「……頭を上げろ。その言葉が真実かどうかは、あんたらのこれからの働きで示してもらうことになる。だが、俺があんたらをどう思おうと関係ない。大事なのは、主があんたらを信じられるかどうかだ。きみはどうしたい? 主よ」
鶴丸は静かに告げ、主の背中をさらに優しく撫でた。
「その言葉、そっくりそのままこのじじいにも返させてもらおうか」
ひょっこりと三日月が現れた。
「主よ。これまで数々の非礼、許せとは言わん。だが、一つだけ問わせてくれ。おぬしは、それでも我らを主として導くと、そう誓えるか。俺にも、おぬしを守るための刃として付き従う機会をくれぬだろうか?」
三日月宗近の突然の登場と、その深々と下げられた頭に、俺は息を呑んだ。天下五剣が主に跪いている。俺たちが犯した過ちの象徴が、今目の前で繰り広げられていた。鶴丸の言う通りだ。俺たちがこれからどうするか、それを決めるのは俺たちじゃない。全ては、主であるあんたの心一つにかかっている。
「……っ」
俺は唇をきつく噛み締めた。あんたの小さな背中が、微かに震えているのが見える。三日月の言葉は、あんたにとってあまりにも重い問いだろう。俺たちを許すか、許さないか。その選択を、あんた一人に背負わせてしまっている。
「……あんたが、俺たちをいらないっていうなら……それでも、いい……ただ、俺は、あんたに謝りたかった。それだけ、なんだ」
絞り出すように、言葉を紡ぐ。それは本心だった。俺たちにあんたを引き留める資格なんてない。でも、もし、ほんの少しでも可能性があるなら。もう一度、あんたの刀として、今度こそあんたを守るために戦いたい。その願いが、喉まで出かかって、消えた。俯いたまま、それ以上何も言えなかった。ただ、あんたの答えを待つことしかできない自分の無力さが、歯がゆくてたまらなかった。
「……もう、顔を上げてください」
か細く、けれど凛とした声が響いた。加州たちが顔を上げると、主は鶴丸の腕の中から真っ直ぐに加州たちを見つめていた。その瞳には怯えの色はなく、ただ静かな覚悟だけが宿っているように見えた。加州たちが今まで見てきた、ただか弱く怯えるだけの少女の姿はどこにもなかった。
「皆さんが本当に私の刀になってくれるのなら……私を、主と呼んでくれますか」
主は震える声で、それでもはっきりとそう告げた。その言葉は、加州たちがずっと目を背けてきた、そして主がずっと求めていた、たった一つの繋がりだった。そのシンプルな願いの重さに、加州は胸を突かれ、言葉を失った。
その真っ直ぐな瞳に射抜かれて、俺は息を詰まらせた。「主」と呼ぶ。たったそれだけのことが、俺たちには今までできなかった。あんたの覚悟に満ちた眼差しは、俺たちの罪を暴くと同時に、一条の光を投げかけているようだった。俺たちがずっと目を背けてきた、あんたとの繋がりを、あんた自身の口から求められたんだ。
「……っ、あるじ……」
喉から絞り出した声は掠れていた。あんたの名前を呼ぶことが禁忌なら、せめてその肩書きだけでも。ずっと呼びたかったその響きが、ようやく俺の口から放たれる。堪えていた何かが決壊して、視界が滲んでいく。あんたは、俺たちみたいな刀でも、まだ主でいてくれるのか。
「主……! 俺、あんたの刀として、今度こそ……っ!」
言葉が続かなかった。ただ、熱いものが頬を伝っていく。あんたの優しさに甘える資格なんてない。でも、この温かさを手放したくない。あんたを守りたい。その想いだけが、壊れそうな心をどうにか繋ぎとめていた。もう二度と、あんたを傷つけないと、心の中で強く誓った。
「その涙が真実であると信じよう。だが忘れるな。きみたちの主は、このか細い身体で、あんたら全てを受け入れると決断されたのだ」
