている寝癖を抑えながらそう言うと、毎回どう言うメカニズムか理解できないが代わりに左下からニュッと毛束が出てくる。

な、なんか、あれ?すごく気を遣われてる……??意味がわからなくて首を傾げてると、私の反応を見てパウリーを除く職長たち4人が困ったように眉間に皺を寄せる。そして私とパウリーに背を向けるように一度集合して、何やらこそこそと会議をし始めた。

『まさかパウリーのバカがここまでとは…クルッポー』
「パウリーだけじゃなく、コイツも大概抜けとるからのう…困ったもんじゃ。まぁ、似た物同士ってやつか…」
「やっぱり俺から言わなきゃダメか…?」
「いや、タイルストンから言わすのは気の毒すぎる。…ルル、頼んだ!」
「いや、俺かよ!そこは世代が近いんだから、カクが適任だろう…」
「オイ、だから何なんだよお前ら…!」

明らかに会議の内容が“私たちのコト”で、謎が深まっていくのと相変わらずちょっと気恥ずかしい。
作戦会議中一番複雑そうにしているのはタイルストンさんで、大きな背中を丸めて会議してる姿はいつもより小さく感じてしまった。ガレーラカンパニーで働き始めてからずっと直属の上司のタイルストンさんは、職場の先輩としても尊敬してるしいつも気にかけてくれるところが先輩を通り越して兄や父のような寛大さがあり自分で言うのも何だけど大分懐いてる。…確かに、娘みたいに可愛がってた子の恋愛事情…ましては性事情なんて聞きたくないよね…。
申し訳ない気持ちでとりあえず隠れずに大人しく待っていたが、パウリーは相変わらず4人の周りをギャンギャン吠えて回っている。本当にワンちゃんみたいだ。そんなパウリーを無視したままどうにか話し合いを終えたのか、4人はえいえいおー!と言うように拳を上げてから解散する。そして指名されたのは結局ルルさんのようで、また此方にやってくるので思わず身構えて息を飲んだ。

「これからのお前のために、俺たちを代表して一つ言うことがある…」
「は、はい……」

ルルさんはゆっくりと中腰になると、両手を私の肩に手を置く。オレンジ色のサングラスの中の瞳はこの至近距離でもあまり見えないが、真っ直ぐと見つめられているのはなんとなくわかって緊張でバクバクする胸元をぎゅっと両手を握り締めた。

「女っつー生き物はなァ……事後が一番、エロい!!」
「は……はい……?!?!」

まるでエコーがかかりそうなくらい大きな声で断言された言葉に、私は間の抜けた返事しか出てこなかった。これが漫画の世界なら、絶対ルルさんの後ろに“ドンッ!“って大きな文字が勢いよく出てきそうだ。
な…何をそんな真顔で、しかも大声で言い切るの…!?
私は目を白黒させていたが他の職長メンバーはうんうんと同意するように頷いていて、それにまたギョッとした。

も、もしかして、もしかしなくとも…!バ、バレてるーーーーーーー!!!!

証拠を残さずに絶対犯罪をしていると思っていたのに、そんなお間抜けな事を信じていたのは私だけだったらしい。羞恥で泣きたくなっていると、耳が割れそうなくらい騒音が周りに響く。その騒音は声にならない悲鳴をあげるパウリーだっていうのには、ドタバタと煩い足音を聞いてやっと理解した。

「み、見るんじゃねェ!!俺の女だぞ!!!」

突然目の前が真っ暗になって、頭と体が少しだけ重たくなる。少し遅れて鼻腔に葉巻の香りが届いて、すぐそれがパウリーがいつも着ている青いジャケットだと気付いた。近くで耳が割れそうなパウリーの叫び声がして、声をかけようとしたらいきなり強い力で引っ張られた。

「ちょっ、パウリー!」
「いいから黙ってろ!!お前は今日一日これでいろ!!」

顔の前でジャケットの袖をキュッと結ばれて、まるで包み焼きされてるみたいに上半身全部がジャケットに包まれる。ほとんど視界がゼロに近いし、この暑さでジャケットなんかでグルグルにされればクソ暑いし、何よりこんなので仕事が出来るわけない。外そうとどうにか結び目に手を伸ばすけど、簡単に結んだクセにそこは硬くて自分では無理そう。この男は本当に結ぶのだけは得意なようだ。
視界の狭い中でどうにか助けを呼ぼうとするが、私は背中で庇うようにパウリーに後ろへ追いやられているようだった。

「やるじゃねぇかパウリー!!」
「おめでとー!」
「今日は宴だな!パウリーの奢りで!」
「いや、なんでだよ!!」

ドックには爆笑と拍手、そして歓喜の声が飛び交っていた。
“俺の女だぞ“。そう言って宣言した言葉の重みを、絶対パウリーは羞恥の勢いで言っただろうからわかっていない。色んな意味で恥ずかしくて死にたくなって、蒸した上着の中で小さく叫び声を殺して耐えた。


「それで、どういう流れで付き合ったんじゃ?」

あの後どんちゃん騒ぎの様子に偶然通りかかったアイスバーグさんが気付いて、私の今日の勤務の交渉は簡単に許可されて本社で書類整理のお手伝いをする事になった。こんな諸事情で、本当アイスバーグさんには申し訳ない。…それに、ちゃんとパウリーとの事、自分の口から報告しなきゃなぁ…。
グツグツとジャケットの中で蒸されていたから無駄に汗をかいてしまい、パウリーは申し訳なさそうに肩を落としていた。本社に行く前にカクくんに帽子を返しにいくと、カクくんはニヤニヤと笑いながらこっそり問いかけてくる。

「パウリーの事だから、真っ赤になって情けない姿だったんじゃろ?」
「あー……ん……まぁ、そんな感じ……?」

何となくふわっと曖昧に答えると、カクくんは思った反応と違ったのか首を傾げる。きっと私が恥ずかしがって赤くなる反応だったり、照れて面白おかしくパウリーの事を話したりするのを想像していたんだろう。まぁ今度飲みの時にな、と言いながら私の手から帽子を受け取るといつものように深々と被った。

……あれ?そういえばあの日の告白って、“付き合おう。”って言われたっけ…?

熱い夜の記憶ばかりでつい数時間前の事なのに想いを伝え合った時の事が曖昧で、一人で首が折れちゃいそうなくらい傾ける。いや、でも好きって言ってもらったし、私も好きって答えたし。あ…あんなコトもしたし…
…あれ、ちょっと待って。付き合ってる、って事でいいん…だよね…?

「オイオイオイ、ちょっと待て…!まさかお前…!」
『本当に救いようのないバカだな。クルッポー』

私があまりにも百面相しているからか、カクくんがちょっと不審そうな顔をしてその場を去っていく。すると遠くてルルさんとルッチさん、とハットリくんの声が聞こえて、思わずそちらを振り返った。
ルルさんたちの中心にいたのはやっぱりパウリーで、さっきの真っ赤な顔と反して今度は真っ青で死にそうな顔をした。いや寧ろゾンビみたいにもう死んでる位に覇気がない。そして私と目が合った瞬間、みるみると「ヤベェ…!」って顔になっていた。

大人になって今更生娘みたいに健気に片想いして、玉砕したけどどうにかそれが結ばれてやっと両思いになって。良い風に纏まったように見えたけど、やっぱり私たちは不器用だから後一歩足りなかったらしい。
そんな私達の雲行きの怪しさは関係なく、ウォーターセブンは今日もカラリと乾いた良い天気だ。




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