12:00 ガレーラカンパニー/1番ドック




 ドック内に休憩の時間を知らせる鐘が鳴り響くと、先程まで忙しく鳴り響いていたトンカチの音や低いノコギリの音が少しず徐々に止んでいく。まるで天候で大荒れだった海が、徐々にさざなみに変わって静かになっていくようだ。やがてそれが止むと、次はみんなが腹減ったーと漏らしながら食堂に向かったり弁当を広げ始める。私もその一人で、ドックの扉近くの木材に適当に腰掛けた。
 わざわざ外の近くに来てみたものの、昼休憩になっても探している人影は一向に見えない。小さく息を漏らして膝の上に置いてある包みの端を少しでも時間を稼ぐようにのろのろと引いた。

「そんなに食べるのか?」

 降ってくる声に顔を上げれば、そこにはカクくんが立っていた。彼の視線の先は私の膝に置いてあるサンドイッチだ。水水肉を甘辛く焼いたものを挟んだものや卵中心なもの、レタスやトマトなどの野菜サンドなど自分で言うのもあれだが色とりどりでなかなかボリュームのある充実した昼食だと思う。

「誰かさんがいないから仕方なくね。」
「その誰かさんはどこ行ったんじゃ?」
「私の予想だと借金取りに追われて帰って来れなくなってるんじゃないかなぁ」

 首を傾げるカクくんにわざとらしく思わず肩をすくめてみせる。
 昨日はお休みだったから珍しく今日は二人分のお弁当を作ってきた。…といっても、昨日の夕飯の水水肉をアレンジしただけだけど。

 昨日作ってあげた夕飯をパウリーが上手ェ!って凄い喜んでくれてたから、それなら昼食でも食べれれば明日の仕事も頑張れるかなぁと思ったのだ。自宅からパウリーが帰宅してから近所のパン屋に滑り込みで食パンを買いに行き、そういえば昔彼と食べたサンドイッチが美味しかったのを思い出して家に帰ってから自分なりのレシピでチリソースを作ってみて。今振り返ると結構浮かれていたんだと思う。
朝出勤した時にパウリーにお昼お弁当作ってきたから一緒に食べようとこっそり声をかけると、驚いたように目を開いてから照れくさそうに頬をかいて、おう。と短く返事をする姿が可愛かった。だが、ガレーラ馴染みの店に届け物をしに行ってかれこれ二時間帰って来ないところをみると、絶対に彼の日頃の行いのせいで借金取りの方々に追いかけられているのが容易に想像出来る。食べる相手がいなくなってしまって、内心肩を落としながら改めて顔を上げて隣の木材を促すように叩いた。

「カクくん、食べる?夜まで取っておくと悪くなっちゃうかもだし」
「いいのか?パウリーが腹空かせて帰ってくるかもしれんぞ?」
「腹空かせてればいいのよ」

 最近は気温もどんどん上がって本格的に夏日和になってきた。野菜は兎も角、肉や卵を長時間その炎天下の中に置いておくのも抵抗がある。そう言いながら素っ気なく吐き出せば、カクくんは笑って私の隣に腰掛けた。

「うまい!パウリーは大馬鹿者じゃのぅ」

 ひょいっとサンドイッチを取って案外大きな口を開けて頬張るカク美味しそうに食べるカクを見て、先程まで落ちていた気持ちが晴れて少し誇らしい気分になる。私も野菜サンドを手に取って一口食べると、まだレタスはシャキッとしているし作ったタルタルソースの濃厚さと相まって確かに美味しかった。

「そろそろ結婚か?お前さんは良い嫁さんになるじゃろ」

 あっという間に一つペロリと食べて、指先についたソースを舐め取りながらカクくんが呟く。頬張る為に開けていた口を一旦閉じて、投げ出している自分の足に目を向ける。

「えー……良い奥さんになれるかな…?」
「なれるなれる!あんなヤツの相手してるだけでもう百点満点じゃ!」

 季節が巡って夏が来て、パウリーと付き合ってもうすぐ一年経つ。付き合い始めてからは意外とそんなに喧嘩する事もなく仲の良い方だ。恋人にうつつを抜かして仕事場で恋に盲目になり過ぎる事もなく、かと言って長い付き合いが故に同僚としてしか見れずに営みが疎かになる事もない。お互いに恋愛に対してはそんなに器用じゃないと思っていたけど、案外上手に恋人を出来てると思う。まだ"恋人"って印象だったから、"夫婦"って関係性に変えることをあんまり想像してなかった。
カクくんの言葉にいまいちピンとこなくて、首を傾げて見せると彼はニカッと歯を見せながら悪戯っ子のように笑う。1歳しか変わらないカクくんは普段はガレーラ職長として頼り甲斐のある人だけど、そんな顔をしていると年相応に見えて可愛らしかった。

