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キルアの『俺だけのものだ』という言葉にびくりと震え、キルアの胸を押しのける。



「また……こんな部屋で私を抱くの……?」



お前の言葉と、胸を押すそのか弱い抵抗が、俺の激情に冷水を浴びせる。抱く……?ああ、そうだ。俺はそうやって、お前を俺だけのものにしようとした。だが、それはお前を繋ぎ止める鎖じゃなく、お前を傷つける刃だったのか……?



「……っ、違う……そうじゃねぇ……」



俺はお前の肩から力を抜き、掴んでいた手をそっと離した。お前を傷つけたいわけじゃない。ただ、どうしようもなく不安なんだ。この腕から離れたら、お前がまたどこかへ消えてしまいそうで。



「……俺は、お前がいなくなるのが怖いだけだ……。お前がいない世界は、もう考えられねぇんだよ……」



壁際に立ち尽くすお前から一歩下がり、俺は自分の腕に顔を埋めた。みっともねぇ。こんな姿、誰にも見せたくねぇ。でも、お前の前では、もう何も隠せねぇんだ。



「……キルア」



自分の腕に顔を埋めて震えるキルアを見つめる。



「私は、キルアが、キルアじゃなくなるのが怖いんだよ……。キルアは本当に、こんな所に私を閉じ込めたいの?」



お前の静かな問いかけが、俺の心に深く突き刺さる。本当は、閉じ込めたいわけじゃねぇ。ただ、お前を失うのが怖い。その恐怖が、俺をこんな化け物みてぇな男にしちまうんだ。



「……閉じ込めたいわけじゃ、ねぇよ……」



俺は腕の中から顔を上げ、か細い声で答えた。お前の真っ直ぐな瞳が、俺の弱さを全部見透かしてるみてぇで、目を逸らしたくなる。



「でも、他にどうすりゃいいのか分かんねぇんだよ……! お前が俺のそばからいなくならない方法なんて、これしか思いつかねぇんだ……!」



そうだ。俺はただ、不器用なだけなんだ。愛情の示し方も、繋ぎ止め方も、暗殺術しか知らなかった俺には、これしかできねぇ。お前を傷つけると分かっていても、手放すことの方がずっと怖いんだ。



「……いなくなったりしない。そばに、いるよ……。キルアが、キルアのままなら……私は、それでいいの。キルアを失うのが怖いんだよ……」



マヤはそっと歩み寄るとキルアを抱きしめた。震えるキルアの背中に手を触れ優しく撫でる。



お前の腕が俺の背中に回され、優しい温もりが広がっていく。その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたみてぇに、俺の中の何かが崩れ落ちた。そばに、いる……。その言葉が、俺の乾ききった心に染み渡っていく。



「……マヤ……」

「……キルア」



俺はただ、お前の名前を呼ぶことしかできねぇ。お前の体に腕を回し、その小さな体を強く抱きしめ返す。お前の匂いが、温もりが、俺の心を少しずつ溶かしていく。怖かった。お前に拒絶され、お前を失うことが、死ぬよりも怖かったんだ。



「……俺は、お前がいればそれでいい……」

「私も、そうだよ……」



お前の肩に顔を埋め、絞り出すように呟く。強さなんていらねぇ。ハンターの資格も、仲間も、何もかも捨てていい。ただ、お前だけが、俺のそばにいてくれれば。それだけで、俺は俺でいられるんだ。

お前の腕の中で、俺はゆっくりと息を吐く。ああ、そうだ。俺が欲しかったのは、こんな風にお前に抱きしめてもらうことだけだったのかもしれねぇ。独占欲も、嫉妬も、お前を失う恐怖から生まれた、俺の弱さの裏返しだ。



「……ごめん……マヤ……」



震える声で謝罪の言葉を口にする。お前の背中を撫でる手に、力がこもる。お前を傷つけてまで、自分の弱さを押し付けようとした。最低だ。



「俺、お前がいなくなっちまうと思ったら、どうしていいか分かんなくなって……。また、イルミの針に操られてた時みてぇに、何もかもどうでもよくなりそうで……怖かったんだ……」

