疑念
「今日は美葉にたまご粥作ったるからな」
「治、オレの分は?」
「あるわけないやろ」
途端に屋敷の中が騒がしくなった。
あれから数日、熱は徐々に下がってきたものの未だ微熱に浮かされる私に対して、彼らは辛抱強く看病してくれた。
その間に、私は大方双子の区別がつくようになってきた。
自由奔放、傍若無人を絵に描いたような性格なのが侑、それに比べ少し大人しく侑のブレーキ役に回ったりするのが治だ。
顔すら知らぬ祖母の遺産としてだだっ広い屋敷としばらくは働かなくても生きていけるだけの額のお金がぽんと手に入ってしまったのが数週間前。
遺産整理を兼ねて屋敷の中を見て歩いているうちに、裏庭にあった一軒家ほどもある蔵の裏で、苔にまみれた小さな祠を見つけたのだ。それは石碑と小さい稲荷狐の石像が二つ対になって打ち立てられているだけで、大層なものとは到底呼べない代物だった。
けれど、そういうものを見つけてしまえば開けたくなるのが人間の悲しくも必然の性というものである。
何か重要な文化財が埋まっているかもしれない。そうしてうっかり魔が差して――私はその祠の重石とも言える石碑を――押してずらしてしまったのだ。
すると浦島太郎の玉手箱が如く煙が辺り一帯に噴き出し、私がそれに咳き込んでいると、
「呼ばれたなあ、治」
「呼ばれたわあ、侑」
煙が晴れて、双子の狐耳の青年が目の前に現れたのだった。
そして彼らは勝手よろしく私を品定めすると急に噛みつき、私を昏倒させたのにも関わらずこうして介抱されている。
状況がめちゃくちゃだ。これも高熱が見せる悪い夢だろうか。人間とも狐ともつかぬものたちが人間の私の世話を焼いている。何もかもが霧の中の何かを掴まされているようだった。
彼らは私の味方なのか、敵なのか。
それすらも分からないまま一週間が過ぎようとしていた。
*
「人間の熱の温度なんか測ってどないすんねん」
「人間は一度二度熱が違うだけで死ぬんやて」
「脆いなあ」
水銀の体温計をぼんやり眺めながら、双子は人の脆さについて何の感慨もなく語った。
「うーん、まだ辛いんか」
侑に問われて、私は乾き切った唇を動かして大丈夫だと答えようとしたが、腫れた咽頭がうまく機能しない。とんとんと指で喉を指差すと、治が手を添えて親指で私の喉仏をさすった。少しくすぐったくて、顔を背ける。
「声が出ないんやな」
侑はそう言って私の目を覗き込んだ。アーモンドに似た色素の薄い色の瞳の中で、私は瞬きをしている。彼の中に取り込まれているような感覚に陥って、思わず瞬きののち目を逸らした。
「まだ俺らの魂が馴染んでないんやわ」
彼らは“魂”と言った。あの日私の首を噛んだことに何か関係があるのだろうか。
「死なへんだけでもマシやったなあ」
「美葉は特殊やから耐え切ったんやろ」
「いざ噛んでみたら色々ワケありっぽいんやけど」
「まあアイツの美葉に対する執着っぷりは中々やで、こらおもろいわ。からかい甲斐っちゅうもんがある」
「やりすぎて俺ら下手したら全員死ぬで」
「死んだ時のことは死んだ時に考えたらええ」
私を置いて、彼らはこともなげにそんなことを言葉を交わした。
それにしたって、と心底不思議そうな顔をして侑が枕元に頬杖をついた。
「もう元服も終えてそうな年頃やのにほんまに憑き物のこと知らんのか?」
知らない、と言うふうに私が首を振れば、治もまた侑と全く同じ瓜二つの不思議そうな表情を浮かべて私の首元の、まだ消えない歯型のついた二つの噛み跡に目をやった。
「噛み跡もなかったし、誰とも契約したことないんやろ」
「おかしいな、俺らと契約できるんならちゃんと憑き物筋のはずやで」
なあ、と侑は私の目を再び覗き込んだ。目を逸らされないように頬に手を添えて、触れてしまいそうなほど近くで、彼は瞬きもせずに問うた。
「なんでお前、死んでないん?」