ご挨拶は丁寧に
「おい、アイスバーグさんのところ行くぞ。」
昼休憩を終えて気持ちを入れ替える為に両手をぐぐっと伸ばしている時に、パウリーからそう声をかけられる。何事かと思って首を傾げて見せるが、パウリーは顎で本社の方をしゃくってそのまま先にスタスタと歩いていってしまった。
朝業務を確認した時には本社に行く予定なんて無かったし、新しい依頼でも入ったんだろうか?それか荷物持ちかとも考えたが、私が持てる量なんてたかが知れてるからパウリー1人でも事足りてそうだし……辺りを見渡したけど他に本社に向かっている人はいなそうで、どうやらその対象者は私だけみたいだ。
『何かやらかしたのか?クルッポー』
「えー、やめてくださいよ。してないですってー……たぶん。」
木材を軽々と抱えるルッチさん…という名の肩に乗ってるハットリくんがやれやれも肩をすくめながら問いかけてくる。問題児の面々に比べれば私はとても優等生なのにその反応は少々不服だ。
…でも、心当たりが全くないというワケでもない。もしかしてこの間海賊がお金払わないで暴れそうになった時に、ちょっと木材無駄にしちゃったからかな…?いやいや、新作の大砲を意気揚々と試し撃ちした奴いたからそれに比べれば可愛いもんだろう。でも絶対に違うと言い切るほど自信もなくて、言い淀んだのを誤魔化すようにパウリーの背中を追いかけて走った。
大股で歩くパウリーにどうにか追いついたのは本社の扉を開けて中に入った時だった。私が少し息が切れてるのを見て、ちょっとだけパウリーの歩幅が狭まる。その小さな気遣いに、つい頬が緩む。恋する身なのでそんな単純なことで嬉しくなるけど、それでもまだズンズンとパウリーは進んでいってしまった。
「ねぇ、何の要件?今作ってる船のこと?」
「違ェ。…まぁ、とりあえず行くぞ」
「え?なに?怖いこと?私怒られるの?」
「だぁーから!行けば分かっから行くぞ!」
廊下を早歩きしてどうにかパウリーの隣に並んで問いかけるが、どこか険しい顔をしたパウリーの眉間の皺がグッと寄る。その表情を見ると、さっきまで疑問と不安が半々だった気持ちが不安の方がグンッと増してきた。え?本当に怒られる案件なワケ?矢継ぎ早に問いかけるが、パウリーは頑なに教えてくれない。頭の中でぐるぐると可能性を巡らせているうちに、あっという間にアイスバーグさんの部屋の前についてしまった。
「アイスバーグさん、来ました。」
「ンマー、入れ。」
私の心の準備を待たずに、パウリーはトントンと扉を叩いて声をかける。そうすれば必然と重厚なドアの奥から落ち着いた声が返ってきた。内容を言わないなら、せめて度胸が溜まり息が整うのを待ってほしいものだ。扉を開けて軽く頭を下げながら部屋に入る《1》が刻まれた背中を恨めしく睨みつけながら、胸のドキドキを少しでも和らげるために深呼吸を繰り返した。
「失礼しまーす…」
部屋の中に入ると、アイスバーグさんがいつものように書類に目を通していた。どうやらカリファさんは不在のようだ。いつだって忙しいアイスバーグさんをお待たせしないように、緊張で重たい足をどうにか動かして部屋に入った。
「それで?報告したい事ってなんだ、パウリー。」
私がドアを閉めるとアイスバーグさんは視線だけこちらに向けて、パウリーに話を促すように口を開く。
私も心底知りたくて当人に視線を向けると、パウリーは思ったよりも真面目な表情をしていた。一歩前に出て、でも言葉に詰まったように少しだけ口を噤む。そんな様子に部屋の中に緊張感が走って背筋が無意識に伸びた。
「お、俺は…ッ」
一瞬の迷いを自分の中で振り切るように、パウリーは叫ぶように口を開く。まさか、独立する…とかなのかな?二人の対話を見守るように息を呑んでいると、勢いよくパウリーが半歩後ろにいる私を振り返る。いきなりの事に驚く間もなく、腕を引かれて力強く肩を抱かれた。
「コイツと付き合い始めました!!」
「……は、はぁ?!」
あまりにも突然の宣言に、アイスバーグさんも本人の私も一瞬あんぐりと口を開いて固まってしまった。数秒遅れて、やっとフリーズしていた頭が動き始めて彼の言った言葉を理解する。確かに、私は昨日パウリーとお付き合いを始めた。けど、いきなりの事すぎてよくわからない。心の準備が全くされていなかった私の顔は、きっとパウリーがいつも赤面する時よりももっともっと真っ赤だ。
