生徒会長という仕事に就く上で外せない要素。それは人脈だ。
同級生のみならず下級生、先生方にまで広くコミュニケーションをとっておくことで、いざというときに情報が入ってくることもある。
そう、例えば。
「入学早々喧嘩なんて、物騒だこと」
「ふん、俺は不良だからな」
一年生の間で、乱闘があったらしい、とか。
保健室のベッドの上、手当てされた姿の卍里がいた。頬にガーゼを張っている。
「残夏には言うなよ」
「残念、もう知らせちゃった」
「おい!」
「残夏は貴方のSSですもの、知る権利があるわ」
「……絶対からかってくる……」
「でしょうね」
とはいえ、残夏は残夏で卍里のことを大事に思っている、はずだ。
ベッド脇の丸椅子に座ったところで、保健室のドアががらりと開いた。
「あら、残夏に凜々蝶。珍しい組み合わせね」
「保健室まで案内してもらったんだ〜。あらら、ボロボロじゃないの」
「ケンカでおった傷は不良の勲章だ!」
「は、勲章ひとりじめだな」
うさ耳に包帯。残夏の姿は学校には少々似つかわしくない気がする。
スーツを着ていなければ妙な男がいるとして通報ものだ。……いや、スーツを着てても変だけど。
「ともあれ、卍里。ケンカの原因、教えてくれる?」
「……」
「あら、私にも教えてくれないの? 冷たいわね」
先生にも話さなかったらしい。さて、どうしよう。
話したくないなら無理に話させるのはよくないが、とはいえまた同じ事があっては困る。
「あのねちよたん、華たん。渡狸がいくつまで白ブリーフだったかというと〜〜」
「わーっ! 言う!!」
「君という奴は…」
別に卍里の下着事情なんて一ミリも興味はないのだが。
まあ卍里も年頃の少年だ、羞恥心はあるのだろう。
残夏の思惑通り、卍里は口を開いた。
「カルタの事、頭おかしいって言ったんだ…」
「……」
「確かにあいつは何っも考えてねぇ。でもいいんだ。あいつは何も考えてなくても解ってるんだ、ちゃんと。考えるよりももっと深いトコ…きっと本能とかで何が正しいか解ってるんだ」
なるほど。好きな子を護ろうとしたのか。
確かにカルタは少し不思議なところがある。訳を聞けば別に、何も不思議ではないのだけれど。
入学早々カルタを見た一年生には、少々妙な行動に思えたかも知れない。
「そう…あいつはジャングルのヒーロー、ターザンみたいなもんだ」
「ぎゃははははひひひひひははははは!!」
「笑うなー!!」
「ふ、ふふ……っ、あはは! 貴方、たとえが独特なのよ……!」
好きな子をターザンで例えるなんて聞いたことがない。
けらけらと笑っていれば、保健室のドアが再び開く。
そこに居たのは当の本人、カルタだった。
「渡狸…」
「カルタ…」
「あ、ジャングルのヒーロー。それじゃ、ボクらはお暇しよーかね〜」
「そうだな」
「そうね。カルタ、卍里のことよろしく」
「うん…」
保健室を出て、ドアを閉める。
凜々蝶がぽつりと言った。
「仲が良いんだな」
「二人は幼なじみさー。友達以上恋人未満の二人の、世にも美しい物語〜」
「やめないか、他人のプライベートを…」
「いつも思うけどその紙芝居、どこから取り出してるの?」
「ふふ、ヒミツ」
残夏の紙芝居は可愛らしい。何故か登場人物全てウサギだからだ。
「昔々ある所に、妖怪と交わった者達がおりました。現世にもその血を受け継いで、どの家も不思議と繁栄していました。その家の中でも特に妖怪の血を濃く受け継いだ先祖返り、それがボク達です」
「ボク達はその血を濃く受け継ぐだけでなく、先祖であるその妖怪と同じ日、同じ時間、同じ容姿、同じ性質を持って生まれ、稀に記憶まで受け継いで、不思議と同じような運命を歩むのです」
「家々はそんな彼らを始祖の再来とし、始祖と同じ名を付け、一族全体で育てる事にしました」
「つまり両親の要素なんてボクらにはほとんど反映されません。ただの母体だね。家族という概念の希薄なボク達はいつも孤独です、え〜ん」
「ふん、今更な話だ…」
先祖返りは祭り上げられる。私の家は特にその傾向が強い。
とはいえ母も父も兄も、充分に私をかわいがり、のびのび育ててくれている。先祖返りの家の中では珍しい方かも知れない。
