「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
中に入れて、とりあえずローテーブルにお茶を出す。
手短にとは言ったけど、来客に茶を出さないほど世間知らずじゃない。
双熾の好みは深くは知らない。ただ、ハーブティーを嫌いじゃないことは知っている。
だからカモミールのお茶を出した。彼に茶を出すのも、もうこれで最後かもしれないから、とっておきを。
「……」
「……美味しいです。さすがは華火さまですね」
「……そう」
生憎私は味なんか分からない。双熾の顔すらろくに見られない。
はあ、とため息をつけば、双熾がこちらを見たのが分かった。
「……泣かれて、いたのですか」
「……」
「目の周りが赤くなっております。タオルをお持ち致しましょうか」
「……いらないわ」
そんなことより早く帰ってほしい。
双熾と同じ空間に居るのがつらい。耐えきれない。
「……何でここに来たの」
「夏目さんが。華火さまが、元気がないと」
「……残夏」
思わず眉をしかめた。余計な真似を。
人の心が分かるのだから、私の望むことも分かるはず。
放っておいてくれればよかったのに。双熾になんか、何も言わないでほしかった。
「……僕でよろしければ、話して下さいませんか」
「……貴方に?」
「はい。他人に話すと、楽になることもあるでしょう」
「……」
いつかどこかで、私が言ったような台詞だ。
他人に話すと楽になる。でも双熾は泣いた原因の張本人だ。
楽になるどころか、気まずくなるだろうに。
「結構よ。それ、飲み終わったら帰ってちょうだい」
「……華火さまをこのままには出来ません」
「……貴方がいても、何の役にも立たないわ」
「側に居ることなら、出来ます」
「……側に、ね」
嘘つき。
私が全部を話したら、貴方は困った顔で笑って、私の元から去るくせに。
そして凜々蝶の所へ行って、勝手に幸せになるのだろう。
……ああ、でも私をフッたとなれば。この人の心に、ひとつまみの痛みくらいは残せるだろうか。
どうかな。私は双熾と仲が悪いわけじゃないと思っているから、同情くらいはしてくれるかも。
性格の悪いことを考える。考えて、くすりと笑った。
「……話してほしいの?」
「はい」
「気分のいい話じゃないわよ」
「それでも、です」
「……そう」
そこまで、言うのなら。
私の痛みを、少しでも理解してくれるなら。
「……失恋したのよ。私」
「失、恋……ですか」
「そう」
口に出すとやっぱりきついな。恋が成就したばかりの双熾には、困った話題だったかもしれない。
ハーブティーの水面が揺れている。そこに映る私の顔が、ふっと笑った。
「……別に珍しくも何でもないわ。でも、……意外と悲しいのね」
「……お相手は」
「……それ、貴方に関係ある?」
「……差し出がましいことを申し上げました。ですが……」
まあ、ここまで言ったら気になるかな。
野次馬根性で聞いている、なんて双熾に限ってないと思うけど。
ちら、と双熾の顔を見上げる。どんな表情をしているのか気になって。
……彼は、何故か少し怒ったような顔をしていた。
「……華火さまは、思い人がいらっしゃったのですね」
「……そうよ」
「ですが、思いを遂げられなかったと」
「そう言ってるじゃない。何、嫌み?」
「いえ。……そうですか」
慰めては、くれないか。
そりゃあそうだ。昔なじみが失恋したところで、双熾にとってはどうでもいいだろう。
さっさと帰りたい、とか思ってるのかな。どうだろう。
双熾のことは、昔から読めないから。
「……では、新しい恋をするのはいかがですか」
「は?」
何を言っているの、この人は。
思わず目を見開いて、双熾を見る。彼はにっこりと、綺麗に笑っていた。
「失恋の痛みに効くのは、新しい恋だと言います。新しく好きな方が出来れば、痛みを忘れられるのではないですか」
「……」
それを、貴方が言うの。
……随分酷い話だ。やっぱり言わなきゃ良かった。
思い人から他の人を好きになったら、なんて言われるなんて。そんな悲しい事ってないでしょう。
「……そうね、いいかもね」
声が、震えた。
それでもそう答えたのは、精一杯のプライドだ。