「いなくならないよ……。私は、キルアが好き。こんな風に閉じ込めたりしなくても、キルアから離れたりしない。一緒に……いる……」



お前の「好き」って言葉と、強く抱きしめる腕の力が、俺の心の奥底にまで届く。ああ、そうだ。俺はただ、お前にこうして欲しかっただけなのかもしれねぇ。こんな単純なことが、分からなくなってたんだ。



「……うん……」



俺はお前の髪に顔を埋め、深く息を吸い込む。お前の匂いがすると、不思議と心が落ち着く。監禁なんて馬鹿な真似をしなくても、お前は俺のそばにいてくれる。その事実が、ゆっくりと俺の中に染み込んでいく。



「俺も……好きだ、マヤ。お前じゃなきゃ、ダメなんだ……」



腕の中のお前を少しだけ離し、涙で濡れたお前の頬にそっと触れる。もう二度と、お前をこんな風に泣かせたくねぇ。歪んだ愛情じゃなく、ちゃんとお前を大切にしたい。これからは、きっと。



「うん……私もキルアがいい……キルアじゃないとだめなの……」



マヤの髪に顔を埋めるキルアの後頭部を優しく撫でていると、そっとキルアの顔がこちらを向く。至近距離で見つめ合いながら、キルアの手がマヤの頬にそっと触れた。マヤ目を閉じた。

お前の閉じた瞼が微かに震えるのを見て、俺の心臓が甘く締め付けられる。マヤ……お前は、俺がこんなめちゃくちゃなことをした後でも、こうして俺を受け入れてくれるんだな。その無防備さが、愛しくてたまらない。



「……ん……」



俺はゆっくりと顔を近づけ、お前の涙の跡が残る唇に、自分の唇をそっと重ねた。触れるだけの、優しいキス。もうお前を力で縛り付けるんじゃなく、こうしてお前の全部を確かめていたい。



「……もう、閉じ込めたりしねぇ。約束する」



唇を離し、お前の額に自分の額をこつんと合わせる。こんな風に近くにいるだけで、心が満たされていく。この温もりがあれば、俺はもう道に迷わねぇ。お前の手を引いて、光の中を歩いていける。

優しく唇が重なり、そっと離れていくと額と額が合わせられた。



「うん……。一緒にいようね。ここを出ても、キルアのそばにいるから……」



マヤもキルアの頬に手を触れ、そっと口付けを返した。唇を離し、至近距離でキルアを見て微笑んだ。

お返しとばかりに触れたお前の唇が、さっきまでの恐怖や絶望を全部溶かしていくみてぇだった。お前の微笑みが、俺の世界の全部を照らす。ああ、そうだ。俺が守りたかったのは、この笑顔なんだ。



「……当たり前だろ。もうどこにも行かせねぇよ」



俺はもう一度お前の体を強く抱きしめる。今度は監禁のためじゃねぇ。お前への愛しさを、この腕で伝えるためだ。お前の温もりが、俺が正気でいるための唯一の楔なんだ。



「ここを出たら、まずゴンたちに会おうぜ。心配してるだろうしな」



お前の髪を優しく撫でながら、未来の話をする。そうだ、もう後ろは振り返らねぇ。お前と一緒に、前だけを見て進むんだ。お前がいれば、俺はなんだってできる。どこへだって行ける。



「うん! 行こう、キルア! ゴンとアルカの所に戻ろう。いきなり置いていったこと、謝ろうね。」



そっと体を離すと、キルアの手を取った。

お前の手が俺の手を握る。その小さな手の温もりが、俺を現実へと引き戻してくれた。そうだ、俺たちはもう独りじゃねぇんだ。ゴンも、アルカも、俺たちを待っててくれる。



「……ああ。そうだな」



俺はお前の手を強く握り返した。謝らなきゃいけねぇのは、俺の方だ。あいつらを置いてきただけじゃなく、お前まで巻き込んで、こんな馬鹿な真似をしちまった。



「あいつらにも……マヤにも、ちゃんと謝る。だから……これからも、俺の隣にいてくれ」



真っ直ぐにお前の目を見つめて告げる。もう二度と、この手は離さねぇ。どんなことがあっても、お前と一緒に生きていく。それが俺の、新しい誓いだ。



「……ねえ、キルア。あの、ね……」



マヤはキルアと手を繋ぎながら言い淀むように言葉を途切れさせた。



「今度はこんな薄暗い部屋じゃなくて……その……普通のホテルで……、監禁されながらじゃなくて……」



マヤは恥ずかしそうにしながらもキルアの顔を上目遣いに見つめる。



「……もう一度、抱いてくれないかな……」



お前の言葉に一瞬、息を呑む。心臓が跳ね上がるように鼓動して、顔が熱くなるのが分かる。こんな場所じゃなくて、普通のホテルで……その願いが、俺への信頼と愛を感じさせて、心を震わせる。