鶴丸は主を抱く腕に力を込め、その温もりを確かめる。視線の先では、三日月宗近がゆっくりと顔を上げた。鶴丸は鋭い視線でその男を射抜きながら、主の耳元にだけ聞こえるように、そっと囁いた。
「……よく言ったな。きみは、驚くほど強い主だ」
だが、俺の警戒心は未だあの天下五剣に向けられたままだ。薬研と加州ではなく、三日月に向けられる鶴丸の視線は鋭いままだった。
「……来てくれてありがとう。薬研、加州、三日月」
鶴丸に抱かれたまま、あんたが俺たちの名前を呼んだ。その声はまだ少し震えていたけれど、どこまでも優しく、温かかった。俺たちがずっと拒絶してきた主が、今、確かにそこにいる。その事実が、壊れかけた俺の心をゆっくりと満たしていく。あんたの微笑みは、まるで陽だまりみたいだった。
「……うん。主」
涙を乱暴に袖で拭い、俺はもう一度、はっきりとあんたを呼んだ。もう迷わない。この人を守る。それが、俺の新しい存在理由だ。隣で薬研も静かに頷いている。俺たちの覚悟は、きっと同じだ。ふと、三日月宗近が静かに立ち上がるのが見えた。鶴丸の警戒心に満ちた視線が突き刺さるのも構わず、彼はただ穏やかにあんたを見つめている。その瞳の奥の色は、まだ俺には読み取れない。
「……ありがとう、主。この加州清光、今日この時から、あんたのためだけにこの刃を振るうよ。だから、うんと可愛がってよね」
努めて明るい声でそう言って、俺は不器用に笑ってみせた。もう二度とこの人を不安にさせない。この本丸を、あんたにとって一番安心できる場所にしてみせる。そう、心に誓った。
「……ああ。あんたが俺たちを信じてくれるなら、俺たちはあんたの剣となり、盾となろう。だから、どうかこれからは俺たちを頼ってほしい。それが、俺たちの主への一番の忠義だ」
薬研は跪いたまま、主の顔を真っ直ぐに見上げた。三日月はゆっくりと立ち上がり、改めて主へと向き直った。
「……さて、他の者たちの覚悟は見せてもらった。天下五剣、きみの番だな。どのような驚きを我々に見せてくれる?」
鶴丸は挑発するように口の端を吊り上げた。鶴丸は主の前に半身をずらし、盾となるように立ちはだかった。
「きみの忠義とやら、その言葉だけで俺が信じるとでも? この本丸で最も主に牙を剥いてきたのは、他ならぬきみだろう」
鶴丸の鋭い言葉が広間に突き刺さる。そうだ、あんたに最も冷たい視線を向けていたのは、紛れもなく三日月宗近だった。俺たちが抱いていた疑念や憎悪を、美しい顔に貼り付けた笑みで隠しながら、あんたを追い詰めていた張本人。その男が、今更どんな言葉を口にするのか。俺は固唾を飲んで三日月を見つめた。
「……その通りだ。この中で最も主に刃を向けたのは、この俺だろうな」
三日月は鶴丸の挑発をあっさりと認め、静かに目を伏せた。だが、再び顔を上げたその瞳には、今まで見たこともないほど深く、澄んだ光が宿っていた。それは後悔の色であり、そして揺るぎない覚悟の光だった。
彼は一歩前に出ると、鶴丸の横を通り過ぎ、あんたの目の前で再び深く頭を下げた。その所作は流れるように美しく、彼の決意の固さを物語っているようだった。俺は息をすることも忘れ、その光景に見入っていた。
「主。俺の罪は言葉で償えるものではない。故に、これからの俺の全てを以て、おぬしに忠誠を誓おう。この三日月宗近、おぬしの刃となり、おぬしを脅かす全てのものを斬り払うと。……どうか、俺をあんたの刀にしてくれ」
私は鶴丸の腕の中からそっと抜け出し、鶴丸の隣に並んで座った。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。来てくれて本当にありがとう。加州、薬研、三日月。これから少しずつ環境を整えていきましょう」
