未遂
なぜ死んでいないのかと疑問の目を向けられる。それは私の恐怖心を煽った。ぞわり、と背筋に冷たいものが流れ落ちる。
すると見兼ねたのか、
「その聞き方はアレやろ。説明せな」
と治が横から口を挟んだ。
「でもほんまに、死んでてもおかしくない状態やったで」
どういうこと、と私が目で訴えかけると、治が最初から話そか、と侑に視線をやった。そして双子は顔を見合わせて何かアイコンタクトを取ると、再び私の方に向き直った。
「まず美葉は、憑き物筋っちゅうトクベツな人間なんや」
「これも親とかから聞かされてないんかな、へんな話やけど」
私は小さい頃に遠い親戚の家に預けられて育った。だからそれ以前の記憶がほとんどない。親が生きているのか死んでいるのかも知らず、己の出生をほとんど知らない。だから仮に憑き物筋であったとして、それを知る術はないに等しいだろう。私は知らない、と首を振る。
「憑き物筋は、オレら憑き物と契約してへんと大体は“鬼”に魂を喰われて死ぬ。“鬼”は憑き物筋の魂が大好物やからな」
話すところによれば憑き物というのは特定の家に憑く所謂妖怪みたいなもので、憑き物筋とは特定の家の家系のことを指すらしい。
鬼、という言葉に何か聞き覚えがあるような気もしたが、不穏な何かがちらついて無意識のうちに頭の端に追いやった。これは思い出してはいけないよ、と誰かが奥底から囁いている。
「せやから憑き物は、自分らが現世に居られるように憑き物筋に取り憑く。その代わりに契約として憑いた憑き物筋のご主人様を鬼から守って誠心誠意お仕えしてその家を繁栄させるっちゅう話やな」
侑と治は人狐――自分たちを憑き物の一つだと言った。それで私が憑き物筋である、と。
だから本来憑き物筋の私は人狐と契約していなかったが故に鬼に魂を食われていてもおかしくないということが言いたいらしい。
「でも現にひと欠片も食われてないみたいやしなあ」
「やっぱ美葉って不思議やな、おもろいわ」
好奇心をたっぷりと含ませた目で彼らは私を見下ろす。それは獲物を見つけた獣のような目でもあり、ペットショップのショーケースの中の愛玩動物を眺めるような目でもあった。
おいで、と誰かが遠くで私を呼ぶ声がする。
*
「美葉、起きて」
目を覚ますと、そこは千本鳥居の石段の真ん中であった。
真ん中、とは言えど上にも下にも出口が見えないからそう表現しただけで、ここが一体石段のどのあたりにいるのかすら分からなかった。
ひんやりと湿った石段の踊り場で身を横たえていた私は、またあの懐かしい呼び声で上体を起こした。
「……あなたは、」
「この前は暗くてよく見えなかったよね、だからこれが初めまして、で正解かな?」
目の前に黒い狩衣の、狐耳の青年が私と目線の高さを合わせるようにしゃがんでこちらを見ていた。黒髪の彼の目は、髪と同じ黒曜石のような色をしている。不思議と怖いとは感じなかった。双子の彼らと初めて会った時はあれほどに怖かったのに。
「はじめまして?」
「そう。美葉とははじめまして」
彼はなぜか含めるようにそう言って、私の手を取って握った。かなり冷たい感触が肌にじわりと広がった。人間にしては冷たすぎる。
「どうして名前を知ってるの?貴方は誰?」
あれほど出なかった声がすらすらと出てくる。きっとここは現実世界じゃない。ここはどこだろう。辺りを見渡しても、霧の中で千本鳥居と石段が延々と続いているだけで、それ以外には何もなかった。
「オレは倫太郎。どうして知ってるかは……秘密じゃだめ?」
「教えてはくれないの」
「また来てくれたら教えてあげる」
彼は薄く笑って、立ち上がった。私もつられて彼の隣に立つ。すると倫太郎の身長が私の頭一つ分と少し高いことがわかる。180はあるだろう。
「ここはどこ?」
「それも……秘密にしておこうかな」
揶揄うような、歌うような口ぶりで彼はそう言って私の手を引いた。
石段をゆっくり下りながら、私は先を行く彼の黄金色の尻尾が振り子のように揺れているのをぼんやりと見つめていた。
「尻尾、触ってもいい?」
「絶対ダメ」
「どうして?」
「……ダメなものはダメ」
頑なに倫太郎が嫌がるので、引っ張ったら実は蜥蜴のように切れてしまうのではないかという勝手な想像を思い浮かべる。この空間は思ったことが何でも口に出てしまう。気をつけなければ、と思いながら私は空を見上げた。鳥居の隙間からは曇天が見え隠れしている。
「ねえ、この先に何があるの?」
「――――の国」
「なに?」
聞き返せば彼はなんでもないよ、と首を振って、さらに繋いでいた手をしっかりと握った。
「あんまり意識の表層まで行っちゃうとまたあの双子に見つかって面倒だから、もう少し奥の方でオレと沢山遊ぼうね」
彼の声は、なぜか思考を鈍らせた。頭の中でよく響いて、水のように抵抗なく染み込んでいく。
「侑は目を合わせた相手の思考を読むなんて厄介な能力してるから、美葉の中を好きに覗いてるし……治は治で人の感情や記憶を食い荒らすから色々勝手に食べちゃうかも……はあ、めんどくさいな……何か手を打たないと……」
倫太郎がぼそぼそと何かを呟いているのが聞こえたが、回らない頭ではうまく意味を拾うことができない。
石段をさらに下っていくと、徐々に睡魔が私の上にのしかかってきた。足元がおぼつかない。
「美葉?」
「……あれ?」
ぐらりと視界が傾いて、気がつくと私は地面に膝をついていた。瞼に重石が乗せられたかのように重くなってくる。もう時間みたいだ、という倫太郎の声が遠い。
「またここにおいで。でも次会うまでにオレのことは忘れていて。すぐに助けてあげるから。美葉の望みは、なんだって叶えてあげる」
どろどろの糖蜜漬けの言葉に誘われて、私はその瞬間意識を手放した。