凜々蝶からのメールがあったのは、ちょうど夕食を済ませた頃だった。
ご多忙の中失礼致します、から始まったメール。それは意外にも、果てしなく慇懃だった。
内容を要約すると、買いに行きたいものがある。けれど双熾には話せない。出来れば秘密にしたい。
だからついてきてくれないか、という主旨のもの。
了解、と返信し、部屋着から着替える。
ラウンジに行けば、凜々蝶はとうに着いていた。
「お待たせ、凜々蝶」
「ああ。……すまないな、手を煩わせてしまって」
「いいのよ、言ったでしょ、何かあったら頼ってって」
外に出ると、もう大分暗かった。
メールをくれて良かった。こんな時間に一人で外に出るのは危ない。
妖怪に狙われやすい私たち先祖返りにとっては、特に。
「それで、何を買いに行くの?」
「コーヒーのフィルターが切れてしまってな。御狐神くんと……その、お茶をしたくて」
「なるほど」
チリ、と焦げたような心の痛み。そんなの見ないふりだ。
いいことじゃない。双熾は凜々蝶が好きだし、凜々蝶も双熾に歩み寄ろうとしているのだから。
「凜々蝶のコーヒーはおいしいもの。双熾もきっと喜ぶわ」
「……だと、いいんだが」
「ふふ、大丈夫。私が保証するわ」
話しながら店に向かう。無事にフィルターを買って、帰路についた。
あたりは大分暗く、街灯もない。歩いている最中、そういえば凜々蝶に話があったのだと思いだした。
「凜々蝶、連勝から聞いたのだけど。ストーカーにあっているんですって?」
「耳が早いな」
「相談してくれればよかったのに。変質者なんて私が一ひねりしてやるわ」
「ふん、たいしたことはない。「モウスグアエルヨ」とだけしか来ていないし、既に受信拒否にしているからな」
「そう、だったらーー」
安心ね、と続けようとしたとき。
ピルルルル、と電子音が鳴る。これは凜々蝶のメール着信の音だ。
「あら、メール?」
「……妙だな。迷惑メールは受信拒否をしたんだが……まさか、アドレスを変えたのか?」
「……見せて」
「え? あ、ああ……」
「オンナノコダケデナンテ、アブナイヨ」
……見られている?
「ワタシタチニ ヨルノヤミハ キケン」
「私たち……?」
「まさか、こいつも僕らと同じ…妖怪の先祖返り!?」
「……ケンカ売ってるのかしら」
私が居るのに凜々蝶に危険なまねはさせない。
ゆら、と後ろで揺らめいた影。シバこうとして拳を握る。
振り向きざまそれを食らわせようとして、私は思わず固まった。
「凜々蝶さま達に何かご用でしょうか?」
「双熾……!」
「なんだ〜、彼氏いんの。じゃーねー、お幸せに〜」
「よ、よっぱらい…?」
「みたいね。それより……」
問題はこっちだ、と私は双熾を見る。
秘密にしてと言われていたから、双熾には知らせていないものだと思っていたのだが。
「…御狐神くん、君がどうしてここへ…!」
「凜々蝶さま達こそ、こんな暗い中にお二人で、何をなさっていたのですか。危険だとは思われないのでしょうか?」
「ただの買い物だ」
「それに、私が居るんだから大丈夫でしょう」
「ですが、華火さまは女性です」
「……女だから戦えないとでも? 今の酔っ払いのことなら私も凜々蝶も気付いていたわ」
「そうではありません。お兄さまから伺いました、メールの事です」
メール。さっきのあれか。
「凜々蝶、貴方双熾にも話してなかったの?」
「あ、ああ……」
「……それは良くないわね。せめて彼にだけは、話しておくべきだったわ。それか私に」
「だが……」
「双熾の本分はSSだし、それは私も同じ。……それとも、頼りなかった?」
「! そ、そんなことはない!」
「凜々蝶」
肩をつかんで、目を合わせる。凜々蝶は狼狽えた顔をしながらも、こちらを見ていた。
「私も双熾も、貴方を護るためにいるの。危険な目にあったら悲しいし、役に立てなきゃSSの意味がないのよ」