けれどそうでない家も多い。私には、満足に想像は出来ないけれど。
「だからこそ求め合い身を寄せ合う二人のお話〜。人は良くも悪くも他人と関わらずに生きるのは難しいよ? さあ、ちよたんもレッツコミュニケーション」
「あら、良いこと言うじゃない」
「渡狸もカルタちゃんもオモシロイ子だよ〜。お友達になってみたら?」
「…確かにおせっかいだな、君は…」
「そうそう、私とお友達になったみたいにね。妖館の住人は皆素敵よ」
「お友達……?」
「え」
そこ、疑問を持たれるとは思わなかった。
……そう、お友達と思っていたのは私だけか。そういえば他人って言われたな。
「……ごめんなさい、なれなれしくて。もう言わないわ」
「! ち、違う! そうじゃ、なくて……その、……いいのか」
「良くなかったら言わないわ。私、好き嫌いははっきりしているの」
「セロリ食べれないもんね」
「口に合わないものは無理して食べる必要がないのよ残夏、知ってる?」
「お友達……そう、そうか」
あら、うれしそう。
言って良かったかも知れない。凜々蝶には、言葉で関係性を明確にする方がいいらしい。
「「どうやって関わればいいのか解らない」なんて難しく考えなーい。そんなもの、いつの間にかだよっ」
「なっ、また視たな…!?」
「ふふ、可愛らしいこと」
どうやってお友達を作るか、なんて考えたこともなかったな。
話してみて好きだったらもう友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。
がんばって、と凜々蝶の背中を押す。彼女は恥ずかしそうに、でもこくんと頷いた。
それから数日後。
生徒会の職務で少し遅くまで残っているときだった。
「!」
妖怪の気配。すぐさま生徒会室を出て、その場所へ向かう。
そこに居たのは沢山の渡狸と変化した凜々蝶、それに倒れている濡れ女だった。
「二人とも、無事?」
「! 龍泉さん」
「ふん、遅かったな。とっくに終わったぜ、俺の力でな!」
「そう、よかっ……!」
まだだ。
ゆら、と濡れ女の尻尾が動く。
咄嗟に水の盾を張って、けれど勢いまでは殺しきれず。
あっけなく私たち三人は、窓から落下することになる。
「っ……!」
凜々蝶はかばった。渡狸も。でもこのまま落ちたら大けがだ。
水をたぷん、とクッションのようにして落下場所に作り、受け身をとる。こういうときに目を瞑ったらだめだ、何も見えなくなるから。
衝撃に備えたその瞬間、声が聞こえた。
「華火ちゃん、ちよちゃん、渡狸……落ちちゃうよ…?」
どろん、と。
私の水のクッションごと、がしゃどくろに変化したカルタの手のひらの上に落ちる。
粘度を調節したから濡れることはなく、私たちは水のクッションの上に着地した。
「髏々宮さん…」
「カルタ、助かったわ。ありがとう」
「でも渡狸くんは…?」
救出できた渡狸は一匹だけ。けれど、きっと大丈夫。
「渡狸…」
「おう、よく判ったな」
「うん、わかるよ」
そう、カルタには判るのだ。
カルタは不思議なところがあるけれど、本質的にはきちんと判っているのだから。
「第六…じゃなくて、五感…もダメで…五臓六腑? で…」
「それ違うな」
くす、と笑う。どうやら彼らが仲良くなるのも、そう遠いことではないらしい。
さてと。片付けに行かなくっちゃ。
「カルタ、二人のことお願いしてもいいかしら」
「うん…」
「君はどこに行くんだ?」
「濡れ女。あのままにしておけないでしょ」
とどめを刺して、朝になったらちゃんと消えるように。
行こう、と足を踏み出したとき、後ろから声をかけられた。
「龍泉さん」
「? なあに?」
「……助かった。ありがとう」
「!」
思えば凜々蝶から礼を言われたのは、初めてかも知れない。
私は振り返りざま、ゆるやかに笑った。
「いいのよ、仕事ですもの」
今回はカルタもいたし、大けがにはならなかったけど。
またこういう事にならないよう、対策を立てておこう。
まあ今はひとまず、濡れ女の掃除だ。
→
back
Wisteria
ALICE+