「すんませんアイスバーグさん!俺、やっぱりコイツじゃないとダメなんです!なので…!」
私達の反応も気にせずに、パウリーは勢いそのまままに抱いた私の肩から手を離すと深く頭を下げ始める。
何言ってんのよ。アイスバーグさん困っちゃうでしょ。いきなり過ぎる。どういう状況?色んな感情がせめぎ合っているけれど、上手く言葉にできずにまるで魚みたいにパクパクと口の開閉を繰り返す事しか出来ない。そんな対照的な私達の様子を見ていたアイスバーグさんは握っていたペンを置き、眉間を指先で押さえてふぅー…と長く息を吐き出すと顔を上げた。
「ンマー、やっとくっついたか……とりあえず、おめでとう。」
「ありがとうございます!ほら、お前も!」
「え、えぇ?!…あ、ありがとうございます…」
バッと顔を上げたと思えば、呆けている私の後頭部を掴んで無理矢理お辞儀させようとしてくるので促されるまま私も頭を下げる。ほ、本当に今どういう状況なんだろうか。そして頭を下げた今もまだ力強く頭を押されてるから首が痛い。色んな意味で羞恥心を超えてイラついてきて、肘で思い切り横にいるパウリーの脇腹をど突くとウッ!と短い呻き声が聞こえて後頭部の力が緩んだ。
「…察するに、俺がコイツを飯に誘ったりしてたから同じ男としてケジメをつけようって事で報告しにきたな?」
不意打ちの攻撃に痛み悶えているパウリーを鼻で笑いながら体を起こすと、まさかの言葉がアイスバーグさんの言葉にギョッとする。いや、まさかと思ったが、痛みに眉を寄せながらも真剣な顔でパウリーが頷くもんだから余計に目を見開いてしまった。
「……パウリー、アンタねぇ!アイスバーグさんが私みたいなちんちくりんを本気で相手にするワケないでしょ!バカじゃないの?!」
「バッ…!しょうがねェだろ!お前が……き、綺麗になりやがって、男たちにチヤホヤされてるからだろうが!」
一瞬過ったのは、瞳にキャンドルの炎が反射して静かに、でも確かに奥はチリつく熱で揺らめいていたあの夜。私のマメとささくれだらけの手に口付けた唇は思っていたよりも案外熱くて、その熱が指先から移ってしまうようだった。
付き合うってなった時、わざわざあの夜のことをパウリーに言わなくていいかな、と思っていた。それに自分からもパウリーへの気持ちが変わらなかった事、付き合い始めることをアイスバーグさんに改めてお伝えしようとも。だからこそ、今回の事は予想外過ぎてもう脳内が大混乱だ。
勝手に秘密に思っている事への動揺で一拍遅れた事を誤魔化すように彼に思わず声を荒げて怒鳴ると、パウリーはというと先程までの真剣な顔を崩して真っ赤になりながら負けじと反論してきた。こう…この男は、照れてる癖にそういうことはハッキリ言ってくるのは、本当にズルい。
「ンマー、ここで痴話喧嘩は止めろ」
勝手に2人でヒートアップしていっていると、横から静かな一言で制されて互いにピシッと口を一瞬で噤んだ。
「…パウリー、お前は船大工の腕は確かだが、喧嘩っ早いしすぐハレンチと騒ぎ立てるしギャンブルして借金ときた。」
「ぅ……」
アイスバーグさんの核心を突く言葉の数々に、先程までの勢いはどこに行ったのか途端にパウリーの背中が小さくなっていく。そんな彼を見てアイスバーグさんは呆れながら、でも一瞬だけ小さく笑ってすぐに引き締める。机に肘をつき体を少しだけ前のめりになると、空気がピリつくのがわかる。
「それでも好いてくれたコイツを、幸せに出来るか?」
アイスバーグさんの静かな問いに、パウリーが拳をぎゅっと握るのが見えた。
「…はい。…借金は、すぐに払うのは難しいけど……必ず幸せにします。」
借金に関してはお間抜けで情けないのに、どうにもこの言葉に嬉しくなってしまう私も大概らしい。アイスバーグさんもその言葉の情けなさに苦笑いを溢しながらも肩の力を抜くように息を吐いていた。
「それならいい。コイツの事はお前に任せた。…借金は少しずつでもいいから減らしていけよ。」
「…ッはい!」
勢いよく頭を下げるパウリーの横顔を眺めていると、アイスバーグさんとパチリと目が合う。不意打ちにドキリと胸が煩くなるけど、ここで目を逸らしたら何か違う気がして短く息を飲む。そんな様子に気付いたのか、アイスバーグさんは目を細めた。
