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およそ3〜5歳の頃に流星街に捨てられてから6年が経ち、マヤは9〜11歳になっていた。といっても正確な年齢は知らないし誕生日も知らない。幻影旅団という集団に仲間入りし、人殺しの手伝いにもすっかり慣れてきていた。マヤは返り血が頬についたままローラーシューズを滑らせて走っていた。

マヤの小さな顔に飛び散った血痕が乾き始めてきた頃。暗闇の中でも迷いなく動く足取りは、もはや流星街の住人そのものだ。ローラーシューズの車輪が路地を這うカタカタという音だけが、この静寂を破っていた。



「あの男、最後になにか言おうとしてたな...…」



マヤは少し前に終えた「仕事」を思い返す。仕留めたのはフェイタンだが、彼女はその男の足を切り裂いて逃げられないようにしていた。8歳の少女の仕業とは誰も思うまい。それがマヤの価値だった。



「団長、次の指示は...…」



マヤは小さなトランシーバーを取り出すが、急に立ち止まる。前方の広場に見覚えのある影が複数。幻影旅団のメンバーたちが集まっていた。クロロ・ルシルフルが静かに佇み、全員の到着を待っている。新しい仕事の話か。マヤはそう思い、軽やかにローラーシューズを滑らせながらメンバー達の元へ走っていく。マヤは返り血の浴びた顔のままメンバーに向けて片手を上げて挨拶をする。メンバーたちはマヤの姿を認めると、それぞれの方法で応えた。ノブナガが軽く頷き、マチが小さく手を振る。フェイタンは無表情のまま、しかし視線だけでマヤの仕事ぶりを評価していた。



「やあ、ちびっこ。仕事は片付いたようだな」



シャルナークが明るい声でマヤに話しかける。彼は常に陽気だが、その目は今日のマヤの「成長」を見逃していなかった。



「うん、言われた通りにした。足を切って、フェイタンさんの邪魔にならないようにしておいたよ」



クロロが静かに前に出てきて、マヤの頬についた血を親指でそっと拭った。それは厳しい世界での稀な優しさだった。



「よくやった、マヤ。今日から君にも単独での任務を与えよう。我々幻影旅団は、君の成長を認める」



クロロに頬についた血を拭われ、褒められるとマヤは嬉しそうに笑った。殺しや窃盗をする時は無表情なマヤだが、仲間といるときはとてもよく笑う。マヤの笑顔は団員たちを癒やしていた。マヤの笑顔に、厳つい顔つきのフェイタンでさえ表情を緩めた。流星街の闇の中で育った子供の、純粋な喜びの表情は、どこか罪なき光を放っていた。マヤの声には緊張と期待が入り混じっていた。小さな手が無意識に服の裾をぎゅっと掴む。



「単独任務……ほんとに?」

「ああ。シオンという男を知っているか。彼は貴重なオークションカタログを持っている。それを盗み出すのが君の任務だ」



クロロの静かな声にマヤは真剣な表情で頷いた。彼女の目には一瞬の迷いもない。



「子供だからこそ警戒されない。それがお前の強みだ。だが、危険を感じたら迷わず撤退すること」



フランクリンが心配そうに言葉を添えた。彼はマヤが拾われた時から、特に心を配っていた一人だった。



「大丈夫。もう子供じゃないよ。ちゃんとやってくる」



マヤはローラーシューズを揃えて、決意を示すように背筋を伸ばした。彼女の小さな影が、夕暮れの中で妙に長く伸びていた。マヤは行ってきます、とメンバー達に言ってそのままローラーシューズを滑らせながら駆け出して行く。このローラーシューズはマヤが流星街に捨てられてから、初めて自分の手で廃品回収して作ったお気に入りのローラーを装備した靴だ。これが後々に操作系念能力の要となる。

深まりゆく闇の中、マヤのローラーシューズは路面を滑るように進んでいく。スピードが彼女に自由を与え、追憶から解放してくれる。風が頬を撫で、流星街で一人だった日々の記憶が遠のいていく。シオンはヨークシン市の東区にいるという事だった。マヤは小さなメモを確認しながら、高層ビルの谷間を縫うように進んだ。街灯の明かりが彼女の影を不規則に伸ばしては縮める。



