星の数だけ僕は嘘吐き
キルアと二人きりの食事を終えると、店のおばちゃんがサービスだと言って二人にチョコレートをくれた。そのまま「また来なさいよ!」と送り出されてキルアとステラは定食屋を出る。
「おいしかったねー、キルア。わー、綺麗」
もう夜空には満点の星が出ていた。ステラはチョコレートの包みを開けながら空を見上げる。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かだな。店の明かりが消えた港は、波の音だけが響いている。隣で空を見上げるステラの横顔が、星の光に照らされて綺麗だなんて、思っちまった。
「……ん」
短く返事をしながら、俺も空を見上げる。確かに、星がやけに近く見える。でも、俺の目は隣でチョコレートの包みを開けるその小さな手に釘付けだった。
「お前、さっきあんなに肉食ってたのに、まだ食うのかよ」
からかうように言うと、ステラがむっとした顔でこっちを向く。その表情が見たくて、わざと言ってるって、こいつは気づいてんのかな。
「うるさいな、デザートは別腹だもん」
「キルア! ステラ!紹介したい人がいるんだ!」
遠くからゴンがいつもの眩しい笑顔を浮かべて、ノウコの手を引きながらいつもより遅い速度で走ってくる。途端に、ステラの顔が強張る。小声で「紹介したい人……?」と呟いた。
遠くから聞こえてきたゴンの声に、さっきまで和らいでいた空気が一瞬で凍りついた。隣でステラの顔が強張るのが、痛いほどわかる。紹介したい人、だと? ふざけんな。
「……チッ」
思わず舌打ちが漏れる。せっかく二人で静かに過ごせてたってのに。最悪のタイミングで現れやがって。ステラがまた、あの顔に戻っちまう。俺はゴンの声が聞こえないフリをして、ステラの手からチョコレートをひったくった。
「うるせーな。別腹とか言ってっと、本当にチビのままだぞ」
わざと乱暴に包み紙を破り、チョコを口に放り込む。ステラの視線が、俺を通り越してゴンたちに向いていることに気づかないフリをしながら。今だけは、あいつらのことなんか見んなよ。俺だけ見てろ。
「あーっ! キルア、私のチョコ食べた!」
ハッとしたように視線をキルアに引き戻される。あっという間にチョコを食べたキルアを見てちょっと怒った顔になる。ゴンはノウコに合わせた速度で少しずつ近付いてくる。ゴンの声に反応して、ステラはまたそっちに視線が向いた。
ステラの視線が、また俺を通り越してゴンの方へ向かう。チッ、俺がチョコを食ったことなんて、もうどうでもいいって顔しやがって。
「……そんなに気になるなら、行ってやれば?」
わざと突き放すような口調で言う。本当は行かせたくないくせに。俺の隣から、あいつの元へ。俺はステラの隣から一歩前に出て、ゆっくり近づいてくる二人を睨みつけた。ゴン、お前は何もわかってねーんだ。隣にいるこいつが、どんな思いでお前のことを見てるかなんて。
「で、何の用だよ。せっかく静かだったのによ」
棘のある言葉で、近づいてくるゴンに声をかける。ステラを守るように、無意識にその前に立っていた。ゴンはノウコの手を引いて二人の前に出す。ノウコは大人しい性格のようでおずおずと「こ、こんにちは……」と小さな声で頭を下げた。ゴンは明るい声で「こいつ、ノウコ! オレの幼馴染! 島には二人しか子供がいなかったんだよ!」と言う。その声には微塵にも恋人のような空気はない。
「え……? 幼馴染? そう……なんだ」
ステラの風に溶けそうなほど微かな「良かった……」という声が目の前にいるキルアにだけ聞こえた。
良かった……ステラのその小さな呟きは、確かに俺の耳に届いた。安堵の色が滲むその声に、俺の胸はチクリと痛む。結局、お前の心を動かすのは、いつだってゴンの言葉なんだな。
「……へえ、幼馴染ね」
俺はわざとらしく鼻を鳴らし、ノウコとかいう女を頭のてっぺんからつま先までジロリと見た。ゴン、お前は本当に何もわかってねぇ。ステラがお前のその一言で、天国と地獄を行ったり来たりしてるってことによ。
「ふーん。で、それがどうしたんだよ。わざわざ紹介しに来るなんて、よっぽど暇なんだな、お前ら」
皮肉を込めて言い放つと、案の定ゴンが「なんだよキルア、そんな言い方!」とむくれる。知るかよ。お前の無神経さのせいで、こいつがどんな顔してたか、教えてやりてぇくらいだ。
その夜、キルアとステラが布団に入る時、ゴンとノウコは外に出て二人で夜空を見上げて何かを話していた。
「……何を話してるのかな。でも、明日、くじら島を出るもんね。……私の知らないゴンの顔があったって、不思議じゃないのにね」
