Prelude (2/2) :プロローグ: ───────────────── ずっと、憧れていた。 この真っ白な景色の向こう側の世界に。 何度だって願ったの。 あの大空を自由に羽ばたく鳥たちのように私の背中にも大きな翼があったなら、いつまでもこの狭い鳥籠の中に囚われることなく何にも縛られることのない大空を彼らと一緒にどこまでも遠くへ飛んでいけるのに……って。 幼い頃はいつもそう。 もしもそのような夢みたいな願いが叶うのなら、そしたらきっと……笑顔になれるはず。 楽しいことや嬉しいと思うことに、私も素直に笑うことが出来るかもしれないんだって。 何度も繰り返し読んだお伽噺の本を片手に、ただ純粋に広大な空への憧れを抱いていた。 元々長くは生きられないこの身体。 私には、自由があまりなかったから。 だけど今は、あの子の影を探している。 もう一度、あの子に────────…。 あの子たちに逢えることを祈り、遠い空の向こうにぽつりと浮かんでいる北極星を見上げては、今宵もまた心に秘めていた想いが強く溢れてぎゅっと胸が苦しくなる。 部屋の中からでしか見ることの出来ない世界はとてもちっぽけで、外の世界に惹かれていた私は何度も天に手を伸ばしていたけれど。 それでも────────…。 例えこの大空をどこまでも飛んでいけたとしても、私が本当に求めているものは世界中のどこを探したって絶対に見付かりはしないことを、私が一番よく知っていた。 ああ……本当は最初から判っていたんだ。 私が愛した"あの海"は、ここには無いって。 ずっと憧れだったの。 ゴムのように伸びる身体とか、テレビや図鑑でも見たことのない大きな動物だとか、それから夢物語のような海賊のお話とか。 身体が弱いせいで入退院を繰り返す生活の私はどちらかというと世間に疎く、本の中でしか描かれない非現実的な空想世界に夢を膨らませているような夢見がちな性格で。 だからあれから1年経った今でもあの時の経験はどこか夢見心地のようで、もしかしたら本当に夢だったのではないかと思う程にあちらの世界から戻ってきたいつもの私の日常は、思わず悲しくなるくらいに穏やかだった。 今でも瞳を閉じれば鮮明に記憶が蘇る。 あんなにも空に憧れていたはずなのに、初めてこの目で見た水平線一面に広がる限りない大きな海は、空の青さを飲み込むほどの澄み渡るその輝きが怖いくらいにとても綺麗で。 『な?すっげェだろ!』 宝石のような輝きを放つ海の存在に一瞬にして惹かれてしまったのは、それはきっと。 私の隣に寄り添っていたあの子が海の輝きにも負けないくらい、とびっきりの笑顔で私に笑い掛けてくれたから。 ……あの子は、海の青がとてもよく似合う。 本物の海賊に出会った瞬間にはその非道さにとても怖くて私は泣いてばかりで、逃げることも出来ずに身を震わせるだけのそんな私を、必死に守ってくれたあの子たち。 海賊が人々へ与える本当の恐怖というものをこの身を持って知ったとはいえ、あの海賊たちとは全然違う純粋な志を胸に「いつかおれたちはこの海に出て、海賊になるんだ!」と語ってくれたあの子の希望に満ちた笑顔が、今でも忘れられない。 しっかりと脳裏に焼き付いているあの子たちとの思い出は、今も私の胸に宿っているかけがえのない大切な宝物だ。 『海が一番好き』。 思わず紡いでしまったその言葉の意味の深さに私は直ぐに気が付くこともなく、衝動のままについ口走ってしまった淡い想いは真っ直ぐにあの子へと届き。 それをあの子がどう受け取ってくれたのか、あの時の私にはまだその時に感じた温かな感情が何なのか判らなかったけれど。 だけど、いつもの自信たっぷりな元気さとは違う、年相応の無邪気な笑顔でただ一言。 『ありがとう』って。 あの子は嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうにしながら私を見つめ返してくれたっけ。 (また、みんなに……逢いたいなぁ…) この世に生まれて僅か21年。 そう、たった21年の歳月だった。 長年お世話になっている病院からの帰り道。 ただ薬を貰いに行くだけだからと、今日に限って親を家で待たせている私は今独りきり。 もっと周囲を警戒しておくべきだったと思ったところで、そんな判断も今さら遅く。 今となっては抗う気力さえ残っていない。 星空を見上げていたら不意に誰かに背中を押された気がして、グラリと身体が傾いた瞬間にはもう、すぐ側に見えていた車のライト。 (あ。私、今ここで死ぬんだ) と、こんな時なのにどこか冷静に考えることが出来たのは、この1年の間で私の周りでは奇妙なことばかり起きていたからで。 だから、いつかこんな時が来てしまうのも。 仕方のない事なのだと……そう思っていた。 ──────────ドン……ッ!!! 激しい衝撃と吐き気がするような浮遊感。 暗闇の中でも一瞬にして世界を一色に染めたその赤は、いったい何の色なのだろう? 『痛い』と思うよりも先に。 『怖い』と泣くよりも先に。 『これで楽になれる』と思ってしまった私の思考は、きっと異常なのかもしれない。 本当は悔しくて悔しくて仕方がないはずなのに、もう……追いかけっこは終わりなんだと思ったら、不思議と笑えてしまったんだ。 結局、私は。 “あの人”からは逃げられないんだって。 だから、ね……さようなら。 お父さん、お母さん。 先に死んでしまう私は親不孝者です。 身体の弱い私のことを一番に思ってここまで大切に育ててくれたのに、今まで心配ばかりかけてしまってごめんなさい。 こんなことになるのならもっと一緒に過ごして、たくさん笑い合えたら良かったって、今になって深く深く後悔しました。 でもね、ほら。 もう、そんなことも考えられないくらい私の意識も少しずつ暗闇に落ちてくみたいで。 周囲の悲鳴もざわめきも何も聞こえない。 ただ、交差点には人がいっぱいいるのに、誰にも気付かれることなく私を真っ直ぐに見つめているその人だけは小さく笑っているの。 それだけは、はっきりと見えてしまった。 ああ……、嫌だなぁ。 また、酷いこと、されるのかな。 誰か、誰でもいいから………。 私を──────────……。 助けて、くれないかな………。 薄れていく思考回路の中。 私の頬から生暖かいものが一筋伝った時に、ふと脳裏を過ったのはあの男の子の笑顔。 そんなの、意味もないって判っているのに。 それでも私にとっては心の救いだったから。 最後の力を振り絞って、その名を紡いだの。 もう叶わない願い事だけれど。 あの時キミに出逢えて、私は嬉しかった。 『ルフィ、くん────────…』 ねぇ、お願い神様。 本当にこの世に貴方がいるのなら。 どうか私をあの子の元に連れていって。 消えかけている命一つでなんて言わない。 代償なら、私の全てを捧げるから。 だからどうか、お願いします。 刹那、天から流れ堕ちた一筋の淡い光。 それは流れ星だったのか。 それとも、私の涙だったのか。 頭の花飾りが淡く光輝いた事に気付くことなく、本格的に闇に包まれた中で私は最後に。 どこか懐かしさを感じる太陽のような暖かな温もりに、手を引かれた気がした……。 ─────── 煌めく夜空に願う "それぞれの"想い Since..2019.11.30 ≪clap≫ [ 2/3 ][←] [→] [back] [TOP] |