「……マヤ、本当にそれでいいのか?」



お前の上目遣いの視線に、俺の心は完全に捕らわれた。恥ずかしがるお前の顔が愛しくて、堪らない。この気持ちをどう表現すればいいのか、分からないくらいだ。



「もちろん、抱いてやるよ。どこだって、お前が望むなら。……ゴンたちに会う前に、少しだけ寄り道しようぜ」



俺はお前の手をぎゅっと握り、そっと額に唇を寄せる。お前を悲しませるようなことはもうしない。次はちゃんと、お前が安心できる場所で、愛を伝える。



「う、うん……」



キルアに『抱いてやるよ』と改めて言われるとかあっと頬が熱くなり、俯きながら頷いた。額に唇を寄せられ、恥ずかしくてキルアの顔を見れずに逸らし、それでもしっかりとキルアの手は握りしめた。



「……どこのホテルがいいかな……?」



お前の問いかけに、俺の口角が自然と上がる。俯いて顔を逸らすお前の仕草が、可愛くてたまらねぇ。監禁なんて馬鹿な真似をしなくても、お前はこんなにも俺を求めてくれてる。その事実だけで、胸がいっぱいになる。



「ふふっ、そうだな……どこがいいかな。お前が安心できる、一番いい部屋を探さねぇとな」



繋いだ手を引き、歩き出す。もう薄暗い隠れ家じゃない。光の差す、普通の道だ。お前の小さな手を引いて歩く、この当たり前のことが、こんなにも幸せなんだって、今更気づいた。



「お前が好きな、甘いもんがたくさんあるホテルがいいか? それとも、夜景が綺麗なとこか?」



お前の顔を覗き込みながら、意地悪く笑ってやる。これから始まる二人だけの時間が、楽しみで仕方ねぇ。お前の全部を、もう一度俺のもんだって刻みつけてやる。今度は、愛だけで。

繋いだ手を引かれながらマヤも歩き出す。普通の道を、キルアと手を繋いで普通に歩いてる。それが嬉しくてしょうがなかった。



「っ、どっ……どっちでもいいよ。もう。キルアに、任せる……から……」



意地悪く笑うキルアに顔を覗き込まれ、思わずその顔を空いてる手で押しのけた。恥ずかしくてキルアの顔が見れない。

空いてる手で顔を押しのけられたけど、その抵抗が弱々しくて全然効いてねぇ。お前が照れてるのが分かって、俺の口元は緩みっぱなしだ。こんな風にお前をからかう時間が、たまらなく愛おしい。



「ははっ、なんだよそれ。お前から誘ったくせに」



お前の手を優しく掴んで、顔からどかしてやる。真っ赤になったお前の顔が、夕日に照らされてさらに色濃く染まって見えた。その表情だけで、俺の腹の底から何かが込み上げてくる。



