
Prism
「ここのパフェがやっぱり最高なんです」
霞はそう言って、ゆっくりとスプーンを口元へ運んでいく。頬張る度に霞の周りからお花のマークが飛んでいるように見えて、この子はなんて幸せ者なのだろうと、思う。
映画が見たいと言うので、休日を返上して付き合っている。通り雨に邪魔をされてしまったので、近くのファミレスで雨宿りがてら余韻に浸っている、という具合だろうか。最も、私は感想どころか作品そのものに興味を持てなかったのだけど。
霞のお目当ては流行りの若手俳優が出ている学園もの。こういった類を鼻で笑ってしまう私とは対照的に、霞は、呆れるほどにのめり込む。上映中も時には瞳を輝かせ、時にはハンカチを口元に当て表情豊かに楽しんでいた。それはまるで自分がその世界の主人公になったかのように。
そんな霞に時折目が離せなくなって、羨ましくなる。好きでもない映画のために今もこうして一緒にいるのは、霞の動きの一つ一つを、この目に残しておきたいからなのかもしれない。霞の持つ、「普通」の感覚。どうして呪術師という稀有な生活を営みながら、「普通」の女の子として、今も意気揚々とパフェを口に運ぶことができるのだろう。
「本当に名前さんのおごりでいいんですか?」
霞は申し訳なさそうに、機密事項に触れるかのように小声で私に問う。
「いいのよ。映画の感想を言えない私のお詫びってことにしておいて」
幼い頃、おやつにもらった苺が兄よりも少ないと泣き喚く私に、母が一つくれた。またある時は、祖父の家の夕飯のエビフライが足りない時に、祖父がそっと分けてくれた。その時の私はどうして自分のものをすぐ人に渡せるのだろう、私だったら全部自分のものとして食べてしまうのに、と疑問だった。
けれど今ならなんとなく分かる。結局、人は自分の愛する人が喜んでいる姿が見たいのだと思う。与えられた側は美味しい思いができるし、与える側もその姿を見ることができて心が浮き立つ。単純なことだ。
美味しいものを、時間をかけて大事に食べる霞は可愛い。ずっと見ていたい、そう願う度に、どうして呪術師同士として出会ってしまったのだろうと悲しくなる。もっと違う世界で出会えたら、二人の幸せは確約されていたのかな。いや、お互いに呪術師だったからこそ、ここまで深く関われたのかな。生クリームをつつく霞を前に、私はずっと、頭をぐるぐるとさせている。
「あのね――」
「一口、どうですか?」
カラン、とアイスコーヒーの氷の溶ける音と霞の声が重なった。私が口にしようとした言葉も、同時に溶けてしまったようだ。
「ごめん、私生クリーム苦手なの」
霞は残念そうに生クリームを口に運ぶと、今度は私に苺を差し出した。パフェのてっぺんに乗っていた、特大の、霞が最後まで取っておいた、苺。
苺を目の前に、私は動けないでいる。私はいつ、こんなにも受け取ることが下手になってしまったのだろう。霞が与えてくれたものを受け取ったら、それこそ戻れない。いつか来るかもしれない別れが、恐ろしくなる。
「苺、好きだって言ってましたよね」
無邪気に苺を近づける霞が、憎らしくていじらしい。それでもここで私が断ったら、傷付くのは霞だ。人は与えることを拒否されたら、どうしようもなくなってしまう生き物だ。
「うん」
苺を一口で、放り込む。考え込んでからからになった喉に、甘みが染み渡っていく。
「名前さん、今日初めて笑いましたね」
霞はひどく安心したのか、頬杖をついて私を覗き込んでいる。ごめんね、せっかくの二人の時間なのに。やはり私の考えすぎなのだろうか。透き通ったその瞳に血生臭い現場なんて、不釣り合いなのに。普段着ている黒い服よりも、今着てるミントグリーンのギンガムチェックのブラウスの方が似合うのに。
霞の、血の気の薄い白い腕が夕日に照らされているのを見て初めて雨が止んだことを知る。
「そろそろ行こうか」
会計を済ませて外へ出る。今なら言えるかな。息を吸って声が出かけたところで、子ども達が三人、私達の前を駆け抜けた。茹だる暑さの中を走る姿は、明日が来ないことを疑わない眩しいエネルギーを孕んでいた。私達は呆気に取られて、立ち尽くしていた。
「好きだよ」
この言葉を言う瞬間を、私はまた一つ、逃してしまったようだ。
ワンライ お題「子どもたち」