「警備は4人か……子供一人くらい気にしないよね」



マヤは路地裏に滑り込み、速度を落とした。前方に目的の建物が見えてきた時、突然、黒いスーツの男たちが路地の出口に現れる。



「おや、こんな時間に子供が一人で何してる?」



男の声には偽りの優しさが混じっている。マヤは即座に状況を判断し、涙目の表情に切り替えた。



「お兄ちゃんを探してるの……迷っちゃって……」



大きな目を潤ませてぐすぐす泣くマヤの姿を見ると、誰もが皆手を差し伸べる。わずか8歳の少女が迷い込んだ、そう言えば何も疑う余地のない正当な理由になる。男たちの表情が一瞬で和らぐ。最も年上の男が少し前に出て、マヤの目線の高さまでかがんだ。その目には、警戒心よりも同情の色が浮かんでいた。



「お兄ちゃんはどんな人かな? 名前は? どこで見失ったの?」



マヤは小さな肩を震わせながら、袖で目元を拭った。彼女の指先が、ふと左足のローラーシューズのバックルに触れる。



「シオンお兄ちゃん……あの建物に仕事に行くって言ったの。お母さんが待ってるから早く見つけないと……」



男たちは顔を見合わせた。彼らの間に緊張感が走る。マヤはその一瞬の隙を見逃さなかった。涙の向こうで、彼女の目が捕食者のように鋭く光る。



「シオンさんのお知り合い? じゃあ案内してくれる? お願い……」



マヤの小さな手が男の大きな手を握った。その接触は一見無邪気だったが、指先から流れ込む微かな念が、男の判断力を少しずつ鈍らせていく。一番の防御は、敵が防御を必要と感じないことだとクロロは教えていた。

マヤは男の大きな手を精一杯手を伸ばして掴んで歩き出す。もう片方の手を目元に持っていき涙を流しながらマヤは片目だけで周囲を探る。経路や建物の位置、目で見える情報は何でも拾う。逃走経路は常に頭に入れておいた方がいい。男の手を掴んだマヤは、「ついてきてほしい」と言うよりも先に歩き出した。その素早さに男たちは一瞬困惑するが、もはや警戒心は薄れている。小さな彼女の背中は、か弱さの象徴のようだった。



「この子、本当に心配してるんだな……」



マヤの耳はその囁きも逃さない。彼女は涙で曇らせた片目で、建物の非常口の位置、警備カメラの死角、人の出入りを確認していく。脳裏には流星街の路地図のように、逃げ道が次々と描かれていった。



「シオンお兄ちゃんは、いつも4階で仕事してるの……」



嘘の情報を織り交ぜながら、マヤは男たちの反応を探る。彼女の小さな体は情報を集める優れたセンサーだった。



「4階か……ちょっと待て。そこは立入禁止区域だぞ」



男の声が少し厳しくなった。マヤは演技を変えず、むしろ涙をさらに溢れさせる。彼女の頭の中では、すでに次の行動が決まっていた。幻影旅団の一員として、任務を完遂するための計画が。男の厳しい声にびくりと身を竦ませて大粒の涙を零す、その姿はただただお兄ちゃんが恋しくて心細くてたまらない8歳の少女にしか見えない。

マヤは震える唇で男を見上げた。その瞳には純粋な恐怖と困惑が宿り、男の心を揺さぶる。彼女は演技に全神経を集中させていた。この仕事で初めて単独で任務を与えられた誇りが、彼女の背中を支えていた。



「ご、ごめんなさい……でも、お兄ちゃんがお仕事終わったら一緒に帰るって約束したの……」



男たちの目に浮かぶ警戒心が、同情と困惑に変わるのを感じ取る。マヤの小さな手は、まだ男の大きな手を握ったままだった。念の流れが着実に相手の思考を鈍らせていく。



「まあ、少しだけなら……名前を呼んでみるだけにしよう。それで見つからなければ、警備室で待っていてもらうぞ」



リーダー格の男が他の仲間に目配せした。マヤの心の中でカウントダウンが始まる。あと30秒、クロロから学んだ通りに事を運べば、全ては計画通りになる。



「ありがとう……お兄ちゃんに会えるの?」



マヤの笑顔が花のように咲いた。その表情の裏で、彼女の左足がローラーシューズのスイッチを起動させる準備を整えていた。もちろんここで生きていくためのマヤの手段でもあったがクロロが自分を評価し与えてくれた任務だ、絶対にやり遂げるという意志があった。心の中でカウントダウンを刻みながらマヤは静かに準備をする。