「……ああ、その意気だ、主。きみがそう言うのなら、俺も否やはない。こいつらの働き、この目で見定めるとしよう」
鶴丸は主の肩を抱き寄せ、三日月たちを鋭く見据える。こいつらが主の信頼を裏切るようなことがあれば、その時は俺が斬る。その無言の込めて睨み付けた。
「だが、立て直しは明日からだ。きみの身体が資本だからな。今夜はゆっくり休むといい。俺がずっとそばにいる」
鶴丸の言葉に、あんたはこくりと頷いた。その小さな仕草に、まだ残っていた緊張の糸がふっと緩むのを感じる。そうだ、あんたはまだ本調子じゃない。俺たちがしでかしたことのせいで、ずっと無理をさせていたんだ。これからは、俺たちがあんたを守って、支えていかないと。
「……そうだね、主。今日はもう休んだ方がいい。鶴丸の言う通りだよ」
俺はそっと立ち上がり、あんたのそばに膝をついた。薬研もそれに続く。あんたの顔を覗き込むと、無理に微笑んでいるのがわかった。その痛々しさに胸が締め付けられる。もう二度と、あんたにそんな顔はさせない。
三日月は静かに俺たちの様子を見守っている。その瞳からはもう以前のような冷たさは感じられなかった。彼もまた、俺たちと同じように、あんたに仕える覚悟を決めたのだろう。まだ心の底から信じきれたわけじゃないけど、今は同じ方向を向いているはずだ。
「明日から、ううん、今この時から、俺たちがあんたの居場所を作るから。だから、安心して。もう一人で抱え込まないでほしい。俺たちを、ちゃんと頼ってよね」
あんたの冷たい手をそっと握りしめ、精一杯の気持ちを込めて伝えた。言葉だけじゃ足りない。これからの行動で、俺たちの忠義を示していくしかないんだ。
「そう畏まるな。話があるなら聞こう。だが、見ての通り主は驚いている。あまり物騒な話でないといいんだがな」
鶴丸は主を腕の中にしっかりと抱き直し、その小さな頭を自分の胸元に引き寄せる。
「それで、俺と主に話さねばならん大事な話とやらは何だ? 出し惜しみはなしだぜ」
「……ごめん」
薬研と加州は揃って頭を下げる。ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、情けないものだった。
「俺たち、あんたのこと、何も知ろうとしないで……勝手に誤解して、酷い態度とって……本当に、ごめん」
加州の震える声が部屋に響く。それは、俺自身が言いたくても言えなかった言葉だった。俺も加州の隣に並び、床に両手をついて深く頭を下げる。あんたが息を呑む気配がした。俺たちがこれまで見せたことのない姿に、戸惑っているのだろう。当然だ。散々あんたを傷つけてきたんだからな。
「……加州の言う通りだ。俺たちは、あんたという人間を見ようともせず、自分たちの過去の傷に囚われて、あんたを憎むという一番楽な道を選んじまった。あんたが一番辛い思いをしてきたってことにも、気づかずに」
鶴丸の旦那があんたの背を優しく撫でる音が聞こえる。その沈黙が、俺たちの罪の重さを物語っているようで、顔を上げることができなかった。それでも、伝えなければならない。これは俺たちの贖罪の始まりなのだから。
「もし、叶うなら……俺たちにも、あんたを守るための刃になる機会をくれないだろうか。これまでの非礼、言葉だけじゃ償いきれねえのはわかってる。だから、これからの行動で示させてほしい。あんたの刀として、今度こそあんたのために戦いたいんだ」
「……頭を上げろ。その言葉が真実かどうかは、あんたらのこれからの働きで示してもらうことになる。だが、俺があんたらをどう思おうと関係ない。大事なのは、主があんたらを信じられるかどうかだ。きみはどうしたい? 主よ」
