Prelude -L- (1/2)













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『お前って、よく空見上げてるよな』

『そうだね。これはもう癖みたいなものだから、空を見ないと何だか落ち着かなくて』

『毎日毎日飽きねェのか?』

『ふふっ、飽きないよ。ここでお留守番してる間は、空がお話相手になってくれるもの』

『えェええ!?お前、空と話せんのか!?』

『ッ……あはは!ううん、そうじゃないの。私がしているのはただの報告。お父さんと、お母さんに。ほら、私……二人に何も言わずに勝手にいなくなっちゃったから』

『……あっ、そっか……。わ、わりィッ』

『ううん、大丈夫!今のは気にしないで。私、家よりも病院にいることの方が多くて、両親に会えないのはいつものことだから』

『ふーん……。……………、……なァ…』

『ん?なあに?』

『……………やっぱ、帰りてェ……?』

『………え?』

『おれじゃ、ダメなのか……?おれが、まだ弱いから……?ここにはエースもサボもいるのに……それじゃあ、ダメなのか……っ?』

『それ、は………』

『おれ、お前がここからいなくなるの嫌だ!!このままずっとここにいてくれよ……!』

『!!……ご、ごめんね?不安にさせちゃったね……。私もね、同じ気持ちよ?ここでの暮らしは楽しいからもっと皆と一緒にいたいし、皆の成長をこの目で見たい。そして叶うなら……この広い世界を自分の脚で歩いてみたいって、毎日そう思ってる。本当よ?』

『………、…ひっく……』

『……勿論、帰りたくないって言ったら嘘になるし、寂しいなって思う時もあるけれど』

『………ッ!……うぅ…!』

『だけど。………だけど、ね?』

『…………、ん゙っ……』

『────────、───……』











───ザァアアアアア、ッ……───










まるで、スローモーションのようにゆっくりと流れていく幼い頃の映像。

空と海が一望出来るお気に入りの場所で、珍しくその時だけはあいつと二人きり。

思ったことは正直に言ってしまうおれをいつも止めてくれる二人の兄ちゃんがその場にいるはずもなく、感情任せに言い放ってしまったのはなんて身勝手なそんな我が儘。

困らせるつもりなんてなかったのに、その瞳がいつまでも空ばっか映すから、なんとなく……それが面白くなくて。

いつまでもこっち見てくれねェからと思わず自棄になって本音を叫んだら、やっぱりあいつを困らせちまったんだろう。

あん時のおれはガキで、無知で。

あいつが何を想って空を見上げていたのか……全然、知りもしなかったから。

やっとこっちを見てくれたその瞳には、おれと同じように涙が滲んでしまっていた。





『私……ルフィくんに出逢えて良かった』

『ふふっ……教えてあげたいなぁ、お父さんとお母さんに。慣れない事が多くて大変に思う時もあるけれど、私はここで元気だよ、って。たくさんの優しい人たちに巡り逢えて、毎日が新鮮で驚きがいっぱいのこの世界で私、やっと心から笑えるようになったんだって……今度こそ、両親を安心させてあげたい』

『だから、あともう少しだけ………。もう少しだけ長く、生きていたいなぁ……っ』





瞬きしたら、ポロリと落ちた綺麗な一滴。

本当に……、

泣かせるつもりなんて、なかったのに。

それなのに、おれの頬に触れては目尻の涙をそっと優しく拭ってくれたのは、細くて弱々しい……あいつの真っ白な指先で。


それは、おれが一番守りたかったもの。


ああ……そういえばあの後エースとサボにそれがバレて、散々叱られたんだよなァ。

「女を泣かせんな!」、って。

たくさんゲンコツくらっちまった。

もちろんダダンにも、じいちゃんにも。


皆、あいつの事が大事だったんだ。

あいつだって、きっと同じ気持ちだったはずだ。


突然吹いた風に掻き消されてあの時あいつが何て言ったのか、よく聞こえなかったけど。

風で揺れた髪を耳に掛けながら、優しく弧を描いたその唇が紡いだ言葉を─────…。

おれは、今でもはっきりと覚えている。










『ここから見る海と空は、とっても綺麗ね。───────……ありがとう、私の元に来てくれて。私は大好きよ。キミたちのいる、この素敵な世界のことが』










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あいつと同じように
この青い空を見上げていた。


永遠に続く限りない青。


この向こうに
あいつの居る世界があるのなら

おれは今、どんな顔をして
この空を見上げているのだろう?


もう二度と行くことは叶わない、あいつが居るべき平和な世界。

見るもの全部が知らないもんばっかで

だけど、すっげェ楽しいもので溢れた居心地の良い、あいつが生まれ育った世界。


ああ……あそこなら一番安全なんだ。

この世界のどこよりも、ずっと。


あいつの国には戦争がない。
銃や剣に怯える必要もねェ。

あいつの命が奪われるような危ない世界なんかじゃねェって、それはこの目で見てきたおれが一番よく知っていること。

だから、これで良かったことなんだってそう、自分に言い聞かせてたはずなのに……。





『ありがとう……。助けて、くれて……っ』





なら、あの時見せてた泣きそうな顔は?

出逢った瞬間にはもう泣いてたあいつ。

あんなにも身体を震わせて、……

あいつはいったい……何に怯えていた?