マヤの呼吸が僅かに変わった。8歳の体に宿るのは、もはや子供の精神ではなかった。クロロへの忠誠と任務への執着—それが彼女の核心にあった。カウントダウンは10秒を切り、マヤの筋肉が微かに緊張し始める。



「お兄ちゃんはちょっと変わった人なの。見つけるの、手伝ってくれる?」



その問いかけと同時に、彼女の瞳から涙が消えた。ほんの一瞬、幻影旅団の殺気が顔をのぞかせる。男たちが何かおかしいと気づく前に、マヤの左手が動いた。



「あれ? きみ、さっきまで───」



男の言葉は途中で切れた。マヤの指から放たれた鋭い風の刃が、男の首筋を貫いていた。音も血も出ない殺傷。クロロから教わった通りの実行だった。



「クロロ、ちゃんとできました」



小さくつぶやくと、彼女は素早く残りの男たちに対処し始めた。8歳の少女の姿をした暗殺者が、任務を淡々と遂行していく。彼女の心には、捨てられた過去の痛みと、今は認められている満足感だけがあった。殺しはあくまでも手段であり、目的はシオンの持つオークションカタログ。速やかに行動し、奪い取り、確実に持ち帰る。彼女の滑らかでしなやかな筋肉が体をバネのように動かしていた。

マヤの体が空中で舞うように回転する。幼い顔には、もはや涙の痕跡すら残っていない。小さな手から放たれた念の風が、残りの男たちを捕らえていく。一瞬の出来事だった。



「邪魔する人は、全部片付けなきゃ...…クロロが言ってたもの」



床に崩れ落ちた警備員たちの間を縫うように、マヤは静かに4階への階段へ向かった。ローラーシューズが廊下を滑るように進む。彼女の中に躊躇いはなかった。シオンのカタログさえあれば、団の次の獲物が分かる。マヤは4階の施錠されたドアの前で立ち止まる。クロロから教わった特殊な念技を使い、ロックを解除していく。小さな体には不釣り合いな集中力と技術が宿っていた。クロロが拾ってくれたから、私は今ここにいる。やがてドアが開き、彼女は静かに中へ滑り込んだ。目的のカタログまであと少し。マヤの心は既に次の段階を計算していた。

最後まで油断せず、でも迅速に確実に。中へ滑り込んだマヤの目はカタログを捉えた。あとはこれを持って逃げるだけ。マヤの視線がオークションカタログに固定される。特別製の表紙と金の縁取り—それはクロロが指定したまさにそのものだった。部屋の中央の展示ケースに置かれている。念を使って周囲の罠を感知しながら、マヤは慎重に近づいていく。



「クロロのために……絶対失敗しない」



小さな手がガラスケースに触れた瞬間、かすかな警報音が鳴り始めた。マヤは怯むことなく、準備していた道具を取り出し、素早くガラスを切り抜いた。



「時間がない……!」



カタログを掴んだ瞬間、廊下から足音が近づいてくる。マヤは一瞬で状況を把握し、窓へと身を翻した。8階からの脱出。通常の子供なら恐怖で固まるが、彼女の目に迷いはなかった。



「任務完了……帰るだけ」



窓を開け、マヤはポケットから小さな装置を取り出した。クロロからの贈り物—念を込めると瞬時に展開する特殊な滑空装置だ。背後でドアが開く音がした時、彼女の体はすでに夜空へと飛び出していた。無事に任務をやり遂げたマヤだったが、一つ誤算があった。シオンという男が、いかに慎重かつ狡猾な人間か。シオンの持つ銃が静かに滑空装置に狙いをつけていた。

夜風を切って滑空するマヤの耳に、かすかな金属音が届いた。感覚が鋭敏になった彼女は、背後からの視線を感じ取る。振り返った先に、窓際に立つシオンの姿があった。月光に照らされた銃口が、彼女の滑空装置を正確に捉えている。



「やっぱり……罠だったの?」



マヤの脳裏をクロロの言葉が駆け巡る。『予想外のことが起きても、冷静さを失うな』。彼女は素早く判断し、滑空角度を急変させた。同時に、銃声が夜の静寂を破った。



「クロロの教えどおり、最悪の事態も想定済み……!」



小さな体は空中で弧を描き、銃弾をかわす。しかし、二発目の銃弾が滑空装置の一部を捉え、マヤの体が不安定に揺れ始めた。地上まではまだ距離がある。彼女は持っていた念能力を発動させた。