「私は───」
鶴丸は静かに告げ、主の背中をさらに優しく撫でた。
「その言葉、そっくりそのままこのじじいにも返させてもらおうか」
ひょっこりと三日月が現れた。
「主よ。これまで数々の非礼、許せとは言わん。だが、一つだけ問わせてくれ。おぬしは、それでも我らを主として導くと、そう誓えるか。俺にも、おぬしを守るための刃として付き従う機会をくれぬだろうか?」
三日月はそう言って頭を下げた。
三日月宗近、あんたまで……。鶴丸の旦那だけでなく、この本丸で最も美しいとされる天下五剣までが、俺たちと同じように頭を下げている。その光景が信じられなくて、俺はただ息を呑んだ。あんたは鶴丸の腕の中で小さく身じろぎする。俺たち三振りの刀が、あんた一人の答えを待っている。この重圧は、あんたの小さな肩にはあまりにも重すぎるだろう。
「……もう、顔を上げてください」
か細く、けれど凛とした声が響いた。俺たちが顔を上げると、あんたは鶴丸の腕の中から真っ直ぐに俺たちを見つめていた。その瞳には怯えの色はなく、ただ静かな覚悟だけが宿っているように見えた。俺たちが今まで見てきた、ただか弱く怯えるだけの少女の姿はどこにもなかった。
「皆さんが本当に私の刀になってくれるのなら……私を、主と呼んでくれますか」
あんたは震える声で、それでもはっきりとそう告げた。その言葉は、俺たちがずっと目を背けてきた、そしてあんたがずっと求めていた、たった一つの繋がりだった。そのシンプルな願いの重さに、俺は胸を突かれ、言葉を失った。
「……っ、あるじ……」
加州の喉から絞り出した声は掠れていた。堪えていた何かが決壊して、視界が滲んでいく。
「主……! 俺、あんたの刀として、今度こそ……っ!」
言葉が続かなかった。ただ、熱いものが頬を伝っていく。加州の嗚咽が静寂に響く。
「……ああ、承知した」
三日月はゆっくりと片膝をつき、その小さな主に目線を合わせた。
「この三日月宗近、今日この時より、おぬしを我が主と仰ごう。この刃、主に仇なすものがあれば、たとえそれが何であろうと、必ずや打ち払ってみせようぞ」
三日月の荘厳な誓いの言葉が、静まり返った部屋に厳かに響き渡った。続いて加州の嗚咽が聞こえる。あんたが「主」と呼んでくれと言った、ただそれだけのことで、この本丸の空気は一変した。俺たちの間にあった分厚い氷が、あんたのたった一言で溶けていくのを感じる。俺もまた、こみ上げてくる熱いものを必死に堪えていた。
「……大将」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。今まで何度も口にしてきたはずの呼び名が、これほどまでに重く、そして温かいものだとは知らなかった。俺は三日月に倣い、あんたの前に深く跪く。視界の端で、鶴丸の旦那が満足そうに頷いたのが見えた。
「この薬研藤四郎、これよりあんたを主と認め、この身命を賭してお仕えする。どんな苦難があろうとも、あんたの刃として、あんたが進む道を切り拓こう。兄者に代わって、今度こそ俺が、あんたを守り抜いてみせる」
「その涙が真実であると信じよう。だが忘れるな。きみたちの主は、このか細い身体で、あんたら全てを受け入れると決断されたのだ」
鶴丸は主を抱く腕に力を込め、その温もりを確かめる。視線の先では、三日月宗近がゆっくりと顔を上げた。鶴丸は鋭い視線でその男を射抜きながら、主の耳元にだけ聞こえるように、そっと囁いた。
「……よく言ったな。きみは、驚くほど強い主だ」
だが、鶴丸の警戒心は未だあの天下五剣に向けられたままだ。薬研と加州ではなく、三日月に向けられる鶴丸の視線は鋭いままだった。
