平行線
平行線
ひざしさんと付き合い始めて二週間が経った。毎日じゃないけど、3日に一回ひざしさんが家に来てくれたり先週の日曜日は彼女になって改めて【デート】にもお出かけした。連絡は今まで通り1日1通はとるし、何を言いたいかというと、最高で幸せなのである。
「何よ、苗字調子良さそうじゃない」
「ひゃあぃ?!」
思いふけって少しだけ口元が緩んでいると耳元で声が響いて思わず大きな声が出てしまった。隣のデスクの同期が何事だという目線で振り返って見てきたけど、すぐに前を向く。月末前のオフィスはみんなが忙しそうにしていて、パソコンのキーを叩く音が会話より目立っていた。息を吸いながら後ろを振り返ると、驚いた様に目を開く先輩が立っている。
「もう先輩、背後にいきなり立つのやめてください…」
「あんたがボケーっとしてるからでしょ」
呆れたように溜息を吐き出しながら、持っていた書類の束で軽く頭を叩かれる。そのままその書類を私のデスクに置くと、まとめておいてと指示を受けた。頷いて一枚手にとって目を通すと、最近社内でも話題になっている案件のプレゼン案でマーカーや付箋が所々についていて殺風景な書類を彩っていた。
「思ったより落ち込んでなくてよかったわ。プレゼントマイクは卒業した?」
思わず読み込んでると、いきなり出てきた意中の名前にドキリとした。顔を上げると、先輩は笑っていて額を突かれる。
「苗字が最初ゾンビみたいに出勤してきた時は、何事かと思ったわよ」
「う…すみません…」
たしかに、最初にひざしさんがグラドルとスキャンダルが発表された時は振り返らなくても酷い有様だったと思う。周りも触れないで遠回しに気を使ってくれたし、先輩もプリンをくれたし本当申し訳ない気持ちでいっぱいで項垂れる。すると、視界の中に白いカップがずいっと侵入してきた。その手の先はやっぱり先輩で、自分の分のカップに口付けている。
「でも、ヒーローと付き合うのって現実的に考えて大変よね」
一緒についできてくれたんだろうとわかって小さくお礼を言ってからカップに口付けようとしたけれど、次の言葉に動きを止めてしまった。
「え、なんでですか?」
「なんでって…だって、何処にいても‘’ヒーロー‘’じゃない」
思ったより食い気味な私に驚いたのか、少し身を引きながらもデスクに腰掛け変わらずコーヒーを啜る。その回答にもピンとこなくて、眉寄せて見上げると先輩な何か言いたげに口を開くけど、ゴロゴロと転がる音で遮られた。
「わかりますー!メディアとかファンにバレたら、一般人にとって生活って大変ですもんね」
「大切な約束とかデートとかあっても、一般市民のためにいつでもヒーロー活動しなきゃいけないだろうし、恋人なんて守る物の中のほんの一つなんじゃない?」
隣のデスクの後輩と同期が椅子のまま私たちの方にやってきて頷きながら話に参戦してくる。多分、話が聞こえてきたから集中力が切れてしまったんだろう。うんうんとオーバーにリアクションして頷いて、2人は顔を見合わせると肩をすくめて溜息を吐き出す。
「そう考えると、サラリーマンとかの方が無難ですよね」
「付き合うだけならまだしも、結婚とかだとねぇ」
「誰かを救うために、その人が怪我したり死んじゃうなんて、私耐えれないです!」
お互い共感しあって、ふと後輩が思い出した様に自分のチョコのお菓子を私たちに配ってくれる。コロンと手のひらに転がるチョコを見ても、すぐに喜んで食べれなかった。
「ま、私たちには一生関係のない話でしょうけどね」
「もしもあるなら、ベストジーニストさんがいいなぁ」
「オールマイトって恋人とかっているんですかね?」
「はいはい、雑談はその辺にして仕事に戻るわよ」
勝手に盛り上がり始めた2人をコーヒーを飲み終わった先輩が手を叩いて制した。散れと指示されて渋々デスクに戻っていく同期たちを見てると、先輩も私の肩を軽く叩いてから立ち去ってしまった。
(…そうか、ヒーローと付き合うって、そういう事なんだ)
考えてなかったわけではない。特に、彼はラジオDJとしても活躍しているから、私みたいにそっち枠のファンだっているはずだ。ひざしさんがオンオフ切り替えているからあんまり外で一緒にいても気付かれないけれど、きっとコアなファンやマスコミの人だってすぐわかるはず。そう考えると、この間デートしたのだってスキャンダル後だから軽率な行動だったかもしれない。付き合い始めたからって、浮かれてた。
悶々と考えていると、携帯が震えて通知を知らせる。手の中のチョコは、少し周りが体温でじんわりと溶けてきたから口に放り込んでから画面をスライドさせた。
『今日はテストの採点があるから遅くなるかも』
まるで、今の会話を聞いていたみたいなタイミングで愛おしい彼の名前と言葉が画面に表示された。一瞬、返信に悩んだけれど、少し遅れて指を滑らせる。
『ご飯食べてきますか?お家で食べます?』
今日はひざしさんが私のお家に来る予定の日。何気ない平日だけど、週末はひざしさんはラジオがあるから時々平日も会いに来てくれる。まだ、ひざしさんのお家には行ったことないけど、それこそマスコミなんかにこんな一般女性がバレたら大変なんだろうな。
『名前のご飯が食べたい!サンキューな!』
考えれば考えるほど、モヤは深く黒くなっていく。そんな私の心とは裏腹に、ひざしさんは可愛いスタンプと一緒に可愛らしい言葉をくれる。ちょっと前の私だったら、キュンキュンしてだらしなくにやけてしまっていたかもしれない。
プロヒーロー、名門校の教師、そしてラジオDJ。彼はみんなの注目の的で、私より高くて遠いところにいる存在。ラジオから好きになったから、ヒーローについてあんまり考えた事なかったけど"プレゼントマイク"として活躍してる時は、彼はきっと優しいから自分を犠牲にしてでも沢山のものを守るんだろう。
気持ちを振り払いたくて、少し冷めてきたコーヒーをグイッと全て胃の中へと流し込んだ。
「……苦い」
普段は平気なのに、チョコレートを食べた後だから後味も凄く苦く感じた。胃にも、錯覚だろうけど重たさを感じて、まるで私の心みたいだなんて思えた。
果てしない平行線
(我儘な想いが溢れ出して)
(止まらないから助けて欲しい)
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