今日は真ん中にいるはずのゴンがいない。ステラは端にいるキルアに顔を向けて、そう言った。だがその顔は面白くない、といった感じの顔でそわそわとゴンとノウコがいる方向に目を向けた。
ゴンのいない布団は、やけに広く感じる。隣でステラが、俺じゃない誰かのことを考えているのが手に取るようにわかって、無性に腹が立った。
「……さあな。昔話でもしてんじゃねーの。俺たちには関係ねーだろ」
わざと冷たく言い放つ。布団を頭まで深く被り、ステラに背を向けた。お前のその顔を、今は見たくない。嫉妬か? 不安か? ステラの心を占める感情が手に取るように分かって、苛立ちと同時に、どうしようもない気持ちが湧き上がった。
「明日には島を出る。もう会うこともねぇヤツのことなんか、気にしてどうすんだよ」
そう言って目を閉じる。本当は、お前が気にしているのがゴンだってことくらい、とっくにわかってる。その視線が、声が、気持ちが、全部俺に向いていればいいのに。そんなこと、絶対に言えねぇけどな。
「……うん。あの子には悪いけど、あの子がついて来ないって事に正直ほっとしてる……私ってけっこうひどいよね」
ステラは自分のうちに芽生えた嫉妬という嫌な感情を吐露して、自嘲するように笑った。
「嫉妬って……こんな嫌なものなんだね……。今の私……サイテー……」
弱々しい声でそう言って、ステラは自分の顔を布団の中に隠してしまった。布団を頭まで深く被って、誰にも見られないように。
ステラの弱々しい声が、布団越しにくぐもって聞こえる。サイテー、か。そんな言葉、お前には似合わねぇよ。
「……別に、普通だろ」
俺は背を向けたまま、ぶっきらぼうに呟いた。布団の中で、お前がどんな顔をしてるかなんて、見なくてもわかる。嫉妬なんて、暗殺稼業にいた頃には無縁だった感情だ。だが、今ならステラの気持ちが痛いほどわかる。
「好きな奴が他の奴と仲良くしてたら、面白くねーのは当たり前だ」
ゆっくりと体を反転させて、ステラの布団の膨らみに向き直る。俺だってお前がゴンのことばっか見てたら、胸の奥がざわざわして、どうしようもなくなる。俺はほとんど独り言のように「……サイテーなのは、そんな顔させてるのに気づきもしねぇ、アイツの方だろ」と呟いていた。嫉妬なんて醜い感情、俺だってお前に対して抱いている。お前がゴンに向けるその感情を、俺は、お前に向けてるんだからな。なんて、口が裂けても言えるかよ。
「……普通? 面白くねーのは当たり前? なんで……そんなこと、キルアにわかるの……」
ステラは布団に潜り込んだまま、呟くように言った。
「ゴンは……何も知らないもの。私の気持ちなんて全然気づいてないし、言ってもないし……」
ステラの「なんでわかるの」という言葉が、暗闇の中で俺の胸に突き刺さる。なんで、か。そんなの、決まってんだろ。俺も、お前と、同じだからだよ。
「……見てりゃわかる」
布団の膨らみに向かって、吐き捨てるように言った。本当は、お前がゴンを見る目で、俺がお前のことを見てるからだなんて、言えるわけがない。俺はゆっくりと腕を伸ばし、ステラが被っている布団の上から、ぽん、と優しく頭のあたりを叩いた。
「ゴンのバカは、言わなきゃわかんねーんだよ。昔からそうだろ?」
お前が俺の気持ちに気付かないのと同じでな。その言葉は声には出さず、心の中だけで付け加える。いつかお前のその目が、俺だけを映す日が来ればいいのに。そんな叶わない願いを抱きながら、俺は静かに目を閉じた。
「キルアには、なんでもわかるんだね……」
そこに込められたキルアの気持ちには全く気付く素振りもなく、布団の上からキルアの手が優しく頭を包み込んでくるとそのまま目を閉じた。いつしか、キルアとステラはそのまま眠りに落ちていた。キルアの手が頭に乗せられたまま寝返りを打ったステラがキルアの腕の中に入ってそのまま眠っていた。
ステラが寝返りを打った拍子に、俺の腕の中にすっぽりと収まった。規則正しい寝息が、静かな部屋に響く。無防備に寄せられた体温と、甘い匂いに心臓がうるさく鳴った。
「……っ、バカ」
お前はいつもそうだ。俺の気持ちなんて何も知らずに、簡単に境界線を越えてくる。腕の中のステラの髪に、そっと指を触れた。サラサラとした感触が、指先から伝わってきて、どうしようもなく愛おしい。穏やかな寝顔を見つめる。さっきまでの不安そうな顔はどこにもない。ゴン、お前が隣にいないだけで、こいつはこんな顔で眠れるんだ。皮肉なもんだな。
「……おやすみ、ステラ」
聞こえないとわかっていながら、囁くように呟いた。この腕の中にいる間だけは、お前が見ている夢が、ゴンのことじゃなくて、俺のことであればいいのに。そんな叶わない願いを胸に、俺も静かに目を閉じた。