「えっ、御狐神さんって本読んだことないの?」
「はい」
「へえ……そんな人もいるのね」


パーティー会場を出たところにある、五人がけのソファー。
そこに座った華火は、唐突に「好きな本はある?」と聞いてきた。
本など教科書くらいしか読んだことのない双熾は、素直にそう答える。すると華火は意外だという顔をした。


「じゃあ映画は?」
「映画もあまり……」
「……何をして遊ぶのがお好き?」
「……特に、何も」


華火の質問は、双熾の空っぽな中身を提示しろと言われているようで、無自覚に残酷だと思った。
映画など見に行けるはずもない。遊びになど行けるはずもない。
甘やかされて育ったであろう彼女には、それが解らないのだ。


「ふーん……じゃあ、好きな食べ物は?」
「……出された物であれば、何でも食べます」
「……」


華火の瞳が、見れなかった。
とはいえ、これでいいのだとも思った。
双熾がつまらない人間だと解れば、華火の興味も逸れるだろう。
それまで適当に笑顔でも浮かべて耐えれば良いのだと、思った。
だが。


「そう。じゃあこちらへ来て」
「! なんですか?」
「お茶を入れてあげる。今練習中なの、感想を聞かせて」
「……はい」


華火はパーティー会場に戻り、隅の席に座って、使用人に言って紅茶のセットを持ってこさせた。
沸騰したお湯に、陶磁器のポットとカップ。そしてふわりとジンジャーの香りのする茶葉。
危なっかしい手つきで、彼女はお湯をポットとカップに入れて温める。ポットに茶葉を入れて、お湯を入れて、そして蒸らす。


「ふう……」


練習中だというのはその通りのようで、彼女は真剣な顔で茶を注いだ。
ポットから注がれる紅茶が揺れている。その動きを黙ってみていれば、彼女はこちらを振り返った。


「後はお好みなのだけど……蜂蜜は食べられる?」
「はい」
「そう」


使用人に再び声をかけ、今度は蜂蜜を持ってこさせる。
黄金色をした液体が、静かにカップの中に沈んでいった。


「できた! 御狐神さん、どうぞ」
「ありがとうございます」


にっこり笑って、差し出された紅茶。
ふわりと香る、生姜の匂い。ほのかに蜂蜜の味がした。


「どう?」
「美味しいです」
「……ほんとに?」
「? ええ」
「……聞き方を変えるわ。貴方、この味はお好き?」
「……」


美味しい、とは思う。家でメイドが入れる紅茶と同じ味がするからだ。
蜂蜜を入れたのは初めてだったけれど、不味いとは思わなかった。
ただ、好きかどうかと聞かれたのは初めてで。双熾は返答に困る。


「……好き、だと思います」


嫌いではないので、そう答える。言ってから思った。自分はこの味が好きなのか、と。
すると華火は、ぱっと笑顔を浮かべた。無邪気な笑顔だった。


「本当! よかったわ」


思う、などではなく、素直に好きと言った方が、通りが良いのは解っていた。
それでも彼女にそういう含みを込めて答えるのはなんとなく気が引けて、そう答える。


「ねえ御狐神さん、今度の日曜は空いてる?」
「日曜、ですか」


学校はない。いつもなら家に閉じ込められているが、龍泉の誘いだと言えば出られるだろう。
こくんと頷けば、華火はにっこり笑って言った。


「一緒に遊びに行きましょ。行ったことないとこに連れて行ってあげる!」
「ありがとうございます」


ただの暇つぶしだ、と思った。自分にとっても、相手にとっても。
けれどそのときの華火の笑顔が。
その輝きが。
やけに、印象に残った。







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Wisteria
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