Walkure








愛はおしゃれじゃない



スカートの短さは、反抗期の現れだ。生足だって構わない。
だけどそれだけじゃ物足りない。ブランドロゴがでかでかと書かれたポーチから取り出すのは、あの子とお揃いのリップグロスとマスカラ。
エマちゃんと同じグロスをつけたら、エマちゃんみたいになれるのかな。
エマちゃんと同じマスカラをつけたら、エマちゃんみたいに泣けるかな。
そんな淡い期待を込めながら、慣れない手つきで睫毛を整える。

エマちゃんになりたかった。いつも屈託なく笑って、お洒落で。お洋服を買う店を聞けば、「セシルマクビーってとこ!」と元気よく教えてくれた。お洋服に全く興味のなかった私を渋谷まで連れ出してあれやこれやと試着させ、私にお洒落の楽しさを叩き込んでくれたのも彼女だった。制服のスカートを初めて折ったのも、リップグロスを貸してくれたのも、エマちゃんだった。

「名前ちゃんっ、お待たせ」
後ろから急に抱き着かれて、思わずよろめいてしまう。いつものシャンプーの香りが、エマちゃんであることを証明している。サムライウーマンの香り。彼女にぴったりだ。
「大丈夫、私もさっきホームルーム終わったばかりだから」
そんなありきたりなやり取りを交わして、昇降口へと向かっていく。
部活へと向かう者、教科書を抱えて職員室へと向かう者、カップルで立ち話している者。ごちゃつく校舎内を二人で駆け抜ける放課後が好き。でも今日は、少し様子が違った。
エマちゃんは私を廊下の隅に招き、財布を取り出した。彼女の手元には、銀色の薄い正方形の、小さなパッケージ。駄菓子か何かだろうか。
「こっそり買っちゃった、えへへ」
呆気に取られていると、彼女は急いでそれを財布に戻してしまった。
「今のは誰にも内緒」
そう言う彼女は、ひどく大人びて見えた。「ひみつ!」と言わんばかりに唇を人差し指で押さえられ、体温がぶわりと上がる。
「おいエマ、そこで何やってんだ」
「あっドラケン君!今帰り?」
彼女は慌てて廊下に出ると、いつもの調子で話していた。
後ろから見えた耳が、真っ赤だった。

◇◆◇

「本当にいいの?」
「いいよ。決めたことだから」
痛みがひりひりと刺さる。背中全面に入れている人は一体全体、どれだけ耐久力があるのだろうと、呑気なことを考えている間に時間はあっという間に過ぎた。
「お嬢ちゃん、これでどうだい」
視線を落とせば、そこには鮮やかな蝶がいた。小さくても、確かに存在するそれは彼女のように存在感を放っていた。
「ありがとう。すごく素敵」
容姿も性格も、何もかもが劣るから。だからせめて、彼女が持っていないものを手に入れたかった。

◇◆◇

こんなにも体育の授業が待ち遠しいのはいつぶりだろう。一時間目の国語の授業も、二時間目の数学の授業も、いつもは眠くて眠くて仕方がないのに、この日だけはずっとどきどきして、久々に発言なんかして、おまけに正解までしちゃって、調子がよかった。終業のチャイムが鳴れば、急いで着替えた。
「エマちゃん!」
着替えが終わったばかりのエマちゃんの腕を引っ張って、廊下を駆け抜けていく。まだ誰もいないトイレの個室に連れ込んで、ばたんと鍵を閉めて。
「どうしたの、急に」
「これ、どうしても見て欲しくて」
そろりと体育着を捲れば、はっと息を飲む声が聞こえた。その時私は、どうしようもないほどに胸の奥が満たされる感触を覚えた。
「すごく綺麗。痛かったでしょ」
瞳を輝かせて、愛おしそうに触れる彼女は、今まで見た中で一番優しかった。
「ううん、平気。まだエマちゃんにしか見せてないから」
「これ、なまえちゃんがしてるってばれたら絶対やばいから誰にも見せちゃだめだからね」
「それじゃあ、二人だけの秘密だね」
二人仲良く体育の授業に遅刻して怒られたのも、いい思い出だったよね。

◇◆◇

季節は流れ、私も高校生。まさかこの蝶が形見になるとは思っていなかったけれど、そんなつもりで彫ったものではなかったけれど。今もこうして、私の身体の中で息づいている。だから、彼女のことを忘れたことなんて、一度もなかった。

「ねえ、これ」
私に恭しく触れて、制服のリボンを解いてシャツを脱がす者は皆、口を揃えてこう尋ねた。その時私はいつも蝶に手を触れてから、まあねだとか、ちょっとね、だとかで誤魔化した。本当のことなんて、絶対に言わないんだから。
深く追求されても、凄めばもうそれ以上、何も言われなかった。何も知らない人から見れば、ただの飾りなのだろう。
駄菓子のような薄い包み紙の意味を知ったのも、この時期だった。あの頃の私は無知で、エマちゃんの方が進んでいて、そしてエマちゃんはきっと、彼と。
だから私はその傷を埋めるために、夜の底へと沈んでいく。
彼女の痛みと比べたら、こんなのどうってことないから。
ねえエマちゃん。
このまま、勝手に好きでいてもいいかな。
脳裏に焼き付いた笑顔が、私の頭を締め付けた。

愛はおしゃれじゃない/岡村靖幸






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