第2話

薫くんを悲しませたくない。薫くんに心配かけちゃいけない。そんな風に思い込むようになって、休日は家から出なくなった。
平日だってまっすぐに帰宅して、寄り道をすることもなくなった。
世界は薫くんを中心に回っていた。
そんな時だった。彼と――六弥ナギさんと出会ったのは。


「レディ、ハンカチを落としましたよ。」
「あ……ありがとうございます」
「よろしければ、相席をお願いしても?」
「は、はい」

昼休みにカフェでランチをとっているときだった。
その日は珍しくお店が混んでいて、相席になったのが彼、六弥ナギさんだった。
ナギさんはノースメイア出身のハーフらしく、発音はともかく美辞麗句をすらすらと口にする様子は優雅で様になっていた。

「ふふっ、ナギさんって面白いですね」
「アナタを笑顔にできたならば光栄ですよ。」

連絡先を交換しませんかと言われて薫くんのことを思い出し、躊躇する。……でも、お友達だったら問題ないよね、なんて自分に嘘をついた。確実に心はナギさんに惹かれていた。


トークアプリでのナギさんは実際に会ったとき以上に紳士的で優しかった。
薫くんにバレないように続けるやりとりはとても楽しくて、それと同時に段々と後ろめたさが増していった。
ナギさんは友達だから、これは浮気じゃない。後ろめたさを感じる必要なんてないと言い聞かせてみても、優しいナギさんに惹かれていく心を止めることなんてできなかった。



「ナマエは時折とても辛そうな表情をしますね。苦しそうで見ていてとても心配になります。」
「そうですか?ナギさんとお話してるだけでもとても楽しいですよ」
「……ワタシではアナタの力になることはできませんか?アナタには心から笑っていて欲しいです。アナタはワタシの愛する人だから」
「ナギ、さん」
「これは遊びや気紛れではありませんよ。アナタが欲しい。ワタシはそう思っています」

真っ直ぐに射抜くような視線。高鳴る鼓動。
ああ、どうしよう。私は、私も、ナギさんのことが好きだ。……でも。

「ごめんなさい……ナギさんの気持ちはとても嬉しいです。でも私には、お付き合いしている人がいますから」
「その人こそが、アナタを苦しめている原因では?」
「……そうかも、しれません。でも私は薫くんを放っておけないんです」

薫くんはきっと、私が居なくなったらすごく悲しむ。捨てないでと言って縋る薫くんの姿が脳裏を掠めた。私は、せめて私だけは、薫くんを傷つけたくない。
こんな風にナギさんと会っているだけでも、薫くんにとっては裏切りになるのかもしれないけど、それでも。


「Sorry……困らせてしまいました。どうか泣かないで」
「ごめんなさい……」
「ここは潔く身を引きましょう。でも、ナマエ。約束して。辛くなったらすぐに連絡を。ワタシはいつでもアナタを助けに行きます」
「……ありがとう、ナギさん」

約束ですよ、と小指を絡める。
ナギさんの優しさがあたたかくて、嬉しかった。