
Sleeping Beauty
白いカーテン。消毒液の匂い。過保護なまでに温められた部屋。
遠くからは隊員たちの話声と足音が。室内では加湿器がごうごうと音を立てている。
ふかふかのベッドに包まれて、自分が今どこにいるのかを自覚する。
こんな風にひとりで居られるのって、いつぶりだろう。ボーダー内の医務室なのに、ボーダー用の私ではない無防備な私がいるようで不思議だ。
ほっとしたのも束の間、掛布団から顔を出すと、思いがけない影にはっとする。
「おはよう。良く寝れた?」
「理佐ちゃん。どうしてここに」
「覚えてないの? 顔色悪くてふらふらだったから、ここに連れてきたの」
理佐はそう言って、さらさらの黒髪を耳に引っかけた。いつから居たのだろう。ひょっとして私の寝顔、見られてた? がばりと起き上がろうとすると、下腹部が殴られたように重い。痛みに顔を歪めると、理佐は慌てて私をベッドに戻した。
「まだ万全じゃないでしょ。ちゃんと休みな」
「ごめん」
「全く、廊下で一人うずくまってたから心配したじゃない」
ふん、とでも言いたげな素振で腕を組んでいるけれど、口調はちっとも怒っている様子ではない。心配してくれたのが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「何にやにやしてるの」
「ううん、なんでもない」
ばれないように、掛布団を思い切り口元に寄せる。理佐の手元をちらりと覗くと、時計は14時を指している。おなかが痛くて死にかけていたのが昼食(全然食欲がなかった)の後だったから、二時間近く寝ていたことになる。ベッドサイドのミニテーブルには、読みかけの文庫本が、伏せられたまま置いてある。本が駄目になっちゃうよと、本に手を伸ばそうとすると、理佐は慌ててそれを閉じた。
「それにしても珍しいわね。三上が倒れるなんて」
「薬、うっかり切らしちゃって。飲まないといつもこうなの」
「それはしんどいわね。薬、棚にいくつかあったけど取ってこようか」
「いいの? ロキソニンあったら持ってきて」
「分かった。ちょっと待ってて」
勢い良くカーテンが開き、再び空間に静けさが戻る。天井をぼんやりとみつめながら、ふうとため息を一つ。
予定よりも早く来てしまったそれはシフトの入っている今日と被るし、薬はないしでうんざり。いくらトリオン体に変われるとはいえ、生身の身体のシステムは従来のまま。ましてやトリオン量が少なく、オペレーターである限りは生身の時間の方が圧倒的に長い。この痛みに今後も耐えなければならないと考えるとぞっとする。
「普通のとプレミアムがあるけど、どっちがいいとかある?」
「プレミアムで! ごめんね」
迷いのない即答に、如何にロキソニンに世話になってきたのかを思い知る。理佐の質問から察するに、彼女は普段薬を使わないのだろう。羨ましいと同時に、迷惑をかけてしまったことが後ろめたい。
人を頼るのが、昔から苦手。頼られる方が好き。
きょうだいの面倒を見てきたからこその慣れなのだろうけれど、だからなのか弱い部分を見せられないし、見せたくない。本音を出したら面倒なことに巻き込まれそうだし、そもそもこの組織の中でうまくやるには、ある程度自分を押し殺していた方が都合がいい。みんなに対して笑顔なのも、みんなが求める三上歌歩でいることも、全ては自分の防御のため。だから、たとえ生理で体調が悪くなっても笑顔は絶やさない。そうすれば丸く収まるから。今日も薬を飲んで、あと少しだけ寝て、また明日から通常運転。理佐にも迷惑を掛けられない。なのに、そう考えれば考えるほどおなかはしくしくと痛むばかりだ。
「はい。これ飲んでさっさと寝る。そんできりのいいところで帰る!――って、顔色悪くなってるよ」
「ごめん、本当にごめんね」
「薬の他に、何か必要?」
頭がぐらぐらして、思考が回らなくなる。しんどい時、私はどうしても人肌が恋しくなる。だから、縋るように声を出した。出てしまった。
「よしよし、してほしいの」
はたはたと、涙が枕元に落ちる。私だって本当は誰かに甘えたい。ただその手段を知らないだけで、わがままを言ってみたいし、好きなものを食べていたいし、寝たいだけ寝ていたい。私の些細なお願いを聞いてくれた理佐が、今はただ嬉しかった。
「三上は十分良い子だよ」
「ありがとう。優しいんだね」
起き上がりゆっくりとグラスを傾けると、常温の水が喉を潤した。細かい気遣いに、心がほわりとあたたかくなる。
「三上は遠慮しすぎ。もう少し、頼りなさい。遠慮禁物」
「うん。心配かけてごめんね」
ぽすぽすと、頭を撫でられる。ほんの少し顔が赤くなっているのか、いつもより幼く見えた。
最後に頭を撫でられたのはいつだろう。遥か昔、母に撫でられていたあの頃を思い出す。
今ではみんなのお母さんのようになってしまったけれど。今はもう少し、甘えてもいいかな。
「今日は好きなだけ撫でてもいいよ」
え? とあからさまに戸惑っている理佐に、思わず笑ってしまう。
私は知っている。理佐が私に気があることを。本人は気付いていないと思っているようだけれど、私の面倒見の良さと観察力を甘く見ていたようだ。
「ほら、もっとこっちおいで」
「そこまで言うなら……」
「遠慮は禁物、なんでしょう?」
ほらやっぱり、私は甘やかしてしまう方が得意。それでもわがままを言えたから及第点。
今度は私が、貴女を暴く番。
14時30分。体温が、ふわりと上がる。
♪ Inspired by よしよししてほしいの / モーニング娘。’21