「…だそうだ。お前は手綱をしっかり握って尻叩いて管理してやれ」
「…はい。アイスバーグさん、ありがとうございます。」
アイスバーグさんの瞳はあの夜と違って優しくさざなみみたいな柔らかさを含んでいた。きっと彼も、私が考えているのと同じ様にあの夜を一つの思い出として互いの胸に仕舞い込むつもりだと思う。色んな想いに胸がいっぱいになって、お礼を言いながら静かに頭を下げた。
それから少しだけ雑談して部屋を出ると、緊張の糸がふっと切れてドッと疲れが込み上げてきた。
「はぁー……緊張した……」
ボソリと呟いてのそのそと廊下を歩いていると、それだけでびくりと隣の男の肩が揺れる。そんなにじとりと睨み上げたつもりもないけど、私の視線にパウリーはどこか気まずそうにチラチラと忙しなく私を見たり逸らしたりを繰り返していた。
「…な、なんだよ、何も言わずに連れてきたの怒ってんのか?」
「…別に、怒ってないけど…」
最初こそ色んな感情が忙しなかったが、今はまぁ色々あり過ぎて疲れたからそこまではない。だけどパウリーは怒られる自覚は一応ある様子で、わざと素っ気なく答えると肩を落としていた。
怒られるかもって自覚があるから、最初から何でアイスバーグさんの所に行くか言えばいいのに。
改めてそう思うけど、あまりにもパウリーが怒られるのを待つ犬みたいにしょぼしょぼ小さくなって見えて、もう何も言えなくなってしまった。
「…緊張した?」
「そりゃ、するだろ。相手はアイスバーグさんだぞ?」
ずっと黙って廊下を歩いているとそろそろこの大男に垂れた耳と尻尾の幻覚が見えて来そうで、ぽつりと問いかけるとパウリーは顔を上げるとわずかに頬を赤くしながら頭をぽりぽりと掻いた。
船作りは器用なくせに、恋愛に関しては本当不器用過ぎる男だなぁ。
「タイルストンさんにも伝えに行く?」
「昨日もうした。」
揶揄うつもりで彼の顔を覗き込む様に問いかけると、即答で言葉が返ってきて今日何度目かわからないが呆けてしまった。私のキョトン顔が面白かったのか、パウリーはしてやったりと言いたげに鼻を小さく鳴らす。
「昨日って、デートのあと?」
「おう。ブルーノの酒場に行ったらルルと呑んでたからな。……俺の娘を泣かせたら許さん、だとよ」
昨日はデートして、改めて想いを伝え合った。キスして、2人で転けて笑っている様子は周りの人が見たら可笑しな人だっただろう。それで自宅に送ってもらった頃にはもう陽はとっぷり落ちて辺りは真っ暗だった。
なのにタイルストンさんに報告したと言われればそれは驚くしかない。パウリーの瞳は照れと、少しの誇らしさが宿っていて、思い返す様に目を細める。タイルストンさんはこの4年間本当に私を娘の様に心配し可愛がってくれただけでなく、そ船大工としても見守り指導してくれて感謝しかない。色んな人達からの想いに胸がいっぱいになって目尻が熱くなりそうだけど、日中から仕事中に泣くわけにもいかなくて深く息を吸った。
「私ってば愛されてるな〜」
「ガキ扱いされてるの間違いだろ」
「あれ?さっきは綺麗になっていろんな男にチヤホヤされて困る〜って言ってなかった?」
わざとらしく誤魔化すために陽気な声を出しているのをパウリーは気付いているだろうけど、特にツッコまれることはなかった。そんな彼の優しさに調子に乗って脇腹を小突いてみれば、否定できないのか小さな攻撃を甘んじて受け続けていた。
「…ガレーラのみんなは好きだけど、パウリーは特別に1番に好きだよ」
さっきまで重たかった足も気にならなくなり、早足で歩くとパウリーを追い抜く。振り返って正面から彼に愛を伝えれば、今度はパウリー が呆ける番だった。すぐにほんのり色付く頬は成人済みの大男に向けるのに適任かわからないが、いつだって可愛いなと思う。
「……ぉ、れも…」
「え?なに?」
「〜ッウルセェ!仕事に戻るぞ!!」
もごもごと絞り出される声に意地悪すると、流石にキッと睨みつけられてしまった。怒ってしまったパウリーはドカドカと足音煩く私の隣を通り過ぎて廊下を歩いていく。そんな様子すらも面白くて、急いでその背中を追いかけた。
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