それからしばらく経った、とある夜のこと。
私は風呂上がりに、凜々蝶と顔を合わせた。
「あら凜々蝶。お風呂上がり?」
「ああ。……君もか?」
「そうよ。見たとおり」
自動販売機で飲み物を買って、凜々蝶の隣に座る。
彼女はびく、と体を震わせたが、距離はとらなかった。
「そうだ。SS、無事に会えたみたいでよかったわ」
「! 知っているのか」
「ええ。双熾に聞いたもの。あの子の相手が貴方でよかったわ」
「……君は彼と仲がいいのか」
「昔なじみなだけ。それより、どう? うまくやっていけそう?」
「そう……だな。彼は、いい人だと思う」
いい人。
その言葉の真意は、どこにあるのか。
言葉では褒めていながらも、彼女は浮かない顔をしている。
凜々蝶、と声をかけたとき、急に電気が消えた。
「停電…?」
「っ!」
がっ、と勢いよく、誰かに押し倒される。
口を塞がれて、額には堅い感触。
「ここの住人だな?」
痛い。
無理矢理目を上にやって見れば、額に押し当てられているのは拳銃だった。
「解るよな? 静かに部屋まで案内して金を出しな」
ああ、強盗。
なんだ。
「おまえも騒ぐなよ? くく…最高のセキュリティを誇るセレブマンションて聞いてたけどスカスカだったぜ?」
強盗が凜々蝶にも拳銃を向ける。
私は思わず、ため息をついた。
「まったくもう。これだからいやなのよ」
「は?」
「見た目だけでもセキュリティをあげようって進言してるのに。ま、必要ないと言われればそのとおりなのだけど」
「は……」
ざわ、と髪が揺れる。
ぼわりと目が熱くなる。
口の中で、犬歯が鋭くなった。
強盗が、慌てた様子で後ずさっていく。
「な、なんで…目が光って…!」
「凜々蝶。貴方は動いちゃだめよ」
「解っている。……全く、不運な奴だ。よりにもよってこの妖館に入るとは」
「化物屋敷ってのは本当だったのか…っ」
「あら失礼しちゃう。誰が化物ですって?」
セキュリティがスカスカ? そんなもの、当たり前だ。
ここのセキュリティは、対人間用ではないのだから。
よいしょ、と身を起こす。
改めて目を合わせれば、強盗は震えながら拳銃を向けた。
「さっさと逃げた方がいいと思うけど……ま、自分のしたことよ。責任とってちょうだい」
「よるな…」
どん、と拳銃が発砲される。
痛みは、なかった。
銃口は、黒手袋を付けた男の手で塞がれていたから。
「参じるのが遅くなり、申し訳ありません。お怪我は…?」
「!」
「双熾……」
「お、お、おまえら…っ」
「華火さまに、銃口を向けましたね」
双熾の雰囲気が、がらりと変わる。
黒いスーツが、真っ白な着物に。
着物の裾からは、九本の尻尾が。
頭には、狐の耳。
「ば、化物…っ!」
「双熾。そこどいて」
「いえ、華火さま。ここは僕が……」
「……聞こえなかった? どきなさい、って言ったのよ」
この妖館に侵入して。
あろうことか、拳銃まで向けたのだ。
一歩一歩、近づいていく。
手に、妖気を集中させながら。
「さようなら。二度と会わないことを祈ってるわ」
「……っ!!」
ばた、と。
私が何かする前に、強盗の男は倒れてしまった。
「あ! ちょっとこら、起きなさい!」
「華火さま!」
「もう、根性なし! 仕方ないから、朝になったら警察に突き出すわ」
化物をみた、なんて言ったところで誰も信じないだろうし。
単独犯じゃないことも考えて、この後妖館全体の見回りをしなくっちゃ。
ま、それはともかくとして。
「双熾」
「はい」
「なんで飛び出してきたのかしら。言ったわよね、私はここのSSだって。貴方を護るって。なのに……」
双熾の手のひらから滴る血。
発砲の瞬間銃口を押さえたのだ。無理もない。
「拳銃なんて、私にとってはたいしたことじゃないのに。傷、見せて」
「しかし……」
「見せなさい」
「……はい」
手のひらに開いた穴。これくらいなら、なんとかなる。
妖気を集中させて、きれいな水を出す。これで傷口を洗うのだ。
ただの水じゃないから治癒効果もある。痛いとは思うけど。
「これじゃあSSが形無しだわ。凜々蝶を護るために出てきたんでしょうけど、私がいたのに」
「貴方がいたからです」
「は?」
「貴方がいたから。僕も申し上げました。華火さまを護ると」
「……なあにそれ。じゃあ貴方、私のせいで怪我したってこと?」
「いえ、華火さまのせいでは……」
「よくわかったわ」
腹が立つ。
私を護るなんて言い出した双熾にも。
彼を護れなかった、自分自身にも。
「治療はここまで。病院代は支給されるから、ちゃんと治療してきて」
「華火さま、」
「凜々蝶。貴方、怪我は?」
「ぼ、僕は平気だ」
「そ。じゃあいいわ」
気絶した強盗を引きずって、エレベーターへと向かう。
ああ、イライラする。こんなの信じられない。
この私が、役目も達成できないなんて。こんな役立たずだなんて思わなかった。
認識を、改める必要がある。
「華火さま、お待ちください……!」
「双熾。貴方は凜々蝶を警護しながら部屋に帰って。私は見回りしてくるわ」
「華火さま」
「双熾」
到着したエレベーターに入りざま、振り返る。
彼はまるで、捨てられた子犬のような顔をしていた。
「貴方には、これ以上話すことはないわ」
そう言い放って、ドアを閉める。
風呂上がりの爽快な気分なんて、もうとっくにどこかへ行っていた。
→
back
Wisteria
ALICE+