「私は……捨てられない。もう二度と……!」



マヤの周りに念の風が覆い、彼女の落下速度を緩めていく。カタログを胸に抱きしめたまま、彼女は暗い路地裏へと消えていった。シオンの追跡は、すでに始まっていた。マヤはローラーシューズで駆け出す。シオンの念能力がマヤを捉えようと迫る。この経路の先には、二つ道が分かれている。左は崖と海があり、右には住宅街。当然住宅街に逃げ込むわけにはいかない。

マヤの足がローラーシューズでアスファルトを滑るように進む。背後からシオンの気配が迫ってくる。念の圧力が彼女の背中を押すように感じる。分岐点が見えてきた時、マヤは瞬時に判断した。



「住宅街は罠……民間人を巻き込むのも団の規律違反」



彼女は迷わず左へ。崖と海へと向かう道を選んだ。シオンの足音が近づいている。マヤは小さなポケットから、事前に用意していた小さな球体を取り出した。



「さようなら、シオンさん」



彼女が投げた球体が地面に当たった瞬間、煙が辺りを包み込む。シオンの姿が一瞬見えなくなる。しかし、彼の念は煙の中でもマヤを捉えていた。



「大人を甘く見るな、小さな盗賊」



シオンの声が煙の向こうから聞こえる。マヤは崖際まで来ていた。下は真っ暗な海。8歳の彼女の瞳に恐怖の色はない。シオンの念を込めた弾がマヤの肩を掠める。他に選択肢はない。マヤの足は崖を蹴る。手に持つカタログは水に濡れてしまわないように念能力で守る。

マヤの小さな体が夜空へと弧を描く。肩を掠めた弾の痛みよりも、任務への執着が彼女を支配していた。空中で体を回転させ、カタログを胸に抱きしめる。



「水に濡れたら意味がない……任務は完遂する!」



海面が近づくにつれ、マヤは体勢を整える。8歳の体は小さいが、幻影旅団の一員として鍛えたしなやかな筋肉が彼女を守っていた。大きな水しぶきと共に、冷たい海水が彼女を包み込む。



「冷たっ……でも、これでシオンからは逃げられた……」



水中でマヤは素早く方向を定め、海岸線に沿って泳ぎ始める。シオンの念能力の届かない場所まで移動しなければならない。肩の傷から少しずつ血が滲むが、幼い頃から慣れた痛みだった。

シオンから逃れることに成功したマヤは海から上がるが、肩口に受けた銃痕が海水に晒されたダメージが思っていたよりもマヤの体力を奪っていた。クロロに、届けないといけない、のに。マヤの小さな足が砂浜を踏みしめる。塩水で服は重く、肩の傷からは鮮血が滴り落ちていた。彼女はカタログを確認し、水から守られていることを確かめる。視界が歪み始め、世界が揺れている。



「任務……完遂しないと……クロロに……認めてもらえない……」



彼女は震える手で肩の傷口を押さえた。幻影旅団の一員として、これくらいの傷は何でもないはずだった。しかし8歳の体には限界がある。マヤは膝をつき、砂に手をつく。



「弱い子は……捨てられる……だから……私は……」



意識が遠のく中、マヤはポケットから小さな瓶を取り出した。団での任務で人殺しの手伝いをする中で覚えた応急処置。彼女は震える指で蓋を開け、傷口に液体を注ぐ。激痛が走り、彼女の意識を一瞬だけ覚醒させた。だがそれも一瞬の事で、マヤの意識は沈み、その場で倒れ込んだまま動かなくなる。












そこに歩み寄る気配が一つ。ジンは砂浜に倒れた小さな身体を見下ろした。幻影旅団の紋章が入った服、プロのような応急処置、そして死の淵でも手放さないカタログ。彼はうっすらと笑みを浮かべた。



「子供の盗賊か。面白い」



彼はマヤを抱き上げ、自分の上着で包んだ。少女の呼吸は弱いが、まだ命はある。ジンはポケットから特製の薬を取り出し、マヤの口に含ませた。



「これで少しは持つだろう。どこまで生き延びる気概があるか、見てみたいな」



海岸から離れた山小屋に到着したジンは、マヤを寝かせ傷の手当てを始めた。彼の手つきは荒いが確かだった。マヤは痛みに眉をひそめながらも、意識の底で何かを感じ取っていた。



