降臨の日より前の時間軸。


ただの田舎の村娘だった私が海賊団の一員だなんて人生何があるかわからないもんだ。海賊、と言っても下っ端の雑用係だ。オマケみたいな感じで乗組む事になった私を船長は快く迎えてくれて、下っ端だが私の扱いはぞんざいではなく海賊団のみんなは可愛がってくれている。まだ私が幼いのもあって娘のように接してくれたり、若い船員には妹のように扱われていた。
地に足をつけて生活していたのに急な船での生活に体調を崩す事もなく元気に過ごしている。海の上でしか罹らないという奇病もあるようだが今のところ無縁だ。このまま無縁でいたいものだ。
私の村は森の奥にあって海とは縁遠く、今でも海を見るとそわそわしてしまう。特に夜の海が好きで、私は時折こっそりと真夜中に海を眺めていた。
夜の海は冷えるので毛布とホットミルクをそれぞれ両手に持ち甲板へ出る。
見慣れぬ背中を見つけた。新人だろうか。見張りなのかな。自分だけぬくぬくと寛ぐのが申し訳なくなって、大きな背中に声をかけた。

「ホットミルクいりますか?」

返事はない。
隣に回って顔を覗き見る。
目つきが悪いせいか威圧感があった。海賊っていうかヤンキーみたいな。
まぁ船長からしてあんなだし、船員もこれくらいの方が威厳があっていいのかな。船長とは違う方向で雰囲気がある人だ。
もう一度声をかける。耳元で叫びたかったが身長差があり過ぎたので袖の裾を引っ張った。
ようやく此方を向いたその顔は驚きの表情だった。

「…驚いたな」
「あ、すいません。急に大声出して」
「そうじゃない」

私がいた事に気付かなかったというより、私が話しかけた事に対して驚いている様だ。

「それはお前が飲むために淹れたものだろう。お前が飲め」

ホットミルクに視線が向けられる。湯気が消えかかり少し冷めたようだ。まぁ、猫舌だから困らない。自分だけ飲むのも憚られるともだついていると気にするなと言われる。掲げられた手には心水があった。成程。大人の男ならミルクよりそっちの方がいいわな。
そのまま別れるのも何なのでそのまま隣に立ち、冷めたホットミルクをちびちびと口に含んだ。ぬる過ぎず丁度いい温度だ。
居座る私に気にせず、男も隣で心水を煽った。
美味しいのかな。当然私は子供だから飲んだことがない。隠れて飲んだところでその良さはまだわからないだろう。

「えっと、」
「アイゼンだ」
「アイゼンは新人ですか?海賊団の人は殆ど皆んな覚えたと思うんだけど、初めて見た気がします」
「いや。結構長いこといるな」

なんと。普通に先輩だった。
私みたいな子供が乗り込むのは珍しい、というか初めての事なので物珍しさに船員たちは結構私に話しかけてくれる。そういう事もあり、私は海賊団の人たちと関わる機会が多く、大体の人と話してるし仲良くなったつもりだ。でもアイゼンとは初対面だと思う。これだけ目立つ容貌なのだから話したことはなくても見覚えはありそうなものだが。

「お前は名前と呼ばれていたな」
「あ、はい」

私の名前だ。
アイゼンは私を知っていたらしい。私だけが知らなくて、なんだか申し訳なくなる。

「一緒に乗り込んでた奴は兄だったな」
「そうですよ」

確かに私は兄と一緒にこの海賊団に入った。兄とは歳が離れて、一目で私たちを兄弟とわかる人は少ない。
アイゼンの言葉を疑っていたわけではないが、どうやら本当に先輩らしかった。
話のネタになるかな、とアイゼンに経緯を話す。
詳しくは知らないが兄はアイフリード船長に惚れ込み海賊団に入る事になった。そこで私をひとり村に残すのは心配だと私も海賊デビューする事になった。普通はこんな子供がいても邪魔なだけなのに船長は快諾。他の船員たちも船長が言うならオッケーと快諾。私は簡単に海賊になった。

「何故子供がと思ったが、成程な」
「変ですよね」

後から知った話だがこのバンエルティア号には死神が取り憑いてるなんて噂がある。不幸な事故が起きたり酷い時には死者が出たり。そんな船に妹が乗るっていうのに兄から出た言葉は、お前は悪運が強いから大丈夫だ、だ。なんて台詞だ。
ひっどいですよねー、とアイゼンに同意を求める。

「だがお前をぞんざいに扱っているわけではないだろう。いつもお前の事を案じているんじゃないのか?」
「そうですかね」
「兄とはそういうものだ」

思い返せば思い当たる事もある。
私が夜中に海を見ると聞いて毛布を持たせてくれたのも兄だし、時々ミルクにあうお菓子も用意してくれる。奇病が流行った時は真っ先に私の身を心配きてくれていた。いつもわかりやすく心配されているわけではないが記憶を辿ると不器用に私を案じる兄があった。
思いがけず海賊になってしまったが、海は好きだし楽しく過ごせている。この生活に嫌だと思うことはない。
ふと気になってアイゼンに質問をする。

「アイゼンにも妹か弟がいるの?」
「妹がいる。…何故わかった?」
「なんか、言い方が兄目線っぽかったし、ちょっと雰囲気が柔らかくなったから」

余程その妹が可愛いのだろう。
さっきまではヤンキーだったのに、今は雨の中捨て犬に傘を差し出すヤンキーの様な物柔らかさがある。この例えもどうかと思うけど。多分そんな感じだ。

「見た目だけならお前と同じ年頃だ」

見た目だけ?変な物言いだ。中身は歳上と言うことか。ロリババアというやつか。人の妹に対する感想としては失礼過ぎるので胸の中にしまった。アイゼンは何歳くらいなんだろう。若く見えるがあまり若者っぽくない。老けてるとかじゃなくて、未熟さを感じないというか妙な貫禄がある。

「妹さん、可愛い?」
「あぁ。聡明で、賢く、いつも俺の後をついて回るような可愛い妹だ」

そこまで聞いてない。
もしやシスコンか。ありがちな質問をしてみるか。

「私と妹さん、どっちが可愛い?」
「愚問だな。妹だ」

即答かよ。そこは嘘でも目の前の女をヨイショしておけよ。
このままだと妹トークが始まりそうだ。話を振ったのは私だし、全く興味が無いわけではないので聞いても良かったのだが、話題を変える事にした。

「私、夜の海が好きでよくこうしてるんですけど、夜の海ってなんだか怖くもありますよね。昼間だったら落ちても誰かが助けてくれるだろうけど、夜なら気付いて貰えなくてこのまま沈んでしまうんじゃないかって」
「ふっ、その時は俺がお前を助けてやろう」
「アイゼンは泳ぎが得意なんですね」
「ペンギョンフロートがあれば朝飯前だ」
「あ、得意じゃなさそう」

絶対に落ちないよう細心の注意を払おう。
ちらりとアイゼンを見る。でも、この大きな手なら落ちてしまう前に引き上げてくれそうだと思った。



翌日、甲板での事を兄に話すと寝ぼけてるのかと言われた。そんな名前の船員はいない、と。そんな筈はないと他の海賊団の人たちにも聞いて回ったが、アイゼンという名前にも伝えた容貌にも覚えはないと言われただけだった。
唯一船長だけが、私の話を聞いて笑っていた。



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