目を覚ましたとき、最初に感じたのは寒さだった。
冷たいコンクリートの地面。
湿った空気。
鼻をつくようなゴミの匂い。
私はゆっくりと目を開けた。
視界の端に、錆びたドラム缶。
その向こうには、崩れかけたレンガの壁。
薄暗い路地裏だった。
「……ここ、どこ?」
声を出した瞬間、違和感に気付く。
声が幼い。
喉の高さが違う。
手を見下ろした。
小さい。
骨ばった細い指。
泥で汚れた手のひら。
袖から覗く腕は、どう見ても子供のものだった。
「……は?」
状況が理解できない。
立ち上がろうとして、よろめいた。
体が軽い。
軽すぎる。
まるで───
子供の体だ。
そのとき、背後から声がした。
「おい、新入り。まだ寝てんのか?」
振り向くと、同じくらいの年頃の子供が立っていた。
痩せた体。
擦り切れた服。
目だけが妙に鋭い。
その後ろにも、何人かいる。
みんな、子供だった。
そして全員——
生きるための顔をしていた。
「ここじゃ、ぼーっとしてると死ぬぞ」
少年は鼻で笑った。
「飯は自分で取る。金も自分で取る。誰も助けてくれねえ」
そう言って、指で通りを示した。
「スリくらい覚えろ」
その日からだった。
ポケットを狙う。
財布を抜く。
追われたら逃げる。
時には殴られ、
時には追いかけられ、
それでも、生きるために手を動かした。
ここはスラムだった。
名前も知らない街。
誰も守ってくれない場所。
——それでも、生きる。
そんなある夜。
私はいつものように、通りの影に身を潜めていた。
ターゲットを探していた。
さりげなく、ターゲットの財布を奪った。何食わぬ顔で通り過ぎる。そのとき。
黒いコートの男が通りを歩いてきた。
長い銀髪。
冷たい目。
「……ほう」
低い声。
男はゆっくりと振り向いた。
冷たい目が、まっすぐ私を見下ろしている。
「子供のスリか」
その男こそが───
ジン だった。
それから数日後。
私は一人の女の前に立たされていた。
長い金髪。
どこか妖艶な微笑み。
その女は私を眺め、楽しそうに言った。
「面白い子ね」
彼女は名乗った。
ベルモット、と。まさか、と思った。
次の瞬間、確信に変わる。
「今日からあなた、組織の子よ」
女はゆっくりと言った。
「名前は……そうね」
赤い唇が笑う。
「アマレット」
その瞬間だった。
私は、ようやく気付いた。
この世界が───
あの物語の世界だということに。
そうだ、ここは名探偵コナンの世界。
そして、ここは黒の組織。黒の組織のメンバーのコードネームは全員お酒の名前で構成されている。
ジン、ベルモットもそのメンバーだ。
そして同時に理解した。
ここでは、ただ生きるだけでは足りない。
撃つ覚悟が必要だ。
そうでないと、組織から見捨てられる。見捨てられるどころか、おそらく始末される。
私は静かに自分に与えられたコードネームを受け入れた。
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彼女は旅に出る。/AQUALOVERS