龍泉華火なら、こう答えるから。
「……教えてよ、双熾。私は次に、誰を好きになれば良いの」
双熾は何て言うんだろう。
蜻蛉? 残夏? それとも連勝? ……まさか、卍里だなんて言い出さないでしょうね。
半分投げやりになって言ったその言葉に、
「では、僕などいかがでしょう」
双熾は、とんでもないことを答えた。
「……は?」
しんとした夜の部屋に、双熾の声が静かに響く。
言葉の意味が、分からない。
「……何を言っているの、貴方」
「年上はお好みではないですか?」
「は、」
「見た目も性格も生き方も、貴方の思うままに変わりましょう。……華火さまが、僕のことを好きになって下さるのなら」
「……な、……っ?」
ほ、本当に意味が分からない。
だって、だって双熾は、さっき。
「……あ、なた。二股でもかけようっていうの?」
「二股、ですか? 申し訳ありません、おっしゃる意味が、よく……」
「り、凜々蝶はどうするのよ!」
あんなに仲睦まじく、笑っていたというのに。
まさか、凜々蝶を裏切るつもりなのか。
「凜々蝶さま……?」
「そうよ、だって貴方……凜々蝶と、恋仲なのでしょう?」
「…………?」
双熾が首をかしげた。
演技ではなく、本当に。私の言っている意味が分からないとでも言いたげに。
「凜々蝶さまは、僕の護衛対象者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……う、嘘よ。だって私、見たもの。貴方と凜々蝶が、公園で……」
「! ご覧になっていたのですか」
ほら、やっぱり。
見間違いでも人違いでもない。あれは双熾と凜々蝶だ。
跪いて笑っていた、双熾の顔。脳裏から離れないのに。
「凜々蝶さまから、お手紙を頂いたのです。少し手違いがあったようですが」
「……タイムカプセルの、手紙」
「さようでございます。そこには、凜々蝶さまの決意が書かれておりました」
「決意……?」
「ここの……妖館の住人の皆様に出会えて、変わりたいと思われたと。ちゃんとした自分になりたい、そして、皆の側に居たいと」
「……?」
ますますもって、よく分からなくなってきた。
「貴方への、恋文じゃ……」
「恋文など。あれは僕だけでなく、妖館の皆様に対する思いの込められたお手紙でした」
「……じゃあ、なんで公園で、あんな……」
「凜々蝶さまの決意に、僕も感銘を受けたのです。僕も、凜々蝶さまの従者として、襟を正さねばと思い……改めて、凜々蝶さまを護衛することを決意したのです」
「……護衛を、決意」
「はい」
「……それだけ?」
「はい」
……いや、でも。
「貴方……凜々蝶のこと、好きなんじゃないの?」
「はい、敬愛しております。凜々蝶さまはご立派な方でございますから」
「……敬愛」
じゃあ、つまり。
全部私の、勘違いだったって事?
「………………はぁ…………」
「華火さま?」
何だか一気に力が抜ける。疲れた。気持ちの上下が激しすぎる。
よろよろと、私はテーブルに額を着いた。ごん、と鈍い音がする。
「……何それ」
「……? 華火さま」
無駄に一喜一憂した。
……でもそうか、二人は恋仲ではないのか。
「……それで、華火さま」
「……何」
「先ほどのお返事を、お聞かせ願えますか」
「は……? 返事?」
「はい」
「なんの……」
「僕のことを、好きになってはどうかというご提案です」
「……!」
そうだ、そういえばそんな話になっていた。
……いやでも、失恋は結局勘違いだったわけで。
「……ああ、それ。もういいわ」
「……は、」
「その必要はないから」
「っ」
双熾のことを、誰かの代わりに好きになる必要はない。
この気持ちは、まだ持ったままでいいのかな。
そう思って、ふっと微笑む。すると、いきなり手を捕まれた。
「! なに、」
「華火さま。その必要がないとは、どういう意味でしょう」
「い、意味?」
「僕が気に食わないのでしょうか。顔が駄目なら変えます。性格が駄目ならお好みのままに動きます」
「え? え、えと……」
「……それとも、まだ未練があるのですか。貴方を振るなどという、愚鈍な男に」
「は?」
な、なんか……よく分からないけど、怒ってる?