子どもん時はよく判らなかったこの気持ち。
でも、今のおれならこれが何なのか判る。


あいつの手を掴み損なって今更感じたのは、焦りと不安。

あの瞳の奥に隠された知らねェあいつの過去に、初めておれが知ったのは………

狂おしいくらいの、激しい嫉妬だ。










『こんな景色、初めて見た……っ。これが─────海…?凄い……とっても綺麗…!』


『私、子どもの頃は鳥に憧れてたの。翼があれば何処へだって自由に行けるんだって、そんなことばかり考えてた。でも、今は……』


『あのね、知ってる?この世界の何処かに、人魚たちが暮らす楽園があるんだって!』


『本当に夢みたい!人魚なんて、私の世界では物語や絵の中でしか描かれない空想上の生き物だから……。きっと美しいのでしょうね。その容姿も、海の中を泳ぐ姿も……』


『ねぇ……海の中を泳ぐって、どんな景色が見えるんだろうね?私、泳いだことなんて一度もないけれど……見てみたいなぁ。もしも人魚たちに会えるなら、私も一緒に海の中を泳いでみたい。そしたら────────…』









大きくなったら
海へ出て行ってしまうルフィくんたちに

いつかまた何処かで、逢えるよね……?










ふわり、と
まるでそこに花が咲いたみてェに。

確かに"ここ"で優しく笑ってたあいつが
もう、何処にもいねェから……。

今でも忘れられねェあいつの笑った顔を思い出しては、何度も何度もあの笑顔をもう一度見てェなって思った。

今でも瞼の裏に焼き付いてるあいつの泣きそうな顔を思い出す度に、何度も何度もあの涙を救ってやりてェって強く思った。


あの時の約束

おれは、守ってやれなかったから……。










『くっそー!やっぱエースもサボも強ェなァ。今日もおれ、二人に負けちまった』

『ふふ、だってルフィくんのお兄さんたちだもの。きっと守ってあげたいのよ、二人にとってルフィくんはかけがえのない大切な弟なんだから。……ほら、怪我見せて?』

『んー…、でも負けてばっかは嫌だ!おれだってエースやサボを守れる男になりたい!』

『クスッ、そうだね。その為にも、早くエースくんとサボくんに追い付かなきゃね。……でも大丈夫。ルフィくんならきっと、これからもっと強くなれるよ』

『え!?……へへっ。そうか?』

『そうだよ。毎日少しずつ強くなってるの、私知ってるもん。だってルフィくんは、いずれ海賊王になる凄い男なんだから』

『にししっ!お前だけだ、おれの夢に笑ったりしねェで真剣にそう言ってくれんのは』

『絶対……絶対に強くなれるよ。ルフィくんは優しい子だもの、私は信じてる。だから………約束ね?ルフィくん』

『おう、約束!おれに任せとけ!おれが必ず─────……お前を守ってやるから!』










ぽっかりと空いた心の穴。
隣にいたはずのあいつがいない。

原因はただ一つ。

あいつの笑顔が
この世界から消えちまったこと。







返せ──────────…


返せ──────────…







心臓が啄まれるような苦しい感覚。
抑えきれない衝動が、また溢れてしまう。

吐き出し口が何処にもないのに、おれはいったいこの激情をどこにぶつけたらいい?



なァ……お前がいなくなってからこっちは早いもんでさ、12年も経っちまったんだよ。

おれも……あれから大人になった。
もう、可愛がられるだけの子どもじゃねェ。

今、あん時の夢だった海賊やってんだ。
おれの自慢の仲間たちと一緒に。

みんなすっげェ面白くて良い奴らなんだよ、いつか紹介してやりてェなァ……お前に。
海が好きだって言ってたお前をおれたちのサニー号に乗せて、お前が見たことのねェ景色をいっぱい見せてやったら……そしたらまた、お前の笑った顔が見られんのかなァ。

あれから12年も掛かっちまったけどおれ、約束を守れるくらいに強くなったよ。
今ならお前のことを必ず守ってあげられるって、自信をもってエースに言えるんだ。

なァ……お前に伝えなきゃいけないこと
たくさんたくさんあるんだって。

だからよ、

いったいいつになったら
もう一度、お前に逢えんのかな……。



おれたちの名を呼んでくれた
あの、優しい声を。

おれたちを抱き締めてくれた
あの、温かな腕を。

おれたちを大好きだと言ってくれた
あの、花のような笑顔を。


これ以上、思い出が薄れてしまう前に……。


逢って、あいつの名前を呼んで。
そして昔あいつがおれたちにしてくれたように、今度はおれの方からあいつのことをぎゅっと強く抱き締めてやりてェんだ。

今のあいつがあっちの世界でどうしているかなんて、おれが知るはずもない。

生きているかすらも、判らねェし……。

もしかしたら、あいつの幸せを壊すんじゃないかって少しだけ考えたりもしたけど。


……だけどもう、押さえきれねェんだよ。


逢えない寂しさも、胸の苦しさも。

ドロドロした、この感情も………。






なァ────────……。



青が必要なら
おれの青をやるよ。

おれは海賊王になる男だ。
荒波なら、いくらだって越えてきた。

あいつを取り戻せるなら何だっていい。
何ならおれの命、持っていって構わない。

代償ならいくらだって払ってやるからよ。



だから、お願いだ。

そこにいるんだろ?神様って奴。

なァ……頼むから。

おれの声を聴いてはくれねェか。


もう一度だけでいい。

あの頃と何一つ変わらないおれの我が儘、あいつが知ったら、きっと呆れるだろうけど。

それでも、おれは

今のあいつが幸せでいるとは、どうしても思えねェから─────…。





だから、どうかお願いします。





あいつの笑顔をまたこの世界に導いてくれ。

あっちの世界に帰っちまったおれにとっての一番大好きなあの青い空を


おれに、返してください─────…。








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