Prelude -L- (2/2)










:プロローグ: side.Luffy
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出会った時と変わらない"その"眼差し。

そんな時は、いつも決まってそのまま眼下の海に飛び込んでしまうのではないかと思う程に、切なく悲しい横顔をちらつかせている。

そこにはすっかり馴染んだ笑顔すらない。

久しく見た面立ちは数多の経験を糧に頼もしく成長したとはいえ、時折ひっそりと物思いに耽るその表情だけは二年前のままだ。

─────だから、少しだけ心配になる。



ねぇ……あんたは今、何を想ってるの?



今にも泣いてしまいそうな顔をして。

まるで親に置いていかれた子どもみたい。

あいつには、いつだって変わらない笑顔でこれからもずっと笑っていてほしいのに……。

その瞳は今宵も特等席から独り空を見上げ、星と対話をするかのように何かを祈ってる。

2年を経て無事に再会出来た仲間たちとは他に、その心はまだ誰かを必死に探している。





「ルフィ」

「……ん?おお、ナミか」





波の音が心地好い静かな夜。

目の前には、いずれこの海の頂点に立つ男。

私の存在に気付いているのかいないのか、ぽつりぽつりと何かを呟いている背に名前を呼べば、こちらに気付いたルフィが振り向きざまにへらりと幼さの残る顔で笑った。

さっきまでの表情を隠すように。

心持ち、いつもと同じ明るい声で。

だけどそれも一瞬のことで、潮風に遊ばれていた麦わら帽子を深く被り直しながら、その瞳はまた空を映し出している。

右手には、あいつにとっての"もう一つの宝物"をぎゅっと大事そうに握り締めながら。



(……やっぱり嘘が下手ね、あんたは)



どうやら私の勘は正しかったらしい。

ルフィに気付かれない程度に溢した吐息。

先程の態度は恐らくこちらを心配させない為に咄嗟にしたことなのだろうけれど、さすがは相変わらずの馬鹿正直者。

本当に判りやすくて思わず微笑ってしまう。

すぐに目を逸らすのがあいつの悪い癖だ。

無理して笑ったような今の笑顔、いつもあんたを見ていた私が気付かないとでも思った?

ルフィに会うまではそれこそ一番の心配事だったけれど、2年ぶりに会ったあんたの笑顔を見て『ああ……エースの事はちゃんと乗り越えられたんだ』ってすぐに判ったから。


だから、兄を想うのとは別の"それ"。


以前にも増して"その人"に逢いたいってあんたの強い気持ちが、今だけは小さく感じる背中から私へと伝わってくる。

何かを悔やみ、自身を恨んでさえいるような苦し気な表情が痛々しくて、もしかしたら……心が折れてしまうんじゃないかって。

不意にそんな不安が脳裏を過ったのよ。

どんなに歳月が経とうとも愛する人がいなくなった悲しみは、完全に癒えることはない。

私も、そうだったから………。

だからこそ悲しくて眠れない夜は誰かに寄り添ってほしいし、時にはその弱さを温かな腕で優しく包み込んでもらいたくなる。

今のルフィの心境はまさにそれだろう。

2年前はそのような儚げな表情を見せることはなかったのに、やはりエースというかけがえのない大きな存在を失ってしまったことで、今まで抑えていた感情が一気に爆発してしまったのかもしれない。

ああ……孤独という寂しさを知ってしまったから、きっと逢いたくてたまらないのだ。

仲間で支え合う信頼感とはまた少し違う、例えるならば家族のような切っても切れない特別な強い絆で繋がった大切な人に。

だから、私ではとても役不足。

こんな時くらい少しは頼ってくれてもいいのに………と思ったところで私はあいつにとっての適任者ではないから、慰めてあげることなんて出来やしないのだけれど。



「また"空"とお話?こんな夜更けに外に出ちゃって………風邪をひいても知らないわよ」

「ししっ。良いんだ、おれ風邪なんてひかねェし。それにおれが話し相手になってやらなきゃ、あいつが寂しがるだろう?」



これには私もいつも本当に驚かされる。

だって、あのルフィよ?

恋愛のレの字も知らない、色恋沙汰にもまるで興味がない、そもそも恋が解らない。

思春期であればそれなりに性への関心を持つはずなのにそれよりも食欲に目がない男で、それどころかライクとラブの違いさえ解っていなさそうなこのお子さまは、たとえ女性の裸を見ようとも特に何の反応も示さないし。

挙げ句の果てには、あの絶世の美女と謳われている海賊女帝の求婚さえも断ったとか、とにかく恋には人一倍疎い鈍感男なのに……。


それがどうだろう。

いつまでも空を見続ける今のあいつの瞳は、まさに恋に焦がれている人のそれで。


……いったい、どんな女性なのだろう?