「華火さまのおっしゃるとおりです。買い物だろうと何だろうと、凜々蝶さまがお申し付け下さるのでしたら何でも致します。それに、華火さま」
「え、私?」
「はい。僕は貴方を護ると申しました。それなのにお二人だけで外出とは……。お二人をお護りできないのでしたら、僕に意味はありません」
「……意味ならある。僕にとっては、ある…!」
凜々蝶にとっての、双熾の存在意義。
それは、つまり。
「だいたい君はずるい人だ。君ばかり僕の事に関わってきて、自分の事は一歩下がって見せないようにする。対等じゃない。施しを受けるばかりは癪だな」
「凜々蝶さま…。身に余る勿体ないお言葉です…。凜々蝶さまの従僕にすぎない僕にそのようなご慈悲を…」
「だからそういう態度の事を言ってるんだが?」
確かに双熾は、人と距離をとろうとする。
というより、内面を見せようとしないのだ。その傾向は、昔からあった。
「ですが僕は奉仕する以外に、他人との円満な関わり方を知りません。ずっとそうやって生きてきました…」
「…? 御狐神くん…」
「……」
双熾がどのようにして生きてきたのか。私は彼の半分しか知らない。
彼が言うならそうなのだろう。その通りに生きてきたのだろう。
それはきっと、仕方ないことかも知れない。でも。
「……凜々蝶」
「なんだ」
「話してあげた方がいいかもね。貴方が何も考えないで、双熾を置いてけぼりにしたわけじゃないってこと」
「……? 華火さま、それは一体……」
「これ」
「あ!」
凜々蝶の持っていたビニール袋。その中に入っていたフィルターを見せれば、双熾は首をかしげる。
「……フィルター?」
「……他人とのコミュニケーションについて僕から偉そうに言える事はひとつもないが…だけど…何だか他のパートナー達より遠い気がして…」
「………! 凜々蝶さま…」
「だ、だから明日は僕のいれたコーヒーで一緒にお茶をしてもらう! その時は無礼講だ、無粋な振る舞いは禁止だからな」
いえたじゃない。
凜々蝶の頭をなでる。さらさらとした質感の髪の毛だった。
凜々蝶は恋敵と言ってしまえばそうだ。敵に塩を送るなんて真似はしたくない。
でももう私に勝ち目がないのなら、応援するくらいいいだろう。
「凜々蝶はちょーっと、素直じゃないだけよね。それに私を護衛につけてるんですもの、何かあっても平気よ。許してあげて、双熾」
「華火さま……」
にこり、と笑った。心が痛くても、そんなの二人には関係のない話。
けれど、それで終わりじゃなかった。
後ろから感じた気配。凜々蝶を双熾の方へ向けて押す。
「下がって」
「え」
キン、と音が鳴る。咄嗟に出した刀と、もう一本の刀がふれあう音だ。
刀が重い。男だ。さては凜々蝶のストーカーか。
「双熾、貴方は凜々蝶を護りなさい。凜々蝶は下がっていて」
「君か、僕の所へくだらんメールを送ってきたのは」
「ああ、そうだ」
……? 聞き覚えのある声だ。
ある、というか。ありすぎる、というか。
この声、まさか。
「少しも怯えないので、私もつまらないと思っていたところだ」
闇夜の中、月明かりに相手の姿が照らされる。
変化の解かれる気配。その気配に、確信した。
「貴様もあの程度のプレイでは足りなかったか! 久しぶりだな、我が肉便器達よ!!」
「!!?」
「……蜻蛉」
「いつもながら、悪ふざけがすぎますね…」
全くだ。
いきなり斬りかかってきて何かと思えば。まあ彼を百パーセント理解するなどできはしないのだが。
はあ、とため息をついて、日本刀をしまった。もう不要だ。彼は敵じゃない。
「君たちの知り合いだったのか!?」
「なに? 何を言ってるんだ、私の事を忘れたか、薄情者め」
というか、凜々蝶とも知り合いだったのか。そちらの方が驚きだ。
「私は青鬼院蜻蛉。双熾の元主人であり、貴様の婚約者ではないか」
「!」
「は? 婚約者?」
聞いてないんだけど。
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