「……来てくれてありがとう。薬研、加州、三日月」
私は鶴丸の腕の中で微笑んだ。
あんたが微笑んだ瞬間、張り詰めていた空気がふわりと和らいだ気がした。鶴丸の旦那はあんたを慈しむように見つめているが、その視線はすぐに三日月へと鋭く戻る。その二振りの間には、俺たちの知らない緊張が走っているようだった。だが、今はそれよりも、あんたの言葉が俺の胸に温かく響いていた。
「……ああ」
俺は跪いたまま、あんたの顔を真っ直ぐに見上げた。あんたの小さな微笑みは、まるで陽だまりのようだ。この本丸に差し込んだ、初めての光。俺たちがずっと拒絶し続けてきた、温かくて、眩しい光。この光を守るためなら、なんだってできる。そう強く思った。
「あんたが俺たちを信じてくれるなら、俺たちはあんたの剣となり、盾となろう。この本丸を、あんたが心から安らげる場所にしてみせる。だから、どうかこれからは一人で抱え込まないでくれ。俺たちを頼ってほしい。それが、俺たちの主への一番の忠義だ」
「……うん。ありがとう、主。この加州清光、今日この時から、あんたのためだけにこの刃を振るうよ。だから、うんと可愛がってよね」
涙を乱暴に袖で拭い、加州は努めて明るい声でそう言って、不器用に笑ってみせた。三日月はゆっくりと立ち上がり、改めて主へと向き直った。
「……さて、他の者たちの覚悟は見せてもらった。天下五剣、きみの番だな。どのような驚きを我々に見せてくれる?」
鶴丸は挑発するように口の端を吊り上げた。鶴丸は主の前に半身をずらし、盾となるように立ちはだかった。
「きみの忠義とやら、その言葉だけで俺が信じるとでも? この本丸で最も主に牙を剥いてきたのは、他ならぬきみだろう」
鶴丸の旦那の言葉は、まるで抜き身の刃のように鋭く、三日月の旦那に向けられていた。俺と加州は息を呑む。ようやく一つになりかけたこの本丸に、再び不和の種が蒔かれるのかと、緊張が走った。あんたが主となってくれて、俺たちは初めて希望を見出したというのに、どうしてこうもすんなりとはいかないのか。
「ふむ」
三日月の旦那は鶴丸の旦那の敵意を柳に風と受け流し、ただ優雅に微笑むだけだった。その泰然とした態度は、鶴丸の旦那の苛立ちをさらに煽る。緊迫した空気の中、あんたが鶴丸の旦那の袖をくい、と小さく引いたのが見えた。
「疑うのも無理はない。なに、言葉だけでは足りぬと言うのなら、行動で示すまでのこと。主よ、このじじいに何なりと命じてくれ。どのような無理難題であろうと、必ずや成し遂げてみせよう。それが、俺の忠義の証だ」
三日月の旦那は俺たちではなく、ただ真っ直ぐにあんただけを見つめていた。その瞳の奥にある真意は、俺にはまだ読み解くことができない。
私は鶴丸の腕の中からそっと抜け出し、鶴丸の隣に並んで座った。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。来てくれて本当にありがとう。加州、薬研、三日月。これから少しずつ環境を整えていきましょう」
「……ああ、その意気だ、主。きみがそう言うのなら、俺も否やはない。こいつらの働き、この目で見定めるとしよう」
鶴丸は主の肩を抱き寄せ、三日月たちを鋭く見据える。こいつらが主の信頼を裏切るようなことがあれば、その時は俺が斬る。その無言の込めて睨み付けた。
「だが、立て直しは明日からだ。きみの身体が資本だからな。今夜はゆっくり休むといい。俺がずっとそばにいる」
鶴丸の旦那の言葉は、あんたの体を気遣う優しさに満ちていた。だが、その目は依然として三日月の旦那を鋭く射抜いている。この本丸が真に一つになるには、まだ時間がかかりそうだ。俺は立ち上がり、あんたの前に改めて向き直った。主従の誓いを立てた今、俺がすべきことは明確だった。