別に双熾が駄目だとか、そういう意味じゃないんだけど。
ていうか、むしろ。
「いや、そうじゃなくて……」
「……僕を選んでくれたなら。一生、後悔なんてさせないとお約束します」
「……は、」
……なんだか、その言葉はまるで。
「……い、嫌だ。貴方、その言い方……告白みたいよ」
「……みたいではなく、告白だと言ったら?」
「……え、」
告白、って。
それは、つまり。
「お慕い申し上げております、華火さま」
私の事が、好きってこと?
双熾が?
「……な、なんで」
「何故、ですか。そうですね、理由を語るには時間がなさすぎますが……」
「ていうか私、貴方に嫌われる覚えはあっても、好かれる覚えは……」
「まさか。僕が貴方を嫌うなんて、たとえ世界が滅びてもあり得ません」
「……っ」
「どうか、華火さま。もしこの愚かな男を哀れと思うなら、ほんの少しだけで良いのです。お答え下さいませんか」
双熾の言葉が、脳に届いて。
その瞬間、ぶわりと私は顔を赤くした。
ていうか、手!
「そ、双熾、手放して」
「華火さま」
「そうし、おねがい、」
「……僕では、駄目でしょうか」
「え、あ……」
放そうと振った手を、さらにぎゅっと両の手で捕まれて。
顔まで近づけられては、私にはもうなすすべがない。
「華火さま」
双熾の低い、けれど綺麗な声が、脳を揺らしているみたいで。
「〜〜〜〜っ!!!」
私はついに、白旗を揚げた。
「わ、分かった、分かったから!」
「! では、僕を恋人にして下さる、と?」
「するする、するから手、放して!」
「ありがとうございます、華火さま……!」
「ひ、」
手が、双熾の口元に持って行かれて。
ちゅ、と小さな音がした。
「双熾!!」
「すみません、つい」
「ついじゃない!!」
耐えられなくて、べしっと手を払いのける。
双熾はとても綺麗な顔で笑っていた。
そうだ、彼はこういう人だ。下から来ているように見せて、実はやんわりと自分の要件を通すところがある。
……惚れた方の負けだ。
「……それで、華火さま」
「な、何よ」
「華火さまの思い人とは、一体どなたなのでしょう」
「ど、どなたでもいいでしょ!」
「いえ……余計な虫は潰すのが信条でして」
「む、虫?」
そういえば、私の気持ちを伝えていなかった。
何だか恐ろしい事を言い出した双熾に向きなおり、深く息を吸う。
恥ずかしい、けど。さっきのことに比べれば、よほど簡単だ。
「双熾」
「はい」
「……だから、双熾よ」
「はい?」
「……私の、思い人」
そう言って、ふっと笑いかけた。
多分顔は真っ赤だし、目は赤いし、私にしては随分と可愛くない顔だと思う。
それでも双熾は、目を見開いた後、私の顔を見て、笑った。
「光栄です、華火さま……っ!」
「きゃ!?」
がば、と勢いよく抱きついてくる双熾。ふわ、と優しい香りがする。
そのままぎゅうぎゅうに抱きしめられて、私は再び頭が真っ白になった。
「そ、双熾、」
「はい……華火さま」
「は、はなして」
「……恋仲では、抱きしめる理由にはなりませんか?」
「は……? 理由?」
「以前華火さまは、抱きしめるには順序があるとおっしゃいました」
言ったっけ。
ああ、そういえば言ったな。凜々蝶の歓迎会の日、塗壁に襲われたときに。
「告白をして、思いを通じて。……それから抱きしめるのは、いけませんか」
「い、いけないってことじゃ、ないけど……」
「では、よろしいですね」
「あ、こら!」
言質を取られた気分だ。
余計にぎゅうぎゅうと抱きついてくる双熾は、ぺしぺしと背中をたたいても動かない。
ああもう、仕方ないと力を緩めたその瞬間。
「華火さま……」
「んっ!?」
ちゅ、と可愛らしい音がして。唇に柔らかいものが触れた感覚。
こ、れって……!!
「そこまで許可した覚えはない!!」
一瞬で赤くなった顔で顔でバシッと双熾の頭をはたく。
力を弱める余裕なんかない全力だ。きっと痛いはずなのに。
けれどちらりと見えた彼の顔が、随分と幸せそうで。
結局は私も、好きな人には弱かったと言うことだ。
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