Walkure


花に沈まる





花に沈まる


硝子side〉


「硝子ちゃん、助けて」
彼女の小さな手のひらから鮮やかな花びらが舞った。真っ赤なそれは、はらりと紺色のスカートを背景に流れ落ち彼女の足元を埋めていく。涙目でごほごほと咳き込む彼女をベッドまで運ぶと、零れる花弁がシーツを赤く染めた。
嘔吐中枢花被性疾患――花吐き病とも呼ばれるそれは、片思いをこじらせると花が吐き出される病だと言われている。現代にそのようなものが存在するのか半信半疑だった一方で、級友がこの病に襲われることは想定外。それにしても誰を恋煩っているのか。

「苦しい、」
「少し辛抱して」

ふわりと彼女の頭を撫でると、今までにない勢いで吐き出される大量の花弁。明らかな量の違いにまさか、と心音が柄にもなく上がる。ひと呼吸置いて彼女と目を合わせた。

「名前、これは問診。今から訊く二つの質問に、正直に答えて」
「っ、分かった」
「いい子だ。じゃあ訊くよ。……好きな人は、いる?」
「......はい」

彼女がゆっくりと目を逸らして答える。相変わらずはらはらと吐き出される花弁。荒くなった呼吸と保健室の加湿器の音だけが響く。

「じゃあ次の質問。その好きな人を私に教えて」
「え…...?」

潤んだ瞳。ごぼりと溢れ出る赤。完全に染まる枕元。

「何か言えない特別な事情でもあるの」
「......」

普段ははっきりと物を言う彼女が言葉を濁している。まず浮かんだのは悟と傑。しかし仮にそうだとしたら真っ先に教えてくれただろうという、彼女への独り善がりな信用が、その可能性を打ち消した。「硝子ちゃん、あのね」。人懐っこい笑顔で無防備に三つ編みをねだるような、どこか浮世離れした彼女が奴らによって擦れないように。二人の喧嘩が始まれば一緒に屋上に逃げて寝転がったあの日も、二人が彼女に近付こうものならば、抱きついて野郎共には渡さない、なんて言った休み時間も、全部私のわがまま。ならば。

「じゃあ質問を変えよう。はいかいいえで答えて。名前は、家入硝子のことが好きです」
「......!!」

一瞬吃驚した表情を見せたのも束の間、数秒置いてこくりと頷いた。彼女の私へのこの感情が、思春期特有の一時的な揺らぎだとしても、私は彼女をきっと求めるだろう。

「ありがと。これで楽になるはず」

彼女の口から白い百合の花が零れたきり、花が吐き出されることはなかった。



〈夢主side〉

保健室の天井をぼんやりと眺めながら、高専に入学した頃のことを思い出していた。
箱入り娘の自覚は十二分にあった。小学校と中学校はミッション系の、挨拶に「ごきげんよう」なんて言うような女子校。高専に入学したのは血筋の問題が大きな理由だったけれど、過保護な親から逃れたいという多少の反抗心もあったっけ。


「傑のケチ!汝の敵を愛せって言うじゃんか」
「私は別に悟に悪意を持っているわけではないよ」
「悟。それは自分に対して悪意を持つ人間への教え。だから傑の言う通り誤った使い方ね」
「お前は傑の肩を持つのかよ」

授業中の議論が白熱して悟と傑のいつもの言い争いが始まった。授業を進めるために論破を試みるも、この調子だと私がいてもいなくても変わらないだろう。やれやれとため息をつくと、硝子が耳元で私に囁いた。

「面倒ごとは御免だね。外の空気吸ってこ」

手を掴まれて一気に廊下を走りだす。速い。遠くから夜蛾先生の私たちを呼ぶ声が聞こえたけれど、常習にもなるとそれすら愉快だ。階段を一気に駆け上がって屋上にたどり着く。初夏の日差しに目をつぶると、校舎から爆発音が聞こえた。きっとあの二人の仕業だろう。南風が強い。硝子がぱっと手を放して駆けていく。後について硝子に並んでフェンスに寄り掛かった。

「もうサボりには慣れた?ママにも怒られないし快適でしょ」
「おかげさまで」
「名前はさ、もっと遊ぶ......いや、やらかしておきなね。こっち側にいる限りいつ死ぬか分かんないんだし」

硝子がこちらを向いて「ね?」と笑いかけた。入学以来、悪いことを含め私の知らないことを教えてくれたのはいつも硝子だった。授業をサボること、悟と傑にこっそりと悪戯を仕掛けること、お互いに秘密を共有すること。その時に見せるこの笑顔が何よりも好きで、ずっと隣で見ていたくて、他の誰にも見せたくない。だから。



「...はい」

早く楽になりたい。なんなら思いよ叶え。氷の破片が突き刺さるような胸の痛みに耐えながら、こくりと頷いた。硝子がふっと頬を緩めたように見えた。徐々に痛みが引き、ぽろりと白い百合の花が枕元に零れた。

「あれ…?」
「治ったみたいだね。この病気が完治する唯一の治療法が効いたってわけ」
「反転術式、なわけないか」
「両思い。それがこの症状を治す方法」
「本当に......?」
「じゃあ証明してあげようか」

硝子がベッドに乗り込んで近付いてくる。起き上がってそろりと近付くと、懐かしい体温が触れた。

「晴れて成就したし、ここまできたら……ね」
「一応私病み上がりだよ、硝子ちゃん」
「あんたも言うようになったね」

こつんと額がぶつかって、ゆっくりと身体が沈み込む。ふわりと花びらが舞った。目の前の硝子は、大好きないつもの笑みを浮かべていた。







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