「うーん……借金なくなったら考えても良いかな」
「…そりゃ永遠に無理じゃな…」

 気恥ずかしさを誤魔化すように軽口を返すと、カクくんは頭を痛ませるようなジェスチャーをわざとらしくする。どう頑張ってもパウリーの姿を思い返せば借金取りに追われてる姿がデフォルトになってるので、お互いに無理だなと結論つけて二人で同時に吹き出した。


「おじゃまします」

カクくんの手がもう一つとサンドイッチに伸ばされている途中で、そんな元気な挨拶とガシャン!!と柵が揺れる音が響いた。二人でそちらに顔を向けると、どうやら少年が柵を越えようとしているようだった。最初はイタズラ好きか、ドックに強い憧れを抱いた街の少年が入ろうとしているのかと思ったが、麦わら帽子に赤い服をきた姿は少なからず1番ドック周辺では見かけたことがない姿だ。

「やれやれ、食事中に迷惑なやつらが来たぞ…。美味かった、ごちそうさん」

まだ物足りなさそうに溜息を吐き出してカクくんが立ち上がる。私に視線を落として礼を言うと、次の瞬間には一瞬で目の前からいなくなっていた。

「おっと待つんじゃ。他所者じゃな?」

彼が去った余韻の風をほんのり感じながらまた視線を移すと、入り口付近でカクくんが素早く麦わらを被った少年の侵入を止めていた。相変わらず山風という異名を持つだけあって目に止まらぬ速さだ。
工場内は関係者以外立ち入り禁止なので、カクくんは長い足で柵を乗り越えて少年と話し始めた。どうやら少年には他にもお友達がいたようで、その様子を遠目で眺めながら次のたまごサンドを頬張る。

「…アイスバーグさんファンかな…?」

扉近くに座ってると言っても絶妙に離れているから彼らの会話は全て聞こえないが、時々風に乗って単語が流れてきてそれだけは聞き取れる。我らの社長、アイスバーグさんの事を言っている気がする。アイスバーグさんのいる本社には1番ドックを抜けていくから、それで入ろうとしたのかもしれない。色々推測しながらたまごサンドを食べ終わろうとしていた時に、カクくんが準備体操を始めて綺麗なスタートダッシュで走り去ったから驚いてしまった。

「へぇ…!あんなに若いのに、海賊してるんだ…」

カクが走って行ったと言うことは、船を査定しに行ったんだろう。まだ少しだけ幼さが残る彼らは恐らく成人していないと思う。それなのに船を持ち、広い海を航海してこの街に辿り着いたのか。
少し好奇心が湧いて残された彼らの元に行こうとしたが、間髪入れずにアイスバーグさんとカリファさんが彼らの元にやってきた。そうなれば本格的にお仕事のお話になりそうで、中途半端にまとめたサンドイッチの包みを丁寧にやり直した。

「もうちょっと待ってくれっつってんだろうがよォ!!」

若い芽に感動していた時に、そんなバカの末のような声が遠くから聞こえてきて頭が痛くなった。やっぱり、借金取りに追われてるわ…。絶対にアイスバーグさん達が呆れてるのは目に見える今、余計に彼らと合流するのは恥ずかしくてそそくさと退散した。

そうしている内に始業の時間を知らせる鐘が鳴り、あんなに止んでいた音は徐々にトンカンとなり始めてみんなの指示出してざわついた声も大きくなっていく。私も作業に戻ろうとしていると、ゴゴゴゴゴと重い音を響かせながらドックの扉が開いた。

