「なんだここは…!?」
「凜々蝶、無事?」
「ああ、ひゃ!?」
「あ、これ貴方ね。引っ張るわよ」
「お、おい!」
前も後ろもわからない暗闇の中、触れた手を引っ張る。
そこには驚いた顔の凜々蝶がいた。
「これは……」
「ここ、触ってみて」
「!? かべ…?」
「そ」
「なるほど、塗壁か」
理解が早い。頭がいいようだ。
まあ、こちらに私が巻き込まれたのは僥倖だった。凜々蝶一人危ない目に遭わせなくてすむ。
「凜々蝶ー、華火ー」
「連勝!」
「無事か?」
「ふん、愚問だ。これはただの「塗壁」だ。夜道に現れ道を塞ぐというそれだけの妖怪だ」
「ただそれだけ?」
「そうだ」
「夜道って事は朝になったら消えんの?」
「恐らくな」
「へー…じゃあ寝るか」
「順応力高すぎだろう」
「貴方のそれ、便利ね」
よいせ、と連勝が自分の体を掛け布団にして寝転がる。
つくづく彼はゆるいというか、マイペースというか。いいことなんだけど。
「どっちにしろ、ここに長くはいられないわ。カルタのこともあるし、双熾だって凜々蝶のこと心配してるはずよ」
「君もな」
「……? 何が?」
「御狐神くんは君のことも心配している、と言っている」
「……まさか。そんなわけないじゃない」
ひどいことを言った、自覚はある。
あれから謝れていない。それどころか話せていない。
だけど凜々蝶は、私の言葉に驚いた顔をした。
「気付いていないのか?」
「何がよ」
「御狐神くん、君の名前を出すと落ち込むんだが」
「は?」
「若干面倒になるくらいだ。なんとかしてくれないか」
「……なんで私が」
「……? 旧知の仲なんだろう」
双熾が落ち込むなど、そうそうない。会ってそこまで経たない凜々蝶に見破られるほどなんて、相当だ。
なのに彼が落ち込む? どうして?
思い当たる理由は一つ。私の態度のせいだ。
でも双熾のこと、それくらいたいしたことないと捉えていそうだったのに。
「……。凜々蝶、連勝。少し離れていてくれる?」
「何をする気だ」
「面倒だから切り捨てて通るわ」
ぶわ、と風が巻きこる。
なびく髪。隙間から、ミシミシと音を立てて角が生えてくる。
鱗の生えた尾が伸びる。洋服が、着物姿に替わる。
龍神の先祖返り。それが龍泉の妖怪の正体だ。
片手に持った日本刀を、くるりと回し。
私は勢いよく、目の前の壁を切り捨てた。
「!」
視界が開ける。
目の前にいたのは、双熾だった。
「……双熾」
「華火さま、」
「おー、消えたな!」
「凜々蝶なら無事よ、安心しなさい」
さっさと変化を解く。人に見られては事だ。
けれど私と対照的に、双熾はいつまでも変化を解かなかった。
「ちょっと双熾、」
「華火さま」
「なあに」
「……華火さま、」
「なによ」
「……抱きしめても、よろしいですか」
「は?」
抱きしめる? 誰が? 誰を?
双熾が、私を?
「い、いやよ!」
「何故……」
「レディを抱きしめるには順序があるんじゃなくって? ていうか安心したいなら凜々蝶抱きしめなさいよ。無事を確認するっていう目的もあるし、ちっちゃくてかわいいわよ」
「僕を巻き込むな」
ふう、と息をつく。
生まれてこの方、男の人に抱きしめられた事なんてないのに。
理由もないのにされてたまるか。
「良かった良かった、これで後はカルタみつけるだけだな。てかこれに足止めくってたんじゃ?」
「そうね……ん?」
携帯のバイブが鳴る。
出てみれば、それは野ばらからだった。
「はい、私。……ええ、……は? ああ、そう……よかったわね」
「どうしたんだ?」
「カルタ、帰ってきたって」
「……そうか」
「よくある話だな」
「見つかって良かったですね」
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