それぞれの祈り
初夏の始まるある日の事、教会にクレアの姿があった。
一番前に配置された長椅子に座り、なにかを祈っているように目を閉じている。
神父であるカーターは聖書から顔を上げ、クレアに視線を向ける。
クレアの髪がステンドグラスを通した色とりどりの朝日に照らされ、きらきら光っているのが見て取れた。
彼女はついひと月前、海から流されてきた。
舟の事故に遭い、家族も帰る家もないとのことだった。
もともと孤児だったことも聞いていた。
「クレアさん」
声をかけると、ぴくりと肩を震わせて目を開けた。
目の当たりにしたクレアの目は暗かった。
暗いのに、何かを心に決めたような強い光を宿していた。
「この町に来て、一か月ほど経ちますが……そろそろ慣れてきましたか?」
「……そうね、最初の頃に比べたら少しはね。まだ少し、不安ではあるけれど」
「……そうですか。私は牧場のことはあまり詳しくはありませんが、何か困ったことがあったら遠慮せずに言ってくださいね」
「ええ、ありがとう」
寂しげな光を瞳の奥に宿し、クレアは儚げに微笑った。例えるならばそれはあたかも光の粉のようで。まるで今にも消えてしまいそうな光だった。それはすぐに強い意志の輝きに姿を変えて、まっずぐに私を射抜いてくる。なんて綺麗な瞳なのだろう……とカーターは思った。
「懺悔室は奥にありますし、いつでもあなたを迎えますよ。あ、今は私がここにいるから入れないんでしたね、すみません」
「いえ、今日は懺悔に来たわけではないので……」
クレアは軽く微笑し、カーターは穏やかに微笑んでいる。穏やかな空気が、場を満たしていた。
「そうですか、それではどうぞゆっくりしていって下さいね。ここは静かなので落ち着くでしょう?」
「ええ、本当に落ち着く場所ね。ここに来ると、心が洗われるような気がするの」
「そうですね、私もここはとても好きなんです。……クレアさんは、本当に死者の魂が此処に残っていると思いますか?」
カーターがそう聞くと、彼女は少し考えるように目を伏せ、首を振る。
「……いえ、わからないわ。でも、お墓って死者の為に在るものではないんじゃないかしら。なんとなくね。あ、でも決してその存在を否定しているわけじゃないの」
「……ええ、私もそう思います。この教会は、生きている人達の心を癒す為にあるんだと思っているんですよ。だから私は、少しでも多くの人の心が救われれば……と願っているのです。もちろん、クレアさん……貴女にも」
カーターがにこり、と微笑みかけてから再び聖書に目を通すと、クレアも微笑みかけてから再度目を閉じた。
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