「うわ〜〜〜っ!!でっけ〜んだなァ!!」

そう言って歓喜の声を上げるのは麦わらの彼らだ。どうやら本格的に我が社のお客様になったらしい。ドックの仲間はそんな彼らには目もくれず、アイスバーグさんの登場に歓喜して盛り上がっている。
私は一人感心して海賊達を見ていると、その横に立っていたパウリーとパチリと目が合った。少し気まずそうな顔をして、悪ィ!と必死にジェスチャーで伝えるように手を合わせている様子に呆れて息を吐く。悪い悪いと、いつまで経っても学習しない謝罪を付き合ってからもう何度聞いたかわからない。許すワケでも笑いかけるワケでもなく、ただサンドイッチの入った包みをパウリーに投げると彼は器用にキャッチした。そんな私の可愛くない言動を気に留めるでもなく、胸元にあるサンドイッチを見て嬉しそうに笑い口パクで礼を言うパウリーを見ると、なんだか毒気を抜かれて拍子抜けした。大概、私はパウリーに甘いのだ。

別に私の仕事って訳ではないが、まだ作業してないから手が汚れてないし何より好奇心もあるので、その足で適当に飲み物を人数分準備してきて彼らが話している木箱の上に運んだらアイスバーグさんとカリファさんにお礼を言われて小さく頭を下げた。そうしている内にカクくんも帰ってきて、査定も終わり本格的にお客様とお話しするみたいだ。ちぇ、飲み物持ってくるの少し早過ぎたな……残念。飲み物を置いてさり気なく隅に立って依頼を聞いてみたい気持ちを抑えて、仕方なしにのろのろとした動きで持ち場に戻った。

「おれ達の船はゴーイングメリー号だ!!」

また作業を再開しようとした時に、そんな大きな声が聞こえてきた。そちらに顔を向けると、先程までニコニコだった少年が凄い剣幕で怒っている。アイスバーグさんを筆頭に、木材に座ってるルッチさんやパウリーとカクくんは冷静な顔をしていて、その温度差で何となく交渉は上手く行かなかったのはわかった。
先程まで海に夢をみる若い子達がどのような船に乗るのか気になって仕方なかったが、やっぱり子供なんだなぁと思うと興味が少し薄れてそこまで取り引きが気にならなくなり作業に戻ってトンカチを振り下ろした。

「ギャ〜〜〜〜ッ!!」
「いや〜〜〜〜っ!!」

暫く待つとそんな悲鳴が聞こえて、顔を上げると若い海賊達は忙しなく走って帰って行った。いつの間にかアイスバーグさんとカリファさんの姿もなくて、木材に座っていたルッチさんやカクくんも立ち上がり現場に戻って行っている。ただパウリーだけはそこに残って、隣に置いていた包みを膝の上に乗せていたので私も立ち上がった。

「パウリー」

そこに行き声をかける頃にはパウリーはもうサンドイッチを頬張っていて、私の声に顔を上げると開いている片手を上げる。

「サンドイッチありがとな。相変わらず美味ェわ」
「ん、ありがと。…さっきの海賊さん、修理?それとも注文?というか、悲鳴あげて出て行ったけどどうしたの?」

仕事場だから当たり前だけど家よりも少し落ち着いたトーンで感想とお礼を言うパウリーに軽く相槌を返す。どうやら美味しいと言うのは本当みたいで、あっという間に一切れ平らげてまたもう一つを食べ始めた。
木箱に置かれたコップをパウリーもの以外を片付けながら質問を投げかけるが、ちょうどパウリーは大きな一口でサンドイッチに食らいついた後だったから暫く咀嚼しているのを待った。

「あぁ、フランキー一家に金取られちまったらしい」
「あらら…」

彼らは大きなトランクを持っていたし、ある程度額はあるだろう。よりによってフランキー一家に目をつけられたなんてお気の毒だ。いなくなった彼らに同情してあると、パウリーはコップに残ったジュースを一気に煽って飲んで小さく息を吐き出した。

「"竜骨"がやられちまってる。修理は無理だ。」

その意味がこのドックにわからない人はいない。だからこそ、若い彼らは冷静な私たちの対応が理解出来ずにいたんだろう。全てに合点がいって、色々な意味でまだ見ぬ彼らの船を見て見たいと思った。

「大好きな船なんだね、あの人達にとって」

私もパウリーも船を作るものとしては、そんな風に想ってくれるのはとても名誉な事だ。だけど想いだけでは航海は出来ないのも現実で、私が呟いた言葉にパウリーは頷く事はなく葉巻をふかすだけだった。



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