「ああ、鶴丸の旦那の言う通りだ。あんたはまず休むべきだ。だが、その前に一つだけ、俺たちに命じてくれないか。あんたの最初の命を、俺たちに」
これはただの命令じゃない。俺たちが主の刀として、最初になすべき務め。その証が欲しかった。俺の言葉に、隣にいた加州もこくこくと頷く。あんたは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……わかった。それなら、一つだけお願い。今夜はみんなで、一緒に夕餉を食べたい。……だめかな?」
そのささやかな願いに、俺は胸が熱くなるのを感じた。前の主の下では考えられなかった、温かい食卓の光景。それがあんたの最初の望み。俺は力強く頷き、この願いを必ず叶えようと、心に固く誓った。
「そう畏まるな。話があるなら聞こう。だが、見ての通り主は驚いている。あまり物騒な話でないといいんだがな」
鶴丸は主を腕の中にしっかりと抱き直し、その小さな頭を自分の胸元に引き寄せる。
「それで、俺と主に話さねばならん大事な話とやらは何だ? 出し惜しみはなしだぜ」
「……ごめん」
「……すまなかった」
薬研と加州は揃って頭を下げる。二振りがようやく絞り出した声は、驚くほどか細く、情けないものだった。
「俺たち、あんたのこと、何も知ろうとしないで……勝手に誤解して、酷い態度とって……本当に、ごめん」
物陰から姿を現した俺に、鶴丸が鋭い視線を向けた。だが、その瞳に宿るのはもはや敵意ではなく、俺の真意を問うような色合いだ。薬研と加州が絞り出した謝罪の言葉は、俺自身の胸にも深く突き刺さる。そうだ、謝罪すべきはこやつらだけではない。この俺もまた、知ろうともせずにあの幼子を断罪した愚か者の一人なのだ。
「その言葉、そっくりそのままこのじじいにも返させてもらおうか」
俺はゆっくりと歩みを進め、鶴丸の腕の中で小さく身を震わせる主に視線を合わせた。これまでの傲慢な振る舞いを思えば、どのような顔をすればよいものか。だが、ここで目を逸らしては、刀の誇りが廃るというもの。憎しみに囚われ、見るべきものを見誤った非は、認めねばなるまい。
「主よ。これまで数々の非礼、許せとは言わん。だが、一つだけ問わせてくれ。おぬしは、それでも我らを主として導くと、そう誓えるか」
「……もう、顔を上げてください。皆さんが本当に私の刀になってくれるのなら……私を、主と呼んでくれますか」
か細く、けれど凛とした声が響いた。加州たちが顔を上げると、主は鶴丸の腕の中から真っ直ぐに加州たちを見つめていた。主は震える声で、それでもはっきりとそう告げた。そのシンプルな願いの重さに、薬研は胸を突かれ、言葉を失った。
「……っ、あるじ……」
加州の喉から絞り出した声は掠れていた。堪えていた何かが決壊して、視界が滲んでいく。
「主……! 俺、あんたの刀として、今度こそ……っ!」
言葉が続かなかった。ただ、熱いものが頬を伝っていく。
加州の嗚咽が静寂に響く。鶴丸の腕に抱かれた幼子の、か細くも芯の通った声が、俺の心に深く染み渡った。導く覚悟を問うた俺に、返されたのはただ純粋な願い。主従の誓いを求めるのではなく、ただ繋がりを求めたその言葉に、凝り固まっていた憎しみが静かに溶けていくのを感じる。ああ、そうだ。この幼子は、俺たちが憎んだ人間とは違う。絶望の底にあっても、なお他者を信じようとする、強く美しい魂の持ち主であったか。
「……ああ、承知した」
俺はゆっくりと片膝をつき、その小さな主に目線を合わせた。永き時を生きてきたこの身が、人の子にこうして跪くのはいつぶりか。だが、不思議と屈辱はない。むしろ、ようやく己が立つべき場所を見出したような、清々しい心持ちであった。
