一・好奇心は猫をも殺す
地方のターミナル駅から在来線を乗り継いで、木造平屋建ての無人駅に着いた頃にはすっかり日が傾いていた。
がたがたと乗り込んだバスが軋みを上げて舗装のない山道を走る。車体は錆び付き、壁に貼られた車内広告はいつのものと知れず青く変色してしまっている。乗客は私の他に誰もいない。時折轍を外れて進むバスはひどく揺れて、座っていた二人掛けの座席はシートが固く、とても居心地が良いと呼べるものではなかった。かれこれ一時間以上座っているから、尻が痛くて仕方ない。木々の隙間から藪が広がるだけの単調な景色も退屈を助長させる。本当は本でも読みたかったが、この揺れでは車酔いを起こしそうで、とてもそんな気分にはなれなかった。
そうこうしているうちに、バスは峠のトンネルに差し掛かる。夕闇は暗澹の内に吸い込まれ、車内の死にかけた室内灯が気味悪く明滅するのみとなった。
見覚えのない差出人からの手紙を下宿先で受け取ったのは丁度二週間前の話である。
手紙には顔も知らぬ母親の故郷がとある山奥の村にあること、村で十年に一度の祭が行われること、祭では村の外から招いた客人を「ウケモチさま」と呼び、祭で神さまへの捧げ物を奉納する役割を担ってもらうこと、今年はなかなかそういった人が見つからず困っているので私に参加してほしいといった旨が便箋数枚に渡って丁寧に書かれていた。
その手紙を見て一度は屑籠に放り込まんと丸めてはみた。知らぬ人間からの怪しげな手紙を怪しむなという方がおかしな話で、近頃手書きで何かを送って寄越すなど時代錯誤も甚だしく、何よりなぜ赤の他人が私の下宿先の住所を知っているのかが分からない。ますます怪しいと思考が蟻地獄が如きループに入っていくのである。
それなのになぜ私がこの誘いに応じようと思ったのか。
これはひとえに好奇心の一言で片付けられてしまうものである。人の好奇心は時に恐るべき原動力になる。
なんであれ私の元に流れ着いたこの奇妙な縁を捨て置くのは些か後ろ髪をを引かれるというものがあった。一度くらいは母の故郷を訪れたってバチは当たらないだろう。時は八月、大学の夏休みが中盤に差し掛かる頃合いであった。私には時間が腐るほどあったから、幾日か考えて行くと返事を書いて封をした。
実はもう一つ、気になることがあった。
手紙を受け取ってから、時折鈴の音が聞こえるようになった。ちりんちりんとした小ぶりの鈴の音ではない。もっと沢山の鈴が一斉に振られて発せられるしゃん、という音。これはどうも私にしか聞こえぬ幻聴のようであった。一緒にいた友人らに誰か鈴を鞄につけているかと尋ねたら、皆一様に私を怪訝そうに見つめるだけだったから。
そのうち、友人の一人がその鈴は神楽鈴ではないかと教えてくれた。巫女舞や神楽などの神事に使用される代物のようで、鈴は元来魔除けや神様を呼び寄せる効果があるのだという。
神事に関わるものだというのなら、元凶はその祭が関係しているのではないか。無関係とは言い切れないだろうか。直感に似た何かが囁いた。そこまで頻繁に聞こえていたわけではなかったが、何でも気になったら調べたくなってしまう悪い癖が古傷のように疼いて、それもまた私が村に足を運ぶ一因にもなったのだった。
そんな考えに耽っているとバスは一際大きく揺れた。危うくつんのめりそうになりながら顔を上げると、止まったバスの運転席から顰めっ面の運転手がこちらを振り返って言った。「お客さん降りな。終点だよ」
慌てて運賃機に小銭を入れて降りると、そこは田んぼの畦道のそばに錆びたバス停が立っているだけで他には何もないようなところだった。私が降りるのを確認するとバスは足早に走り去っていき、じきに見えなくなった。街灯もなく、暗闇の中で一人取り残された。スマートフォンを取り出すと既に十九時を回っていた。電波は圏外表示になっていて、今時こんな電波の届かない田舎があるのかと感心すら覚えていると、畦道の奥からちらちらと灯りが揺れて近づいてきた。手紙にはバス停に迎えに行くと書かれていたから、それのことだろうか。
しゃん、と耳の奥で誘うように神楽鈴の音が聞こえた。
「ごめんねえ、遅なってもうてねえ」
私の前に現れたのは、五十代ぐらいの女性だった。懐中電灯を持って、農作業着を着ている。
「随分遠かったやろう? 申し訳ないんやけど私たちの集落はもっと先なんよ」
私の言葉を待たずして、彼女はひょいひょいと元来た道を歩き出した。自らを稲荷田と名乗った女は、集落では皆稲荷田の姓やから苗字で呼ぶとほぼ全員振り向いて訳が分からなくなるんよ、と強い西の訛りで笑いながら話した。