この男が唯一惚れたその相手というのは。

恋話が好きな女の純粋な興味と、我が船長の一味としての一抹の不安心が脳裏を支配していた頃には無意識に私の唇が口走っていて。



「あんたでも乙女心を気にするのねぇ、明日は槍でも降ってくるのかしら。……前から気になってたんだけど、その彼女とはいつもどんな話をしてるの?」

「ああ、話っつってもただの"報告"だよ。おれは今こっちでどうしてるとか、お前は今頃何してんのかなァとか、まァそんな感じだ」

「へぇー、飽きっぽいあんたにしては意外と真面目なのね。毎日欠かさずしてるんでしょう?よく空を見上げているし」

「おう!これだけは一日でも忘れたらダメなんだ。今まではこの海のどっかでエースもきっと同じ事してたはずだからさ……。ここでおれが止めちまったら、あいつは独りぼっちになっちまう。だから今度はおれがエースの分まであいつに語り掛けてやんねェとな!」



二カッと笑う、明るいルフィの声。

あまりにもいつもの調子で語るから、あいつが紡いだ言葉の意味の重さを知るまでに、少し時間が掛かってしまったような気がする。


─────…ウチの船長は強い人だ。

安心して私たちの命を預けられる。

どんな苦しい事があっても前を見続ける。

とても、とても………強い人。


なのに、私ったら余計なお節介。

少しだけルフィの話し相手のことが知りたくて持ち掛けた話題は、逆に彼の心の傷を更に感傷させてしまうような、我ながらデリカシーのない発言を溢してしまったらしい。

思わずあいつに掛ける言葉を失ってしまった私に気を遣ってくれたのか、ルフィの口元は優しく笑ったままだったけれど。



「でもさ、」



そう言って、ルフィは片手を天に翳す。

"空"とお話する時はいつもそれと一緒。

ルフィの掌の下でゆらゆらと揺れている、あいつの私物にしては不似合いすぎる女物の可愛らしい、小さな桜の形を模した淡いピンク色のペンダントを掲げてみせた。

ああ、………それ。

ルフィと初めて出会った時、あいつがとても大事そうにそれを握りしめていたから。

思わず宝石なのだと思って盗もうとしたら、何故かすぐにそれがバレてしまって……それで私、物凄く怒鳴られたのよね。


『これだけは誰にも渡さねェ!!』って。


あんた、血相を変えて怒ってた。

よく見てみるとただのガラス細工だし、何をそんなに感情的になっているのか最初は全然判らなかったけれど……。

だけど元々はあんたにとっての大切な子が身に付けていたたった一つの思い出の物だから、誰にも触れられたくなかったのよね?


"スピカ"さん────────……。


あいつにとっての母であり、姉でもあり。

そして………守りたかった、大切な人。

何をするにも大雑把な彼が唯一壊れないよう繊細に扱っているそのペンダントは、幼い頃に少しだけ生活を共にした女性がしていたものだと、後にルフィは私に教えてくれた。

別の世界から来たのだというその女性の話は最初こそ信じ難かったけれど、曇りない瞳でどこまでも純粋に語るルフィからは嘘なんて微塵も感じられなくて。

彼女が突然この世界からいなくなってしまう直前、必死になって伸ばしたもののあと一歩で彼女に届かなかったこの手はこれしか掴むことが出来なかったのだと、あいつは涙目になりながら懐かしげに話してくれたっけ。



「やっぱ、逢いてェよ……。こうやって話し掛けるだけじゃなくてさ、逢ってあいつの声聞いて……出来ればまた一緒にいてェって、そう思っちまうんだよなァ」



切実なルフィの想い-こえ-が聞こえる。

今だって本当は心中辛いだろうに。

それでもあいつは……無理して笑うんだ。


いずれ海賊王になるのだろうこの男。


年相応の幼さがまだ残っている彼は安心するほどに2年前のままで、相変わらず自由奔放だし、常に見張っていないとすぐにトラブルを引き起こすような問題児だし。

だけど、だからこそどんなに激しい荒波に飲み込まれてしまいそうになっても、その度に私たちはルフィにたくさん救われてきた。


何にも囚われることなく自由気ままで。

でも、困っている人は放っておけなくて。

それでいて、とても仲間想いで。


時に危なっかしい時もあるけれどその芯の通った志は誰よりも力強く輝き、どんな困難が待ち受けていようともただひたすら前に進み続ける、私たちの誇りである大切な船長。



「もう、逢えねェのかな………」



────────……神様は時に残酷だ。

こんなにも他人に優しくて誰よりも純粋な彼の想いにも、神様は応えてくれやしない。

それとも、彼女に何かルフィに逢えない複雑な事情でもあるというのだろうか?

いつしか私から視線を外し、やはり空を見上げてそうぽつりと呟いたルフィの背中がどこか泣いているように見えたのは。

それはきっと、空が先に泣き始めたからで。



「逢いてェよ、スピカ……ッ」



晴れ渡っていた夜空に曇る影。

満点の星を少しずつ覆い隠していく分厚い雲から降り注ぐその冷たい雨が、無情にもルフィの頬を濡らしていく。

鏡のごとく空を映す海もまた、空を想って哀しげに泣いているようにも見えて。

だから────────……。



(お願いよ………私からも、どうか……っ)



せめて明日は晴れ渡るように。

どうか、彼らの願いが叶いますよう……。

やがて空が雲に覆われてしまう瞬間。

ひとときの静寂と儚い想いが揺蕩う海上の空、数多の星が煌めく星団の中を一筋の流れ星が駆けたことに私たちは気付くはずもなく。

最後の星の輝きを目に焼き付けながら、ゆらりと潮風に揺れるペンダントだけが、いつまでもルフィの掌の中で淡く光輝いていた。







───────

空に伸ばした手は
虚しく宙を舞うだけで





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