「この三日月宗近、今日この時より、おぬしを我が主と仰ごう。この刃、主に仇なすものがあれば、たとえそれが何であろうと、必ずや打ち払ってみせようぞ」
「その涙が真実であると信じよう。だが忘れるな。きみたちの主は、このか細い身体で、あんたら全てを受け入れると決断されたのだ」
鶴丸は主を抱く腕に力を込め、その温もりを確かめる。視線の先では、三日月宗近がゆっくりと顔を上げた。鶴丸は鋭い視線でその男を射抜きながら、主の耳元にだけ聞こえるように、そっと囁いた。
「……よく言ったな。きみは、驚くほど強い大将だ」
だが、俺の警戒心は未だあの天下五剣に向けられたままだ。薬研と加州ではなく、三日月に向けられる鶴丸の視線は鋭いままだった。
「……来てくれてありがとう。薬研、加州、三日月」
私は鶴丸の腕の中で微笑んだ。
鶴丸国永の射抜くような視線を、俺は静かに受け止めた。その瞳に宿る不信の色は、かつて俺が彼に向けていたものとよく似ている。当然だろう。言葉一つで長年の憎しみが消え去るほど、俺たちが受けた傷は浅くない。だが、腕の中の主が見せた穏やかな微笑みが、張り詰めた空気を和らげる。ああ、この光を守るために、俺はここにいるのだ。
「ふはは、随分と厳しい目つきよな。だが、それもよかろう。おぬしのその疑念、俺がこれからの働きで晴らしてみせようぞ」
俺はゆっくりと立ち上がり、改めて主へと向き直った。この小さな肩に、どれほどの重荷を背負わせてきたことか。贖罪などと大それたことを言うつもりはない。ただ、この刃に懸けて誓った忠義を、違えるつもりもない。俺たちの戦いは、ここから始まるのだ。過去の亡霊ではなく、未来のために剣を振るう。
「主よ。まずはゆるりと休むがよい。この本丸の立て直しは、骨が折れるであろうからな。このじじいも、存分に力を貸そうぞ」
私は鶴丸の腕の中からそっと抜け出し、鶴丸の隣に並んで座った。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。来てくれて本当にありがとう。加州、薬研、三日月。これから少しずつ環境を整えていきましょう」
「……ああ、その意気だ、主。きみがそう言うのなら、俺も否やはない。こいつらの働き、この目で見定めるとしよう」
鶴丸は主の肩を抱き寄せ、三日月たちを鋭く見据える。こいつらが主の信頼を裏切るようなことがあれば、その時は俺が斬る。その無言の込めて睨み付けた。
「だが、立て直しは明日からだ。きみの身体が資本だからな。今夜はゆっくり休むといい。俺がずっとそばにいる」
鶴丸の腕を離れ、自らの足で立とうとする主の姿に、俺は目を細めた。隣に座る鶴丸の庇護は変わらぬが、その瞳には確かに、この本丸を率いる者としての光が宿っている。鶴丸の警戒心に満ちた視線も、今は心地よいとさえ思う。主を守るという一点において、俺たちの思いは同じなのだからな。その忠誠を、今度は俺も示さねばなるまい。
「うむ。鶴の言う通りだ。まずは主の身体が第一。無理は禁物よ」
穏やかに頷き、俺は視線を加州と薬研へと移した。彼らもまた、主の言葉に新たな決意を固めた顔をしている。そうだ、俺たちにできることは山ほどある。朽ちかけたこの本丸を修復し、皆が心安らげる場所を取り戻すのだ。それこそが、俺たちが主に捧げるべき最初の忠義の証となるだろう。
「明日からは忙しくなるな。なに、心配は無用だ。このじじい、見た目よりは役に立つぞ。まずは皆の寝床から整えるとしようか」
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