いつの間にか気を失っていたのだろうか。目が覚めると、灰色の空が広がっていた。鼻をつく金属と腐敗の匂いが立ち込める。見渡せばどこまでも続く廃棄物の山々が地平線を形作る風景が続く。鉄骨や壊れた機械、古びた建造物が不自然に積み重なり、歪な影を落とす。今は夕暮れ時らしく、錆びた鉄くずが赤く染まり、まるで街全体が血に浸かったように見える。
空は灰色がかっていて、有毒そうな煙が立ち込めている。それでも、廃材で作られた住居からは温かな光が漏れ、どこからか音楽が聞こえてくる。人々は廃棄物から回収した部品で作った色とりどりの装飾品をつけ歩いているようだった。
ここはどこだろう……。
立ち上がると、側にある塀が思ったよりも高く感じる。自分の手を見るとやけに小さく、近くのものにすかして見れば子供の手だということがはっきりとわかる。
どうして私、子供になってるの?
わけがわからなかった。廃棄物の山々が迷宮のように広がっている一帯には割れた鏡があり、私はその前に立ってみた。所々割れてはいたがその鏡はしっかりと私の姿を映し出していた。
───そこには、どう見ても4、5歳ほどにしか見えない子供が立っていた。
マヤは混乱しつつも彷徨い歩く。錆びた車、割れた家電、朽ちた家具が不自然に積み上げられ、その隙間から人の気配がする。
「外の人間か」
振り向くと、顔に刺青を入れた男が立っていた。彼の導きで市場へ向かう。そこは想像以上に活気に満ちていた。少なくとも私がいた世界では禁じられている武器、見たこともない薬物らしきものが並んでいる。不思議そうに見ていると男は、全て拾ったものや盗んだ美術品などだ、と言う。
「ここでは全てに価値がある。……お前自身にも」
一体どういうことなのかわからず、マヤは呆然とその男を見つめた。
「ここはどこなの……?」
思っていたよりも掠れた声が出た。なぜ子供の姿になってるのかはよくわからないが、あの嵐に巻き込まれて死んだ私はもしかしたら生まれ変わったのかもしれない。すくなくとも元いた世界とは違うな、とマヤは思った。
「ここは流星街さ。世界中の不要なものが全て捨てられる場所。人も物も、社会のルールさえも捨てられているんだ。わからないのも当然さ、ここは地図にも載っていない。公式には存在しない"幽霊の街"なんだから」
ここは長老たちが支配する世界の裏側。廃棄物の山から立ち上る有毒な煙、盗品を売買する闇市、そして幻影旅団のような"英雄"たちの隠れ家。外の世界が私たちを捨てたように、私たちも外の世界のルールを捨てた。その男はそう続ける。男の言葉を聞きながらマヤは一人考えていた。
流星街……まさか、ここはHUNTER×HUNTERの世界なのか?しかも流星街だって?ここは何でも捨てていい場所。だとすると私がここにいるということの意味、それは……
「私……捨てられたの?」
世界に捨てられた?
世界は、誰にでも平等ではなかったのか。マヤの心を絶望が占めていく。こんな腐敗臭の充満する場所に一人置いてかれて、しかもこんな年端のいかない子供の姿で。どう生きていけというのか。
「……そういう事になるな。見たところ君は3、5歳ほどで捨てられたんだろう。だが迷い込んだのなら気をつけた方がいい。ここでは命さえ簡単に奪われる。でも不思議と、人間の本質が最も鮮明に見える場所でもあるんだ。皮肉だろ? 人間が捨てた場所で、最も人間らしさが感じられるなんて」
その男がそう言うのなら間違いはないのだろう。私はこの世界に新しい命として誕生し、そして、捨てられたのか。そう考えると捨てたのは世界ではなくて、この世界での私の両親ということになるのだろうか。幼少期をこの世界で過ごした記憶もなければこの世界での両親の記憶もないけれど。
「さあ、どうする? 帰りたい? それとも...…もう少し深く潜ってみる? 全ては君次第だ」
帰る……。
ドコに……?