いくらも歩かぬうちに道端に停められた軽トラックが見え、乗るように言われた。肩身の狭い助手席に座ると俄かに車は走り出しまた山道を走り出す居心地の悪いドライブが始まった。
途中、最寄りのバス停から集落まで車で三十分はかかり、交通の便が非常に悪いので村の生活はほとんど自給自足に近いことなどの説明をされた。
そして稲荷田の人間はほとんど村の外と連絡を取らないのだという。だから携帯電話はおろか固定電話すら持ち合わせていないらしい。
閉鎖社会の象徴のようなところだと思った。村の中で全てが完結している。それ故にどこか俗世から置いて行かれている、とも。
「あなたのお母さんはねえ、村一番の別嬪やってん。駆け落ちで村から逃げてもうた時はそらえらい騒ぎになったんよ」
「……駆け落ち、ですか」
そんな話は初めて聞いた。母は私が物心つく前に既に亡くなっている。
「あれ、聞いたことないん?」
父はあまり母の話をしたがらなかった。
夫婦不仲だったというわけではないらしい。しかし母のことを語る父の顔つきは険しく、子供ながらに母の話題はタブーなのだと悟った。だから詳しいことを聞くことはしなかった。それが父のためだと思って。「ええ、父も早くに亡くしてますから」
「……そうやったんか、ごめんねえ。あなたが生まれる少し前ぐらいのことなんやけど。村の外から来たあなたのお父さんに一目惚れしちゃったらしくてねえ……当然両親は猛反対したんやけど、それを振り切って逃げてもうたんよ」
「そう、なんですね」
この暗がりを二人で手を取り合って逃げたのだろうか。脚を藪の葉で切りながらも息を切らして。ただ山の下に見える灯りを目指して。
鬱蒼とした木々の隙間から見える月明かりを眺めて想像を巡らせた。
「そのあと東京に行って結婚したっちゅうのは風の便りで聞いてねえ、んでしばらくして子供が生まれた〜言うて手紙が来たんよ。流石に孫見たさに許す気になったんやろね……親とも仲直りすることになって。丁度その年は節目の年でねえ、お母さんは村の外から来た“マレビト”やから、儀式に出てもらうことにしたんよ」
マレビト。
古くからある外からやってくる客人を神の使いと考え、もてなす信仰の一つだ。定期的に常世の国という異界から神が来臨し、歓迎すれば祝福を受けられるという思想は、決して珍しいものではない。
農村は特に豊穣を司る稲荷大神に対する信仰が篤い。恐らくこれから訪れる村の“ウケモチさま”も日本神話に登場する穀物を司る神である
言葉通りなら、私は母に連れられてこの村に一度は来たことがあるらしい。もちろん記憶なんてない。これも何かの縁というやつだろうか。
「毎年規模の小さいお祭りはするんやけど、十年に一回はいつもありがとうございますて稲荷様にお礼を言うために儀式して、本殿にお参りするんよ。今年はそのお祭りの年やから、誰を呼ぼうかて色々話し合って……その時誰かがあの子がもうだいぶ大きくなったから呼んではどうかって言うてね……」
「誰か?」
「誰かは覚えてないんやけど、でも妙に説得力みたいなんがあってな……みんなでほな呼ぼかて話になったんよ」
その誰かの鶴の一声で、私に白羽の矢が立ったというわけだ。二十年前に一目見ただけの私のことを覚えているなんて、よほど物覚えが良いか、印象深かったに違いない。
しゃん、しゃん……。
涼やかな鈴が揺れる音がする。
「ここや。着いたで」
同時にエンジンの唸り声が止む。降りるように促され、暗い足元を伺いながら車を降りた。
そこは谷間に沿って、民家の灯火が連なる光景が広がっていた。わずか数十軒ばかりの小さな村。田畑が広がり、中央には川が流れている。
今日は村で一番偉い人が私をもてなすために色々用意しているからそこに泊まるといい、と言われた。女が指差した先には、村の中でも一等大きい灯りがついた屋敷があった。
「客間とか揃っとるのあそこのうちしかないんよ。ここいらは宿屋なんかもあらへんし、一番良くしてくれると思うんやけど」
私は些か恐縮した。確かに山奥の村だというからホテルなど期待はしていなかったが、せいぜいどこかの家の片隅で寝られれば良いと思っていたから、想像より好待遇であったことに後ろめたさを感じていたのである。
「あなたは“マレビト”さんなんやから、こういう贅沢は今のうちにしといたほうがええんやで」
神の使いを歓迎しなければ来年の豊作を約束してもらえないのだから、歓待を拒否しないでほしいとお願いされれば、首を縦に振らずにはいられないのである。
「ほな決まりや。こっち来てな」
懐中電灯で足元を照らされ、また山道を村に向かって下り始めた。
『……こら終いや、可哀想に』
『可哀想なんて大して思っとらんやろ』