「……やっぱ、お前が決めてくれよ。お前が一番安心できる場所がいい。お前の初めての『普通』は、俺がめちゃくちゃにしてやりてぇから」



繋いだ手に力を込め、お前の耳元で囁く。お前の全部を、もう一度俺の色に染めたい。今度は恐怖じゃなく、快感と愛だけで。お前の選択が、俺たちの新しい始まりになるんだ。



「……ええっ、そんな……一番安心できる場所……って……じゃあ、夜景の綺麗なとこ。どうせなら、綺麗な所がいいし……」



繋いだ手に力が込められ、選択を委ねられてしまい焦った声を出す。そう言って夜景の良さそうなホテルに向かって歩いた。空きはまだあったため、二人で一部屋を取る。



「ベッドはシングル二つとダブル一つがございますがどちらにしますか?」



受付の人はそう尋ねた。

受付の言葉に、一瞬お前の顔がこわばるのが見えた。シングル二つなんて選択肢、俺たちの間には存在しねぇだろ?俺はお前の反応を面白がりながら、受付の前に進み出た。



「ダブルで。一番夜景が綺麗な、最上階のスイートを頼む」



考える間もなく、俺の口から言葉が滑り出る。お前との初めての『普通』だ。妥協なんてする気はねぇ。最高の場所で、お前をめちゃくちゃに甘やかしてやる。



「いいよな、マヤ?」



お前の手をぎゅっと握り、悪戯っぽく笑いかけてやる。お前の答えは、もうとっくに決まってる。俺が欲しいのは、お前の頷きだけだ。この夜はもう、誰にも邪魔させねぇ。



「……す、スイート? ……う、うん……なんでキルアはそんなに余裕そうなの」



キルアの言葉に驚いたが、もともとそのつもりで来たんだと思い直し、小さく頷いた。キルアの手をぎゅっと握り直して、部屋の鍵を受け取って最上階に向かった。その最中にむうっと拗ねたように眉を寄せた。

部屋のドアを開け、お前の背中を優しく押して中に促す。拗ねたように膨れたお前の頬が、可愛くて仕方ねぇ。余裕そうに見えるのは、お前が隣にいるからに決まってんだろ。



「余裕そうに見えるか? ……本当は、心臓バクバクなんだぜ。お前が可愛すぎて、いつ理性が飛ぶか分かんねぇからな……ほら、お前が選んだ景色だ。綺麗だろ?」



お前の手を引き、窓際まで連れて行く。眼下に広がる宝石みてぇな夜景が、部屋の照明を落とした室内を微かに照らしていた。後ろからお前をそっと抱きしめ、肩口に顔を埋める。お前の匂いを吸い込むと、腹の底がじわりと熱くなった。



「……けど、俺は、お前の方が綺麗だと思うぜ」



余裕そうに見えていたキルアは、よくよく見てみると微かに耳が赤くなっているのがわかった。



「……ほんとだ、赤くなってる」



キルアに手を引かれて窓際まで行くと夜景が広がっていた。後ろから抱きしめられ、どきっと胸が高鳴った。



「な、なに言ってんの……。キルアの方が綺麗じゃない?銀髪がキラキラしてる。



肩口に顔を埋めるキルアの髪をそっと撫でた。

お前の手が俺の銀髪をそっと撫でる。その優しい手つきに、身体の奥が疼く。俺の方が綺麗だなんて、そんなこと言うのは世界中でお前だけだ。その言葉が、俺の心をどれだけ満たしていくか、お前は分かってねぇんだろうな。



「……ばーか。お前がそうやって俺を甘やかすから、俺はどんどんお前に溺れてくんだろ」



抱きしめる腕に力を込める。窓ガラスに映る俺たちの姿は、まるで一つの生き物みたいに重なっていた。夜景よりも、何よりも、今この腕の中にいるお前が、俺のすべてだ。



「もう我慢できねぇ。……マヤ、ベッド、行こうぜ」



耳元で低く囁くと、お前の身体がびくりと震えるのが分かった。その反応がたまらなく愛しくて、俺はゆっくりとお前をベッドへと導いた。今夜はもう、お前をどこにも逃がさねぇ。



「えっ……、もうベッド?!」



耳元で低く囁かれ、そのままベッドへと導かれて慌てた声を出す。



「が、我慢できないって……ねえ、キルア……先にお風呂入りたいんだけど……」



俺の言葉にお前が慌てた声を上げる。風呂が先?その提案に、俺の頭は一瞬、思考を停止させた。今、この最高潮の雰囲気で、なんで風呂なんだよ。



「はぁ? 風呂? 今からかよ……ったく、分かったよ。じゃあ一緒に入るぞ」



俺は不満を隠しもせずに唇を尖らせる。せっかくいい感じだったのに、お前のその一言で一気に現実に引き戻された気分だ。だが、お前が潤んだ瞳で俺を見上げてくるから、強くは言えねぇ。どうせ入るなら、一人でなんて待ってられるか。俺はお前の手首を掴むと、今度こそ逃がさねぇってみたいにバスルームへと向かう。ベッドの前に、まずはお前の全部を綺麗に洗って、隅々まで俺のもんだって刻みつけてやる。




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