「帰らない……。ここに捨てられたなら、ここで生きてやる。そして、誰よりも強くなってやる……」
帰る場所なんてない。元より、あの世界に私の居場所なんてなかった……。それにこの世界でも同じことだ。私をここに捨てていった両親の元になど戻りたくもないし、戻ったってしょうがないだろう。
───この世界でも、私は必要とされてないのだから。
夕暮れの光が廃棄物の山を赤く染める中、マヤの決意に満ちた表情が浮かび上がる。周囲の住民たちは新参者を値踏みするように冷たい視線を投げかけるが、その目に恐れはない。
「その目、気に入ったよ。流星街で生き残るには、その怒りと決意が必要だ。この街は弱者を食い尽くすけど、強い意志を持つ者には新しい命を与える場所でもある」
風が運ぶ金属の軋む音と共に、遠くからは子供たちの笑い声も聞こえる。この地獄のような場所にも、確かに生きる喜びがある。
「でも覚えておいて。ここでの"強さ"は単なる暴力じゃない。生き抜く知恵と、仲間を選ぶ目利きさ。一人では誰も生き残れない」
マヤの肩に優しく手が置かれる。
「俺はクロロ。ここでチームを作り、リーダーをしているんだ。……ご察しの通り、俺達が幻影旅団だ。君も俺達と共に来い」
この人が幻影旅団のリーダー。幻影旅団が何かはわからない。でも何もわからない、ここでの生き方もわからない、そんな私に一筋の光が差し込んだような気がして私はその手を取った。
「私は……マヤ。ここでの生きる術を教えて欲しい。私にできることは、何でもする……」
これが、唯一私が生き残る手がかりなんだ。置いていかれないためにも、見捨てられないためにも、必死についていこう。マヤは決意と共に告げた。
夕日が沈み始め、廃棄物の山々が長い影を落とす中、クロロと名乗る男はマヤを小さな掘っ立て小屋へと導いた。壁には様々な武器と、流星街の手書きの地図が貼られている。
「さあ、まずは基本を教えよう。まず覚えるべきは三つの掟だ。一つ、決して一人で行動するな。二つ、見たものすべてを信じるな。三つ、恩義と復讐は必ず果たせ。これが流星街の生存の要だ」
クロロは古びた木箱から小さなナイフを取り出し、マヤに手渡した。刃には不思議な模様が刻まれている。
「最初にすべきことは、自分の居場所を作ることだ。明日から廃品回収の一員として働け。価値あるものを見分ける目を養うんだ。それがここでの通貨になる」
外では若者たちが集まり始め、鍋を囲んで何かを分け合っている。彼らの笑顔には、どこか純粋な喜びがある。
「マチという少女を知っているか? 彼女もお前と同じだった。今じゃ東区域の物々交換市場を仕切るほどになった。彼女の下で働けば、多くを学べるだろう」
「わかった……。しっかり覚えておく」
マヤは小さな手でしっかりとナイフを握りしめる。
「ありがとう。今日は夜も遅いしこのまま眠ることにする。明日からは廃品回収の手伝いでも何でもする。おやすみなさい……クロロ」
そうしてその日は掘っ立て小屋の布団で眠りについた。眠れる気はしなかったが、思ったよりも今日の出来事に疲弊していたのかすんなりと眠りに就くことができた。
夜明け前、マヤが目を覚ますと、小屋の隅に粗末な手袋と鉄製のフックが置かれていた。外では既に多くの住民が活動を始めている。廃品回収隊の集合場所へ向かう途中、様々な年齢の人々が古びた車や壊れた機械を解体する姿が見える。
「おはよう、新参者。あんたが長老の紹介した子か。あたしがマチだ」
声の主は予想より若く、十代そこそこの女性だった。顔には細い傷跡があるが、目は鋭く、流星街で生き抜いてきた強さを感じさせる。
「廃品回収は命懸けの仕事。価値あるものを見つける目と、危険を察知する勘が命取りになる。今日はあたしにくっついてきな」
二人は巨大な廃棄場へと向かった。そこは新しく投棄された物資が山積みになっている。マチは素早く動き、瞬時に有用な部品を見分けている。
「ほら、これ見て。表面は錆びてるけど、中身の回路は使える。こういう宝の見分け方が流星街の第一歩。誰かが捨てたものが、あたしたちの命綱になる」
「たしかに、中身は無事みたい。それにこっちの鉄は溶接して磨けば武器にもなりそう。私、金属の加工の心得があるの」
派遣社員として、使い捨て社員としてあちこちを転々としてきた経験がここで活かせるとは思わなかった。そう思うとあの日々も決して無駄ではなかったんだと思える。マチの目が輝いた。彼女はマヤの小さな手から鉄の破片を取り、光にかざして確認する。
「金属加工ができるのか? それは貴重な技術だ。流星街では自分の技術が最大の武器になる。溶接工は特に重宝されるぞ」
マチはそう言ってマヤの肩をポンと叩いた。頼もしい仲間ができたな、と言うマチの言葉にマヤはこみ上げるものを感じて目を潤ませた。二人は廃棄場の奥へと進み、マチは周囲を警戒しながら大きな金属板をどかした。その下には小さな隠し穴があり、工具が収められていた。
「ここが私の秘密の作業場。みんな自分の隠し場所を持ってる。誰にも見られずに働くためにね。今日からあんたにも教えるよ」
マチはマヤに古い溶接機を手渡した。その瞬間、遠くで金属の崩れる音が響く。二人は素早く身を隠した。
「静かに。ここには私たちだけじゃない。時々、ガスマスクを身に着けたやつが物資を探しに来るんだ。奴らとは関わらないほうがいい。ここでは゛うばうもの゛と呼ばれる我々の敵だ。邪魔するものは容赦なく排除する。生き残るためには、見えないものを感じる感覚が必要だ」
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彼女は旅に出る。/AQUALOVERS