第1章 01
メリーカは金色のつぶらな瞳をパチパチと瞬かせた。
そこにいるのは、緑衣を身に纏った少年だった。白くてふわふわと淡い輝きを放つ光――妖精、を連れている。こんな組み合わせ街では目立って仕方がないだろう。
重く閉ざされた扉に背を向けて、少年に近付く。小さな段差を降りれば、柔らかなクリーム色の髪がふわりと揺れた。
(街の子じゃない、わよね)
疑問ではなく、これは確信だった。
街の人が、妖精を連れて歩いているわけがない。
対する少年は、先客がいたことに戸惑いを見せていた。
「キミは、誰だ?」
瞳は澄んだ青い色をしている。晴れた空の色だ、とメリーカは思った。
しんと静まり返った神殿にはメリーカと少年の二人だけ。
「そういうあなたこそ誰なの?」
メリーカは腕を組み、じとりと少年を睨めつけた。
この神殿――時の神殿は街の外れにあり、訪れる者は滅多にいない。時折思い出したかのように旅人がやってくる程度である。この場所を、メリーカは大変気に入っていた。大理石の床はひんやりと冷たく、歩く度にカツリと子気味の良い音を奏でる。建物の内部は壁も柱も全てが白く、差し込む陽の光が反射して、全てを洗い流してくれるような静謐さに満ちている。ここでこっそりとリュートの練習をするのがメリーカは好きだった。
そんなひと時を邪魔されたのが面白くなくて、メリーカは不機嫌さを隠しきれないでいた。
しかし、少年がそんな事情を知るわけもなく、初対面からトゲのある態度を取られたせいか、心持ちムッとしてメリーカを見据えた。
「俺はリンク。……それで、キミの名前は?」
仕方がないと言いたげにリンクという少年は名乗った。
「わたしはメリーカよ。それにしても、こんなところに来るなんて、……」
何か用なの、と続けようとした言葉が途切れる。メリーカはリンクをじっと見据えた。何だか胸がザワザワする。リンクに近づけば近づくほど、何かに呼ばれているような、そんな気持ちになった。
「……あなた、何か不思議な力を感じるわ」
「え?」
どういう意味かと首を傾げるリンクに構わず、メリーカは目をすがめて意識を集中させた。
霞んだ視界に見えてくるのは優しい緑色の光。その先にあるものとは――。
(森……?)
生命力溢れる、木々の集まり。こんなに間近で森の力を感じたのは初めてだった。
思えば、リンクの緑色の服は森を連想させる。森から来たのだろう。そうであれば妖精を連れていることにも納得出来る。
だとしても、普通の人間にこれほどの大きな力を感じたことなど今までなかった――ある人物を除けば。
「あなた一体何者なの?」
「何者、と言われても……俺は森から来たコキリ族だよ」
やはり、森から来たという推測は当たっていたようだが。
「……本当にそれだけ?」
リンクは頷くが、メリーカは腑に落ちなさそうな顔で首を傾げている。彼女が何に引っ掛かりを覚えているのかリンクには分からない。
「他に何があるっていうんだ。というか、そういうキミこそ何者なんだ?」
時の神殿に一人で訪れていた少女。リンクが町の人に聞いた話だと、滅多に訪れる者はいないということだった。
リンクには詰め寄ったくせに、いざ自分のこととなると、メリーカはばつが悪そうに目をそらした。
「わたしのことなんて良いの」
己のこととなると途端に口を閉ざすメリーカに、さすがにムッとしたリンクはぼそりと文句をもらす。
「人のことは聞くくせに自分のことは喋らないなんてケチくさいな」
「は?! ケチですって?!」
聞き捨てならない。メリーカはまるで毛を逆立てるように肩をいからせた。よほどケチくさいという言葉が気に食わなかったのか、勢いに任せて早口に捲し立てた。
「良いわ、そんなに聞きたいなら教えて差し上げるわ! 私はハイリア名門貴族ランベール家の娘! この国のお姫様のゼルダ姫とは大の仲良しなんだから!」
「ゼルダ姫?!」
「な……なによ、どうしたのよ急に」
予想以上の食いつきに、メリーカの方がたじろいだ。
だが、町の人だって滅多にお目にかかることの出来ないゼルダ姫だ。驚かれてもおかしくはないのかもしれない、と思い直したものの、どうやらリンクには別の理由があるようだった。
「ゼルダ姫に渡さなきゃいけないものがあるんだ。でも、城の兵士が通してくれなくて……」
「そりゃ……タダで一国のお姫様に会わせてくれるわけないじゃない」
メリーカが姫に会うにしたって、まずお伺いを立ててからでないと顔を合わせることすら叶わない。
その時、ふわふわとリンクの周りを漂っていた光が声を発した。
「ねぇリンク、このコに頼めばゼルダ姫に会えるんじゃない?」
「えぇっ?」
あまりの無茶振りに、そして妖精が喋ったことに二重に驚くメリーカは思わず白い光を凝視した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに仲良しとは言ったけど……」
簡単に言うけれど、全く簡単なことではない。
というか妖精って喋るの。初めて知った。
顔を曇らせるメリーカとは対称的に、可能性を見出だした二人(片方は妖精だが)の声は必死なものだ。
「頼む、デクの木サマに託されたものをどうしても渡さなきゃならないんだ!」
「そんなこと言われても……というかデクの木サマって誰……?」
メリーカの疑問には、妖精が答えた。
「森の守り主のようなお方よ。先日、お亡くなりにになったデクの木サマのために……リンクがゼルダ姫に会いに来たの」
「そう、なの……」
何だか聞いてはいけなかったことを聞いてしまったような心地がして、メリーカは視線を下に降ろした。リンクと妖精の口振りと態度からして、デクの木サマを慕っていたのだろう。だから、そのデクの樹サマの届け物を渡すため森からはるばるハイラルまでやって来たのだ。
リンク達はこんなにも必死にゼルダ姫に会おうとしている。ただの好奇心ではないと知り、何とかしてやれないかという思いが膨らむものの、どんな事情があったとしても城へ正面から入るのはやはり不可能だろう。
「………………」
方法がないわけではなかった。だが、抵抗がある。それに失敗は許されないし、実行するのは賭けに近い。リンク達を連れて行って良いものかという躊躇いもある。悶々と悩んでいたメリーカだったが、そんな彼女の胸中をリンク達が知るよしもない。
「一刻も早くゼルダ姫に会わなくちゃなのに通してもらえないなんて……」
「大丈夫だナビィ。きっと会える」
しゅん、と落ち込むナビィと呼ばれた妖精。そしてそれを励ますリンク。その姿を見て、良心が痛んでしまったのはなぜなのか。リンク達が城に入れないのはメリーカのせいではないというのに。
しかし、メリーカはやけくそになって叫んだ。
「あーもうっ! 分かったわ、行きましょう! ゼルダ姫のところまで連れていけば良いんでしょーー!!」
人気のない神聖な神殿に、少女の大声が響く。
「本当に?!」と目を輝かせる妖精と少年を見て、メリーカは一気に脱力した。
上手く乗せられてしまったと思うのは、気のせいだろうか。