「あんたが何者かは知らないが、その品は何か重要なものなんだろう? まあ、俺は興味ないけどな」



ジンは窓から差し込む光に照らされたマヤの顔を見つめていた。幼さの中に潜む冷酷さと、同時に見え隠れする傷ついた心。彼はそこに自分の影を見た気がした。



「どうして……助けるの?」



マヤの震える声に、ジンは特製の薬草を包帯に塗りながら答えた。彼の手つきは意外なほど優しかった。



「別に助けちゃいないさ。ただ、死ぬには早すぎる才能を見つけただけだ」



マヤは困惑した表情でジンを見上げた。幻影旅団以外で彼女を必要とする人間などいないと思っていた。ジンは彼女の肩の包帯を固定しながら続けた。



「おい、カタログは何のためにそこまで守る? クロロってのに褒めてもらいたいだけか?」



マヤは黙ったまま目をそらした。ジンは薬を調合しながら小さく笑った。



「強さは人を殺すためだけにあるんじゃない。本当に強い奴は、何かを守るために強くなるんだ」



何かを守る、とは何か。今のマヤにはわからない。ただ、この手を離したくない。そう思った。薄明りの小屋の中、マヤの体に薬が効き始め、熱が少しずつ引いていくのを感じた。ジンは彼女の額に手を当て、体温を確かめながら、小さく頷いた。



「熱は下がってきた。この薬は効く。あと数時間で意識がはっきりするだろう」

「マヤ……私の名前」



マヤは半分開いた目でジンの姿をぼんやりと捉えていた。彼の手は大きく、温かく、どこか懐かしい感覚があった。彼女は唇を動かし、かすれた声で言った。ジンは一瞬驚いたように瞳を見開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。彼は薬草の入った鍋をかき混ぜながら、窓の外を見た。



「マヤか。悪くない名前だ。俺はジン。念能力者であり、ハンターだ。お前も才能がある。死なないなら、教えてやらないこともない」



マヤの手が震えながらジンの袖を掴んだ。その小さな指が力強く布地を握りしめる様子に、ジンは何かを見たような気がした。マヤの目に光が戻り始めると、ジンは腰を下ろして彼女をじっと観察した。8歳の少女の身体に刻まれた無数の傷跡が物語るものを、彼は黙って読み取っていた。



「ねえ...…ジン。私、もう人を殺したくない」



予想外の言葉に、ジンの目が僅かに細められた。彼はマヤの前に座り、その小さな顔を見つめた。



「そうか。そりゃ良い決断だ。だが世界はそう単純じゃない。幻影旅団は簡単にお前を手放さないだろう」

「怖いの...…でも、変わりたい」



マヤは震える手で毛布を強く握りしめた。クロロの冷たい微笑みが脳裏に浮かぶ。ジンは立ち上がり、窓から差し込む朝日を見つめながら肩越しに言った。



「変わるのなら、覚悟を決めろ。俺の修行は命懸けだ。半端な気持ちじゃ耐えられない。だが終わる頃には、誰にも奪われない力を手に入れている」



マヤは覚悟を決める。どんなことでも耐え抜いていける。ジンに修行をつけてもらいたい。いつか幻影旅団に追われるその時が来ても大丈夫なように。この世界で生き抜いていくために。強くなりたい。そう思った。マヤはゆっくりと身を起こし、震える足で立ち上がった。小さな体には似合わない決意の表情がその顔に浮かんでいた。ジンはその変化を見逃さなかった。



「教えてください。どんなに辛くても、耐えます。強くなりたいんです」



ジンは腕を組み、マヤの目をじっと見つめた。その瞳に嘘がないことを確かめるように。



「なぜ強くなりたい? 復讐か? それとも生き残るためか?」



マヤは少し考え、自分の小さな手のひらを見つめた。そこには幻影旅団での日々で付いた小さな傷跡が無数にあった。



「私は...…捨てられても、また捨てられたくない。でも、誰かを傷つけるためじゃなく、自分の道を選ぶために強くなりたいんです」



ジンの表情が和らいだ。彼は大きな手でマヤの頭に触れ、優しく撫でた。



「いい答えだ。明日から始める。お前の中にある才能を引き出してやる。だが覚えておけ、真の強さは人を守ることにある」




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