「……と、いうわけです」
双熾の話は長かった。
ずっと昔の、私もろくに覚えていないような頃の話。
「……それが、貴方が私を気に入った理由?」
「はい。……僕の人生が始まったのは、あのときですから」
「大袈裟ね」
「大袈裟などではありませんよ。少なくとも、僕にとっては、華火さまは光でした。何もなかった僕の世界に差し込んだ、初めての光です」
柔らかく微笑む双熾。
私は、彼の人生の全てを知っているわけじゃない。あのときだって、仮定の話をしただけだ。
とはいえもし、私が双熾の人生に何か影響を与えたのだとしたら。
それは嬉しいことだな、と思った。
光だと言われるほどのことをしたかどうかは、自覚はないけれど。
「ふうん……」
「華火さま、僕も伺ってよろしいですか」
「何を?」
「華火さまは、僕のどこを気に入って下さったのでしょう」
「え、私も言うの!?」
「僕だけというのは不公平でしょう?」
そう言って爽やかに笑う双熾。
不公平。確かにそうかもしれない、けど。
「……恥ずかしいわ」
「……いけませんか?」
「……」
いけないか、と聞かれれば。
いけなくはない、と思うしかない。
別に双熾を好きだと言うのが恥ずかしいわけじゃない。
私が彼を好きになったきっかけが、ちょっぴり恥ずかしいのだ。
だって、それは。
「……きっかけは、凜々蝶よ」
「凜々蝶さま、ですか?」
「そう」
凜々蝶と一緒に居たとき、強盗から凜々蝶をかばった双熾。
入学式のパーティーで、凜々蝶の悪口を言った生徒に水をかけた後の、双熾の言葉。
蜻蛉がストーカーじみたことをしていたときの、凜々蝶を思う双熾の言葉。
全部、きっかけは凜々蝶だった。
「私、貴方があんなにも誰かに感情を向けるところを知らなかったの」
「感情を……」
「凜々蝶のことを深く理解して、それを好ましく思っていたでしょう、貴方」
「そう、ですね」
「……うらやましいって思ったの。それがきっかけよ」
あんなにも双熾から思われるなんて、いいな。
そう、思ったのだ。
子供みたいなやきもちだ。でもそれが、きっかけ。
「……凜々蝶さまに向ける思いは恋慕ではありません」
「知ってるわ。……でも、不安になるのが乙女心ってものよ。あのときは知らなかったしね」
「……」
双熾が何か、考え込むそぶりをする。
それを眺めながら、少し冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
「華火さま」
「ん?」
「愛しております」
「んぐっ!」
げほげほと咳き込めば、双熾がハンカチを差し出してきた。
それを受け取りつつ、双熾を見る。彼は真剣な顔をしていた。
「何よ急に……」
「……僕は愛情を誰かに伝えるということに不慣れでした。ですがそれを言い訳にして華火さまをご不安にさせてしまうなど、お詫びのしようもありません」
「……」
「愛しているのです。この上なく。華火さまがご命令なさるのであれば、僕は何でも致します」
まるで、本当に何でもしてしまいそうな言い方だ。
火の中水の中、どこにでも行ってしまいそう。
だけど。
「……心外ね。私が貴方に言うことを聞かせるために、貴方と恋人になったとでも?」
「いえ、そういうわけでは……」
「それに双熾、貴方は一つ、大切なことを忘れているようだわ」
「……?」
「そこにいてね」
立ち上がって、テーブルを回り、双熾の側へと向かう。
双熾は不思議そうな顔をしながらも、私の言った通り動かなくて。
私は立ったまま、彼の頭を抱き寄せた。
ちょうど、胸のあたりに。
「……! 華火さま、」
「双熾。聞こえる?」
「……はい」
トットットットッと速いテンポを奏でる鼓動。うるさいくらいのその音に、双熾が目を見開いた。
「貴方と居るといつもこう。ドキドキしてたまらないの、この私がよ? 笑っちゃうでしょ」
「……笑うだなんて、そんなこと……」
「不安だったのは前の話よ、今は不安なんかないわ。だって……」
双熾の顔を引き寄せて、額を合わせる。
左右で色の違う双熾の瞳が、綺麗だと思った。
「貴方は私のものだし、私は貴方のものだもの。そうでしょう、双熾?」
「……っ、ええ。とても光栄です、華火さま。僕は貴女のものなのですね」
「そうよ。……私の恋人は貴方だけ」
双熾が、ふっと笑った音がして。
彼が私の瞼に、そっと口付けをした。
「!」
「愛しております、華火さま。今までも、この先も永遠に」
「私も愛してるわ、双熾」
「はい」
どちらともなく、唇を重ねる。
まるで蜂蜜のように蕩ける笑顔を、双熾が浮かべていた。
そしてそれは、きっと私も同じだ。
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Wisteria
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